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問題行動を伴う認知症対応7つのステップ(前編)

認知症は、おそらく現代人がもっとも恐れている病気だろう。「認知症ドライバー、通学中の児童の列に突っ込む」・「認知症の老親をあやめた還暦の息子」・「踏み切り内で立ち往生の認知症老人、通勤通学の十万人を足止め」…。

こんな記事を見るたびに、私たちが長生きの代償として背負わされたものを痛感する。認知症で厄介なのは、俗に言う問題行動(医学用語では周辺行動)と資産の凍結である。前者を指して認知症は怖いといわれることが多いが、周囲に迷惑をかける親を病院や施設に入れてしまえば、とりあえず家族には穏やかな時間が戻ってくる。

しかし、しばらくして親名義の財産に一切手をつけられないとわかると、家庭裁判所だの成年後見制度だの弁護士だの、それまでとは異次元の世界に引きずり込まれてしまうという意味で、後者は認知症の本当の悲劇と言っていい。

認知症は最初が肝心だ。同じ言動を繰り返す。表情がなくなる。身だしなみに気を遣わなくなる。時間・場所・ヒトの認識があいまいになる。70歳も過ぎてこれらの症状が出てきたとしたら、ほぼ認知症に足を踏み入れたと考えてまちがいない。周囲の人間は躊躇せずに指摘してあげるべきである。

そりゃあ、周囲が認知症の兆候を指摘したとしても、本人は自分がボケているとは認めたくないだろう。その気持ちは理解できるが、本当に家族のことを大切に思うのであれば、謙虚に受け入れて対策を講ずることが望ましい。

今回は、暴言・暴力、奇声、暴食、徘徊、モノ盗られ妄想、作話、不潔行為等の問題行動を伴う認知症について、おすすめの対応ステップを紹介しようと思う。

王道は、「モノ忘れ外来→精神科認知症病棟→老健(老人保健施設)」

これまでに100件超のケースを取り扱ってきたが、経済性・サービス品質・経営の安定性・虐待事件等の数…。総合的に考えて、認知症患者のさいごの生活場所として老健に勝るものはない。手順としては、「モノ忘れ外来」・「認知症病棟入院」を経て老健に入所するのが円滑である。なので、いかに老健に落とし込むかという観点で、もっともスムーズな流れを7ステップで解説していく。

ステップ1.現状観察
まずは、何はともあれ、中核症状および周辺症状の顕著な特徴を把握する。
【中核症状】
★記憶障害…物忘れ、直近の出来事が思い出せない、知人の名前が思い出せない等。
★見当識障害…年月日や時間、季節、場所、人物、人との関係性がわからなくなる等。
★理解・判断力の障害…普段と違う出来事に対して混乱する等の症状。
★実行機能障害…論理的に考え、計画的に実行することができなくなる。
★失語・失認・失行
◎失語…言葉が出にくく、間違いが多くなり、文字を書けなくなる。
◎失認…五感で感じていても、その意味がわからない。
◎失行…今までの生活で身につけていた動作が行えない。
【周辺症状】
★不安・抑うつ…気分が落ち込み、何事にも関心を示さなくなる。
★徘徊…無目的に絶えず歩き回る状態。
★弄便
★失禁
★物盗られ妄想
★幻覚
★暴力・暴言
★睡眠障害(不眠、昼夜逆転など)
★帰宅願望
★異食…食べ物ではないものを口に入れてしまう。

その上で、周辺行動が見られない場合については、あらかじめ調べておいた近隣のコウノメソッドのパートナークリニックでのモノ忘れ外来をする。

コウノメソッドとは、認知症を治療する対症療法のことで、名古屋フォレストクリニック院長である河野和彦医師によって提唱された認知症の診断と治療体系。薬に依存しすぎない、カラダにやさしい治療法として評価が高い。
なお、全国のコウノメソッド実践医は、以下から検索できる。
http://www.forest-cl.jp/jissen.html

周辺行動が顕著な場合には、近隣精神科病院のモノ忘れ外来受診を提言する。以降、後者の場合を想定して詳説する。

ステップ2.もの忘れ外来受診
近隣病院の精神科にてモノ忘れ外来を受診する。この際、クリニックや診療所ではなく、入院病棟のある病院をあらかじめ調べ、もっとも早く受診できる病院に予約を入れる。「モノ忘れ外来」は、通常は予約制である。大盛況の診療科なので、ちょっと待たされる可能性はあるが、負けじと、「どうしても、一刻も早く診ていただきたい。同居家族がもう潰れてしまう。限界まで追い込まれているんです!」と訴えてみよう。意外とすんなりと前倒ししてもらえる可能性があるものだ。

