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【怪奇・幻想】バターコーヒーだけで普通に10kg痩せた話

 2015年12月ごろ、ストレスやアレとかで体重が過去最高の76kgを超えた。 身長170cmでこれは普通にデブの域で、さすがに危機感を覚えたのでツイッターで見かけた「バターコーヒー」を試してみることにしたよ。という話。(註:2016年の原稿です)



1:バターコーヒーでなぜ痩せるのか

 そもそもバターコーヒーとは何かというと、元は『シリコンバレー式 自分を変える最強の食事』という自己啓発本で紹介されていた健康法である。コーヒーにバターを入れる飲みかた自体は昔からあるものだが、著者の提唱する“完全無欠バターコーヒー”はとにかくスゴいらしい。上記の本のレビューには「飲めば毎日0.5kgずつ痩せられる!」「脳のパフォーマンスも劇的に向上!」「キミもデイヴ(著者)のようなシリコンバレーの億万長者になれる!」「なお完全無欠コーヒーに必要な特別なコーヒー豆とバターはこちらのサイトで取り扱っているので即クリック」などと書いてある。

 著者のデイヴ・アスプリーは「シリコンバレーで成功したITの寵児」とのことだが、大変うさんくさい。そもそも「○○さえ飲めばOK!」みたいなダイエット法が怪しいことくらい、10数年間いろんなダイエットを試してきた小デブのおれはとうに知っている。ちなみにいちばん効果があったのは岡田・ザ・パイプカット斗司夫氏の提唱したレコーディングダイエットで、これは3か月で4kgほどの減量に成功したものの、メモの習慣の無いおれは面倒くささに耐えきれずやめてしまった。斗司夫ともども普通にリバウンドもした。

 そんなわけでバターコーヒーにもあまり期待はしていなかったのだが、まずは『シリコンバレー式 自分を変える最強の食事』を実際に読んでみた。 
 著者のデイヴはバターコーヒーの話題に入る前に、まず「カビ毒は体に悪い」という主張を繰り返す。カビ毒は脳をはじめあちこちに炎症を起こす! だから肉を食べるにしても、飼料で育った家畜にはカビ毒が蓄積している可能性があるから、牧草で育ったオーガニックな肉を食べよう! などと吠える。うーん。カビ毒やらがどれだけ普通の食事に混じっているのかわからんけど、そんなに神経質になるものなのだろうか。高価いオーガニック肉の方が健康にいい、というのは「そりゃそうだろ」という気はする。

 で、肝心のバターコーヒーで痩せるメカニズムだが、これも発想自体はシンプル。要は「良質な脂肪と覚醒効果のあるコーヒーと併せたバターコーヒーを朝に飲めば、飢餓感も収まるし脳のパフォーマンスも良くなるよ」という話。もちろんカビ毒が混じっていないコーヒー豆と、牧草で育った牛の乳で作ったグラスフェッドバターを使わないといけないのである。ふ~~~ん。本にはこのほか、著者が「いかに自分が天才であるか」を語る数々のエピソードや「裸足で芝生の上を歩くと体内電気が地面に流れるので健康になる」といったタワ言も書かれていたが、バターコーヒーの作り方さえわかれば用は無いので飛ばした。


2:作ってみよう! バターコーヒー

 とりあえず、「朝にバターコーヒーを一杯飲み、昼食は抜く。夜は好きなものを好きなだけ食べる」という雑なやりかたでダイエットを始めてみることにした。『最強の食事』には「バターコーヒーを飲んで完全無欠な脳のパフォーマンスを得る最強タイムテーブル! まずは炭水化物を数日間抜いて」云々と面倒くさいことが書かれていたが、おれは脳のパフォーマンスよりも「履けるズボンが2、3本しかない」という切実な問題に悩まされていたので、とりあえず体重が60kg台になればいいと考えた。

 と言うわけで年始以来、外泊する日を除いて毎朝続けているバターコーヒーの作り方を紹介する。

 最低限用意するものはグラスフェッドバターMCTオイル、ドリップしたコーヒー豆である。あとはコーヒーを淹れるためのドリッパーなど一式。余裕があればバターをかき混ぜるためにクリーマーなどもあればよいが、これはまあ小さい泡立て器でもその辺の箸でもかまわない。

