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武藤北斗氏・特別講演「好きな日に出勤欠勤するエビ工場の11年」:経営行動科学学会(JAAS)第27回年次大会レポート(後編)

2024年11月9日(土)・10日(日)、大阪公立大学中百舌鳥キャンパスにて経営行動科学学会(JAAS)第27回年次大会を開催しました。
後編の本記事では、武藤北斗氏(株式会社パプアニューギニア海産 代表取締役工場長)の特別講演「好きな日に出勤欠勤するエビ工場の11年」の様子を紹介します。

各所で発言されている武藤氏だが、当学会のために講演資料を最新版に更新してくださった。
武藤氏が毎週更新する note ・ voicy も要チェックだ。

武藤北斗(むとうほくと)氏
株式会社パプアニューギニア海産 代表取締役工場長

1975年福岡県生まれ。3児の父。芝浦工業大学金属工学科卒業後、築地市場の荷受けを経て、2000年㈱パプアニューギニア海産に入社。2011年東日本大震災の津波により本社や飲食店舗など全てが流される。福島第一原発事故の影響も考慮し、一週間の自宅避難を経て大阪への移住を決意。震災による二重債務を抱え大阪府茨木市で再出発。2020年に大阪府摂津市に新工場を設立し、2021年に代表取締役就任。2013年より争いのない働きやすい職場を目指し、好きな日に連絡無しで働けるフリースケジュールなど固定概念に囚われない働き方改革で注目を集める。2021年WORK DESIGN AWARDグランプリなど受賞。著書に「生きる職場 小さなエビ工場の人を縛らない働き方」(イースト・プレス)がある。
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2013年6月に1人の社員が辞めて、経営を変えた

はじめに、簡単な会社紹介をします。パプアニューギニア海産は、私の父が創業した会社です。現在は私が代表取締役をしており、社員が3名、パートが20名ほどの小さな町工場です。大阪府摂津市にあります。
 
私たちは、パプアニューギニア産の鮮度抜群の天然エビ一筋でやっています。現在はむきエビ、殻つきエビ、エビフライの3種類だけに特化して販売しています。一匹ずつ丁寧に手作業で仕事することを大事にしており、機械を使わないことを徹底しています。機械を導入すると、どうしても機械が中心になってしまうからです。人間中心に考えられることが私たちの強みなのです。作業もシンプルで、殻つきエビの場合は、冷凍エビを解凍して選別し、計測して袋詰めし、真空パックしてまた冷凍します。むきエビは殻をむく作業、エビフライは殻をむいてから粉をつけてフライにする作業がそこに加わります。「家族や友人に食べてもらいたいと思う食べものをつくる」ことを理念に掲げています。
 
2013年以前の私は、いまとはまったく違って、従業員を縛って管理するのがベストだと考える経営者でした。当時の私に悪気は一切なく、従業員に給与を支払うためにはそうするのがよいのだと信じていたのです。そんな私を大きく変えたのは、2011年の東日本大震災でした。当時、私たちの工場と店舗は宮城県石巻市にあり、3.11にすべてが流されました。生きるとはどういうことか。自分はこれからどう生きていけばよいのか。大震災に直面して、私はさまざまなことを考えました。しかしだからといって、経営をすぐに変えたわけではありません。宮城から大阪に移って経営再建を図りましたが、それから2年ほどは以前と同じ経営スタイルを取っていました。
 
私が根本的に変わった直接要因は、2013年6月に、石巻時代から1人だけついてきてくれた社員が辞めたことでした。彼まで去ってしまうような経営がよいわけがない。そのときはじめて、私は経営を変えようと思ったのです。その結果、現在までにさまざまなプラスの変化が起きました。2013年からの11年間、私は求人費0円で従業員を採用してきました。何もしなくても応募者がたくさん来るからです。離職率が大幅に低下しました。3年間、誰も辞めなかった時期があったくらいです。生産効率と品質が向上し、人件費がダウンしました。会社の変化が宣伝効果につながりました。もちろん、マイナスの変化もないわけではありません。一番つらいのは、せっかく応募してくれた人に対して、採用を断らなければならない場面が増えたということです。