ところで、本人がは医者のもとへ出向くことを拒絶する場合がよくあるのだが、そんなときは、例えばこんなふうに声をかけてみるといい。
「最近認知症ドライバーの事故とか多いでしょ。だから〇〇市ではさ、75歳以上の人に認知症チェックのための受診が義務づけられたんだって。面倒だから、早いうちに済ませちゃおうよ!」
「お父さん(お母さん)にはまだまだ長生きしてもらわないとね。そのためには、状態を維持するために最低限の検査とお薬はがまんしてくれないと。お父さん(お母さん)だけの問題じゃないんだからね。わかってくれるでしょう?」
「主治医の先生が紹介したいお医者さんがいるって言ってくれてるんだ。ありがたいことだよね。ちょっと顔を出す程度だから、行ってみようよ。お医者さんも十人十色だろうからね。いろいろ会ってみるのもいいんじゃない?」
「検査だけは受けておかないとダメだよ。私たちはがんばって仕事してるし、子どもたちはがんばって勉強してるんだから。お父さん(お母さん)は健康管理にがんばってくれないとさ。そこをわかってくれたらうれしいね」

要は、ご高齢の方がもっとも敏感な「自尊心」。これを土足で踏みにじらないことである。まちがっても、強引な、お説教的な声かけをしないように気をつけてほしい。お父さん(お母さん)のこころに、『そうだよな。子どもや孫たちのためにも検査だけは受けておくか』という気持ちを喚起させられるかどうか。ここが、モノ忘れ外来を受診できるかどうかの分水嶺だと思って向き合ってほしいものだ。

モノ忘れ外来の予約日時が確定したら、当該病院の医療福祉相談室に電話して、受診当日あるいは受信日前に相談に乗ってもらいたいと伝えること。その際には、近々受診予定で、かつ入院希望である旨をしっかりと伝えることが重要。本人の症状に加え、家族の物理的精神的疲弊を強調したい。そうすることで入院時期を少しでも前倒しすることが可能となる。期限が切られていれば、どうにかあとしばらくは家族介護の痛みやつらさに耐えることもできるというものだ。

受診当日は、本人について、最近「あれっ。何か変だな……」と思ったことを紙に書いて持っていくように段取りしておくこと。時系列的に、可能な限り正確な日時を盛り込んで。あと、本人の既往歴と、現在服用している薬があれば併せて持参する。「おくすり手帳」があれば、それを持っていけば事足りよう。

さて、ここからが大切だ。うまい具合に本人が納得されて、モノ忘れ外来のドアを叩いたとしよう。おそらく医師は、「長谷川式認知症チェックテスト」という、簡単なクイズ形式の判定法を使って診察するはずだ。併せて、CTやMRIも撮るかもしれない。で、結果如何に関わらず、淡々と所見を述べてくるはず。しかし、変な話だが、それ以上でもそれ以下でもなく、「薬を出しておきますので、また一か月後に来てください」となる可能性が高い。要するに、レントゲン画像を見て、脳の萎縮が思いのほか少なかったりすると、医師は焦って確定診断を下さないものなのである。

しかし、それでは意味がない。そのまま、「はい、そうですか」なんて言って引き下がってはならない。認知症の確定診断があろうとなかろうと、そんなことは二の次である。同居家族が、老親の言動ゆえに、日々困惑して苦悩していることを伝えなければならない。認知症の初期の場合、初対面の相手やはじめての場所などでは、本能的に気丈に振る舞うということがかなりあるものだ。そうなると、医師には逼迫感が伝わらないのだ。だから、老親を診察室の外に連れ出してでも、医師と差しで会話しないとダメである。

で、検査結果や診察結果如何にかかわらず、医師に対しても入院希望の旨を、家族の限界状況も併せて明確に伝えること。「MSW(医療生活相談員)の方とお話しできないでしょうか?」と言えば、その場から医療相談室に電話を入れてくれるはずだ。電話してくれなければ、診察室を出た後、直接、医療相談室へ出向けばいいだけの話である。