 まずはお湯を沸かす。口が細くなっているタイプのドリップケトルがあれば便利だが、別にヤカンでもいい。こだわりたい人はミネラルウォーターでもなんでも使えばよい。おれは電気ポットのお湯をドリップケトルに入れ、再度火にかけて沸かしている。

 次に、マグカップにバターを大さじ1(12gほど)入れる。目分量で問題ない。デイヴが「カビ毒が!カビ毒が!」とうるせえので、ここは素直に牧草で育った牛のミルクで作られたグラスフェッドバターを使っている。朝食・昼食をバターコーヒー1杯で済ませるのだから、少しくらい金をかけてもバチは当たらんと思うのですがどうですか。ダメですか。まあ有塩でなければどんなバターでもいい気はするが、このグラスフェッドバターはふつうにうまいので料理に使ってもいい。そのまま齧っても美味しいくらいである。無人島(小さな林はあるが食用になる果物などは無く、地面に染み出る泥混じりの真水しか調達できない。目につく生き物と言えばフナムシと本土から捨てられたと思しき野良猫が数匹、おまけに夜な夜な林からは妙な唸り声が聞こえる)に漂着した時などに持っていれば1か月は生きられそうだ。

 手軽に入手できてオススメなのは、Amazonで買える「ウエストゴールド ニュージランド産 グラスフェットバター無塩1kg 冷凍」というバター。1kg3500円くらいでコスパが良い。これを解凍してから適当な大きさに切り分けて、ジップロックに入れて再び冷凍しておくと楽。
 グラスフェッドバターは通販以外だと、菓子の専門店とか大きなスーパーとかでないとなかなか見つからない。都心のバター専門店「エシレ」では、フランス産の無塩グラスフェッドバターが250g2225円(税込)で買える。バターのためだけにわざわざ店まで行くのは手間だが、この店はマドレーヌなどもやたら美味かった。ただコスパを考えるならやはり通販で1kgくらいまとめ買いするのがベストだと思う。

 バターを入れたら、続けてMCTオイルを適量入れる。このMCTオイルを入れる、と言うのが単なるバターコーヒーとは異なる、完全無欠コーヒーのミソである(多分)。MCTオイルは中和脂肪酸が100パーセントなので、体内に効率よく摂取できるのだ(多分)。ただ入れすぎると下痢をするので要注意。大さじ1程度でよいはず。
 おれは普段の食事で“食物繊維が不足がち”とあすけんの女に言われているので、上記に加えて食物繊維の粉末も入れている。

 次にコーヒーである。これもインスタントコーヒーなどを使うとデイヴがが「カカカ、カビ毒!」と卒倒するのでスペシャリティコーヒーを使う。スペシャリティコーヒーとは、なんかよくわからんが品質のいいコーヒーのことである。カルディで適当なものを買えば問題ない。「小川珈琲」も1パック(20杯分くらい)が1000円少しだし、普通にうまいです。バターは250gでだいたいバターコーヒー20杯分、と考えると計算しやすい。おれの場合、目分量で入れているのでなんだかんだでバター1kgで4か月くらいはもちます。
 フィルターは金属フィルターを使う。これもデイブが何らかの理由で推奨していたが忘れた。紙のフィルターと比べると洗う手間と粉を捨てる手間があるが、買い足さなくていいのが楽。

 で、粉をフィルターにブチ入れてお湯を注ぐ。これは蒸らしたりだのなんだのテクニックがいろいろあるので、こだわりたい人は「コーヒーの淹れ方」などでちゃんと調べた方がいいと思う。

 あとは小型のクリーマーでかき混ぜる。クリーマーというのは電池式の簡易泡だて器みたいなもので、なぜか家にあったので使っています。本来はカプチーノだのを作る時のものらしい。これもAmazonなら500円~1000円で買えるが、無ければ細めの泡だて器でいいと思う。何にせよ、凍っていたバターの塊なども入っているしちゃんとかき混ぜる必要はある。「しっかりかき混ぜることで分子がバラバラになって吸収率が云々」みたいなことも本に書いてあった気がするが、それはまあどうでもいいです。

