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アラブの春10年

10年ひと昔、と申しますが東日本大震災の起きた2011年については皆様それぞれに強い記憶がおありと思います。この年、中東北アフリカでは日本の震災とほぼ同時進行で「アラブの春」と呼ばれた政権打倒の市民運動が連鎖的に発生しました。この時書き留めていたリビア、シリア、イエメンは、現在も大きな戦乱と混乱の中にあります。何事にも原点がある、という意味で、当時の分析をそのまま掲載し、その後に現状を太字で書き込んでみました。
「global middle east」シリーズ(No. 005)
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ブログ「global middle east」(2011.04.30)
それぞれの事情(その2)


チュニジアで成就した「市民革命」はこの国をよい方向へ導くかもしれないが、エジプトで起きた「革命」で国民は更なる苦難の道のりを歩かなくてはならないのでは、という趣旨のことを書いて、早や3か月近くが経過しました。

この二国では新体制作りの動きが徐々に進んでいる半面、アラブ世界では「革命」のインフルエンザに罹る国が続出、すごいことになっています。もっともその間、日本ではそれを上回るすごさの災害が起こり、メディアは震災報道一色となりました。そして、その報道にも人々が飽きてきたかと思えば英王室のロイヤルウエディングに飛びついて視聴率稼ぎの競争を続けています。人心のなんと移り気なことでしょう。この間、リビアの内戦も、シリアの虐殺も、イエメンの超大規模デモも、メディアは外電の映像をちらっと流すのみに終始しています。

<1>リビア

「朕が国家」であったカダフィ一族に対し、反乱勢力は徒手空拳で立ち上がったのだから苦戦は自明であった。リビアが2分割され、「朝鮮半島化」すなわち独裁者カダフィの治める西リビアと、親欧米の東リビアが出現するのではないかとの分析や、カダフィー組の結束が乱れており、いくつかの軍士が出現するとの分析など飛び交っている。暫定国民評議会(反乱勢力)は、国民の信頼を得ている。これ以上無辜の市民に犠牲を出さないために、国際社会は武力を行使してカダフィを放逐しなければならない。日本は積極的に貢献すべきである。

カダフィが捕獲され、惨殺された映像が届いたのはこの年の10月20日のことでした。西リビアには反乱勢力が入り、国民合意政府という国際的に承認を受けた政府ができました。一方、「いくつかの軍士」でも最有力であったハフタル元少将は、エジプト、UAEなどから物質・精神両面での支援を得て政府に戦いを挑みました。国民合意政府にはエジプトを追われたムスリム同胞団幹部が流入し、これに反発した議員らは東部に移住してトブルク政権を号しました。これをハフタル派が庇護する形成です。「欧米」のうち、米は領事館襲撃事件で総領事を失ったこともあり、リビア情勢介入に消極的です。欧州は、各国の思惑の違いから支援姿勢は東西に分かれています。ロシアはシリアを確保したため、2匹目のどぜうを狙ってハフタル派に肩入れしました。(下記はブルームバーグのまとめを筆者が翻訳)

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兵站で優位を得たハフタル派は首都トリポリに肉薄し、いよいよ制圧かと思われたとき、トルコがシリアで敗走したイスラム戦闘員を空輸してトリポリを防衛するというあっと驚く挙に出ました。このため政府軍は勢いを取り戻し、現在はハフタル将軍亡命か?というところまで、イスラム派(国民合意政府軍)の勢いが盛り返しています。現在の中東国際情勢の中で、最も注目されるべきドラマが進行中です。

<2>シリア

大変な内乱状況が待ち受けている。アサド政権による反政府勢力「大虐殺」は目前。既に500人以上が治安部隊の発砲、暴力によって殺害されたとされるが、数千人規模の虐殺を敢行しても体制維持をはかるだろう。

また、一番の問題は、デモ隊自身が何のためにデモをしているのか理解していない(のではないか)、ということ。当初、より広範な自由、すなわち警察国家からの脱皮を求めた平和的な要求だったものが、公然と大統領放逐を求め、体制転覆を目指すスローガンに変化した。仮に体制転覆が成功しても、その後にこの難しい国を治める新たな政治勢力は出現せず、ムスリム同胞団が台頭して不安定になることが自明である。明るい見通しや期待を持つことができない。

「数千人の虐殺」どころか、死者36万人を数え、国外への避難民数:560万人以上、国内で住居を追われた人の数は約1200万人に上る「21世紀最大の人道危機」に発展しました(数字はUNHCR調べ)。現在、戦闘はほぼ収まっていますが、問題は何も解決していません。発生から75年経ってなお解決しないパレスチナ問題に次ぐ新たな百年戦争になるのでは?と私は悲観的です。

<3>イエメン

早い段階から反政府デモ、「大統領は出て行け」デモが起きていたが、日々その規模は拡大。全国で百万人、2百万人という想像を絶する大デモが毎週起きている。というのに大統領は一向に辞めない。
もともと不思議な国であるから、この不思議な現象も小生は納得しているが、果たして、わが国民にどう説明したらよいのやら。論文になるのできょうのところは割愛。

事態は、アリー・サーレハ大統領を引き継いだハーディ大統領の政府をサウジアラビアをはじめとするアラブ諸国が支援する一方、イランの支援を受けたシーア派民兵勢力・フーシ派が首都を占拠するなど優勢に内戦を進める、これをアラブ同盟軍が爆撃、封鎖するといった展開を見ました。フーシ派の発射した地対地ミサイルは、サウジアラビアのリヤドやUAEのアブダビにまで飛来し着弾しました。

アラブ同盟軍と言ってもそれは実質サウジアラビア軍であり、コロナ禍と石油価格暴落の中で財政状況を急速に悪化させているサウジにとって泥沼となっています。そんな中、UAEは政府とは別の勢力、南部暫定評議会を後押ししているため、情勢は益々複雑化、流動化しています。

「global middle east」シリーズ 
小職はメールマガジン、後にブログとして業務上考えたことを、このタイトルで発信していました。還暦を迎えましたので、自己紹介がてら、今日的になお価値があると思われる記事をここにコメント付きで再掲載しようと思います。旧記事は原則そのままに、最低限の誤字脱字、言い回しの改善を行いました。

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