いずれにせよ、医師に対して、心の底からのSOSを言葉と態度にして明確に伝えない限り、つぎのステップへは進めないから、十分に注意してほしい。

ステップ3.医療相談室のMSW(メディカル・ソーシャル・ワーカー)との面談
どうにかあなたの苦しみが伝わったとすると、医師は言うだろう。「そういうことでしたら、一度、医療相談室に相談してみてください」と。医師は電話で段取りをすると、あなたに医療相談室の所在を教えてくれるはずだ。そこであなたは、MSWなる職員と面談することになる。そこでは、診察室で医師と向き合っていた時間と比べ、たっぷりと話を聴いてもらえるから、いかに老親または配偶者の問題行動に悩まされているか、それが仕事と家庭にどのような不具合をもたらしているか、実の親(または配偶者)に対してどんな感情を抱いているか等々を、ちょっと大袈裟くらいに訴えることが大切だ。相手が女性であれば特に、である。

そして、さいごに、こんなふうに言ってみたい。
「何とか自分のできるところまではやってみようと思ったのですが……。もう限界です。仕事も家庭も滅茶苦茶になってしまって、自分がなにか良からぬことをしてしまいやしないかと……不安でならないのです。何とか入院させていただけないものでしょうか???」

いいですか。ここはとっても重要なところです!

このMSW、「ただの相談係だろ」なんて、軽く見てはダメ。MSWというのは、あなたの今後の浮沈を握っているといっても過言ではない。というのも、入院病棟では、週一回、入退院判定会議というのをやっている。だれを退院させて、だれを入院させるのかを関係専門職で協議して決定するための会議が毎週行われているわけだ。認知症病棟は人気が高い。競争が激しい。順番待ちを飛び越えて、一日でも早く入院の権利をゲットしなければならない。入退院判定会議の場で、あなたの親御さんを入院させるべきだとプッシュしてくれる存在…。それが他ならぬMSWなのである。

肝に銘じておくことだ。本当に重要なのでしっかり理解してほしい。毎週一回の頻度で開催される入退院判定会議に出席するのは、入院病棟の医師の他、看護師長、看護課長、管理栄養士、OT・PT・ST(いずれもリハビリ系の専門職)、ケアマネジャー、介護系のフロアリーダー。場合によっては事務長。そしてMSWである。医師をはじめとする専門職というのは、検査データ等、科学的根拠に基づいて意見を言うわけ。これに対して、唯一、あなたと接点を持ち、あなたの置かれた苦境に感情移入して、唯一、情緒的な側面から意見を言ってくれる人。それがMSWなのだ。

だからこそ、絶対にMSWを味方にしなければならない。嫌われないまでも、「この人……、なんかなぁ~」などとネガティブな印象を与えてしまったら元も子もない。医療相談室に配属されているMSWは、キーマンだとしっかり覚えておいてほしい。

そういった意味では、初回面談のとき、スーツをビシッと着こなして仕事できそうオーラを出していたり、逆にチャラチャラとした軽い感じを出していたり……というのは考え物である。はじめて目の前に現れたあなたを見て、MSWにどんな第一印象を与えたいのか。そこを考えておく必要がある。いや、もっと言えば、あなたを見てどう感じてほしいのか。MSWの胸中にどんな感情を抱かせたいのか。そこから逆算したビジュアルで面談に臨むようにしなければならない。認知症の家族と日々を共に過ごし、疲弊憔悴・疲労困憊しきって伏し目がち。顔はやつれて視点も定まらず、身繕いに気を遣う精神的余裕も感じられない…。そんな演出をしてでも、早期入院の切符をゲットしなければならない。

『まあ。そうとう追いつめられている感じね。何とかしてあげなきゃね』

MSWには、そう思わせなければならない。もちろん、あなたの置かれた状況が、本当に切羽詰まったものだとしたら、自然とそれは相手に伝わる確率が高い。でも、いざその段になって、緊張のあまり思いを十分に伝えられなかったというケースがままあることもまた事実。しっかりと対処してほしい。

「入院待ちの患者さんも多くいるのですが……。この場でどうなるかを明確にお伝えすることはできませんが、入院に向けて検討してみましょう」

こんな趣旨のコメントを引き出せたら大成功である。あなたの思いがMSWにきちんと伝わったとしたら、事態は好転するはずだ。もしも、その場で認知症病棟の空き状況を確認してくれたとしたら、これはもうしめたもの。空き状況によっては、何日か待たなければならないし、もしかしたら、一か月後の外来受診まで我慢しなければならないかもしれない。でも、必ず前には進む。その病院ではなくとも、別の病院と情報交換して、入院可能なところに繋いでくれることもあるからだ。

ここまで、老親の認知症から脱却する7つのステップのうち、3つを紹介してきた。次回の後編で、残りの4ステップを解説していく…。

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