 できまんた。

 琥珀色のコーヒーがバターによって微妙に濁り、かつ油も浮いているので見た目はドブ感がすごい。ぶっちゃけ泡立つ泥水にしか見えないが、味は“ちょっとだけまろやかになったコーヒー”であり全然飲めます。飲めなくはない。キツいようであれば甘味料だのシナモンだの、何でも好きなものを入れればよい。


3:飲み続けてみよう! バターコーヒー

 おれは2016年の正月休み明けから「朝昼バターコーヒーだけ生活」をはじめたのだが、飲み始めて数日間、昼過ぎくらいから妙な頭痛に悩まされた。死が近いのかな? とか考えていたが、どうやらプチ断食や糖質制限ダイエットをすると似たような症状が起きるようで、脳がグルコースなどのブドウ糖の代わりにケトン体を使うように切り替わる際の好転反応である、とのこと。本当かどうかはさっぱりわからないが、この頭痛は1週間ほどで消えてしまった。脳がうまいこと好転したのであろう(あるいは死が近いか)。

 とは言え、この辺は個人差があると思われる。「今朝はあまり体調がよくないな」と感じた日は、無理にバターコーヒーを飲まないほうがいい。徹夜明けで一睡もしていないがこれからフットサルに行かないと殺されるとか、無人島生活30日目を迎えたとか、極端な状況にあるときはなおさらだ。また、MCTオイルを入れすぎると下痢をする可能性もある。いくら良質だろうとカビ毒が無かろうと、大量に油をブチ込んでいるので腸が吸収しきれなくなって腹痛を起こすことは大いに考えられる。そもそも普通のコーヒーで下痢をする人もいるくらいだし、最初の数日は慎重に様子を見ながらバターコーヒーを試してみるのがいいと思う。

 ケトン体だかなんだかの頭痛も収まり、しばらくバタコ生活を続けてみた。おれはだいたい午後イチ出勤なので、昼前にバターコーヒーを飲み、職場では間食代わりにサラダチキンだの野菜スムージーだののみで過ごす。空腹感を感じないわけではないが、帰宅して夜食を取るまでは、普通に我慢できるレベルである。鶏肉はいいね。サンシャインもチェック・メイトに鶏肉と卵の白身ばかり食わせてたしね。

 2週間もすると、腹回りが目に見えてスッキリしはじめた。体重はこの時点で2キロ減。1週間に1キロペースであれば、急すぎない理想的なダイエットと言えるのではないだろうか。夜は空腹の反動でドカ喰い気味ではあったが、それでも順調に体重は減り続けた。夜食でもっと節制できていればさらに加速度的に痩せられただろうが、「夜だけでも好きなだけ食う」というのはストレスを溜めないためにかなり重要なポイントだと思う。好きなものを好きなだけ食うと、節制生活で減りがちなMPを回復できます。飽食万歳。

 そしてバターコーヒーを飲み続けて3か月後、体重は76kgから66kgに減った。運動らしき運動もせず、夜は酒飲んでドカ喰いして10kg減。体調も特に悪くはない。この頃には、会う人会う人に「ずいぶんスッキリしたね」などと言われるようになった。顔は明らかに細くなっているし、なによりズボンがゆるゆるになった。ここ10年以上、68kgより痩せたことはほとんどなかったので成果は十分だろう。痩せたとはいえ、腹回りにはまだ贅肉が付いてるし、筋肉も何も付いていないので中年体型のままではあるが、それでもずいぶんマシにはなったと思う。
 ちなみに朝のバターコーヒーは、10か月経過した今でも続けている。体重は66kgを保っており、今の生活習慣ではこの辺が限度ということだろう。6月ごろ、労働がヘル過ぎて徹夜7連勤とかしていたころは63kgまで減ったが、さすがにそれは一時的なものだった。以前ほど食事制限はきっちりしておらず、職場でもちょこちょこ間食はするようになったが、大幅なリバウンドは今のところしていない。


4:やったね! 見事減量成功!(Cエンド)

 体重が減ってることを体感してしまえばあとは精神的にラクなもので、バタコ生活は順調に続いた。最初の数週間はは、「毎朝この味だと飽きるな」と思ってココナッツシロップを入れたりしていたが、習慣になってしまえば飽きという感情も沸かない。
 バターデブは「好みでキシリトールやバニラパウダーを入れてもよい」とか書いていたが、キシリトールはともかく天然のバニラはバニラエッセンスと違ってクッソ高いので試したことはない(普通にうまそうではある)。また、グラスフェッドバター以外にも良質のココナッツオイルやギー(インド発祥のバターオイル)を使うのもアリらしいので、気分を変えたいときは代用してもいいかもしれない。ただ、MCTオイルだけを入れたコーヒーはけっこうキツいものがあったので、バターか何かしらは入れたほうがいい。

 というわけで、結論。「バターコーヒーで比較的ラクにダイエットはできます!」 できる! 多分! もちろん個人の体質の差はあるだろうし、合わない人にはまるで合わない可能性もあるが、少なくともおれが今までやってきた幾多のダイエットの中では最も成果があったし、無理なく続けることができた。
 やはりこの「継続できる」というのはデカい。バターコーヒーダイエットを始める前、いちばん心配していたのは「飯を食うことが好きなおれが、朝と昼を抜いた1日1食の生活に耐えられるのか?」ということだった。おれは美食家ではないがメシ自体が好きなので、もし遭難などして木の根しか食べるものがない生活を続けていたら10日で発狂しかねない。
 が、「1日1食」自体は心配するほどのことではなかった。考えてみればおれは朝飯は軽く済ませるほうだし、職場の近くで食べる昼飯なんてルーチンワークの極みだし、夜さえ好きな物を食べられるのなら朝・昼抜きもそれほど苦にならなかった。

 というわけで、1週間に1キロペースでそこそこの段階までは痩せられるバターコーヒー。適度な運動をしている人、酒を飲まない人ならさらに目覚ましい成果をあげられるだろう。初期投資もバターとコーヒー、フィルターくらいなので、仮に体質に合わなくて止めてしまったとしても丸損にはならないはずである。腹回りの脂肪が気になって来た人、でも面倒くさいダイエットは向かないという人はバターコーヒーを試してみてはいかがでしょうか!


 手記はここで終わっていた。亜熱帯の小さな無人島、洞窟の中で発見されたボロボロのノート。小さな島ゆえ食料になりそうな植物や動物はほとんど見当たらず、遭難者が飢えに苦しんでいたことは想像に難くない。水たまりの汚い泥水をコーヒーに、木の根の白い繊維をバターに見立てて、かろうじて生きながらえていたのだろうか。

 ノートから顔を上げた救助隊員は、暗闇の中ぎらりと光る目に気がついた。奇声をあげながら救助隊員に襲い掛かり、伸びきった爪で隊員の顔を掻き毟るジャッカル佐崎さん。「完全だ! 完全にダイエット成功したぞ!」落ち窪んだ目を爛々と輝かせ、爪にこびりついた皮膚片をぺろりと舐め、這いつくばりながら泡立つ泥水をすする狂人…。彼がITの寵児と呼ばれた頃の面影は、もはや残っていなかったという。

残念!依頼を達成することが出来なかった。
危険が予想される場合は武器を用意していくべきだ。


【執筆メモ】

 サークル誌「二級河川16 翔べ! グルメうらごろし」掲載。鈴木ザ煉獄丸(今何をしているのだろう)のツイッターで見かけたバターコーヒーダイエットを実践してみた話。ダイエット部分は実際の体験談だが、当時L・P・ハートリーの『ポドロ島』という怪奇小説を読んで大変感銘を受けたため、ラストはこうなってしまった。見なかったことにしてください。
 2023年現在、体重はとうの昔にリバウンドしてまた76kgになってしまったので、朝バターコーヒーを再開している。一時期、ファミリーマートでバターコーヒーが売られていた時はけっこう重宝していたのだが、最近は見かけない。

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