普段は3時間かけて語る内容を特別に80分間に凝縮し熱く語りかけてくれた


私が一点突破で目指すのは「争いのない職場」

それでは、私が経営をどう変えたのかをお話しします。まず前提として、私は「人は争う生きものだ」と考えています。現に、人間はいまも戦争して領土などを奪い合っています。私たちは争ってしまうのです。だからこそ、私が一点突破で目指すのは「争いのない職場」です。経営者の一番の役割は、どうしたら社内に争いを生まないかを考えることだと思います。
 
そのために、私は「自由とルールの両輪」で会社を運営しています。後で詳しく説明しますが、パートさんたちは好きな日に出勤欠勤できる「フリースケジュール」で働いています。だからといって、何でもありの自由気ままではありません。それどころか、実はパプアニューギニア海産にはたくさんのルールがあり、絶対に守ってもらっています。そうしないと、すべてが崩壊してしまうからです。だから、私はルールを破った人には本気で怒ります。その代わり、ルールは皆の意見を取り入れながらどんどん変えます。そうすれば、皆はルールを守ってくれるようになります。
 
私はとにかく従業員の話をよく聞くようにしています。争いのない職場を作るためには、社員とパートさんがそれぞれ何を求めているのかを知らなくてはならないからです。私は2013年にたった1人の頼りにしていた社員が辞めたとき、一切の引継ぎをしませんでした。その代わりに、パートさん一人ひとりと徹底的に話し合いました。一人ひとりの声に向き合うことが必要なのだと痛感したからです。
 
それ以来、私は毎朝工場に入り、一人ひとりとよく話し合い、すべての意見に答えを返すようにしています。こちらにとって都合の悪いことにも必ず返答します。なぜなら、彼らが一番求めているのは、私が彼らの話に耳を傾けること、そして私が彼らの意見についてきちんと考えることだからです。ですから、私は「このような理由で、その意見は採用しません」ということもはっきりと伝えます。ときには、私の返答は感じが悪いこともありますが、それでよいと思っています。それどころか、自分が従業員に話しているありのままの様子を映した動画をわざわざ公開しています。その動画を見て、それでも働きたいと思う人に来てもらいたいからです。

好きな日・時間に働く「フリースケジュール」を11年継続

先ほど少し触れましたが、パプアニューギニア海産の働き方の1つ目の特徴は「フリースケジュール」です。パートさんは、好きな日・好きな時間に出勤し、好きな時間に休憩し、好きな時間に退勤します。欠勤も一切自由です。スケジュールに関しては、すべての連絡を禁止にしています。たとえば、子どもが急に熱を出したから休みます、といったことも連絡してはいけないのです。誰がいつ来るか、私も含めて誰もわかりません。結果的に、みんな本当にバラバラのスケジュールで働いています。

全ての連絡を禁止しているため、パート社員の誰がいつ来るのかを誰も知らない

この働き方を11年間続けてきましたが、うまくいっています。欠品したことはありません。人件費も下がっています。フリースケジュールだと、急な休みの原因、たとえば熱を出した子どもなどを責めることがなくなります。パートさんたちの精神衛生上も優れた制度だと感じています。コロナ禍も何も変えませんでしたが、工場は回りました。むしろコロナ禍は、夫が在宅勤務になって子守りしてくれたために、出勤が増えたパートさんがいたくらいでした。
 
なぜフリースケジュールが成り立っているのか、実は私にもよくわかりません。ただ、結果として成り立っているのです。もちろんパートさんは時給ですから、働かないと給与は支払われません。だからきちんと出勤するという面はあります。社会保険に入っているパートさんが現在は3人います。彼女らは週30時間以上働く必要があり、それもうまく回っている要因の1つでしょう。また、フリースケジュールだと無断欠勤に価値がなくなります。結果的に、出勤のモチベーションが高まるのかもしれません。
 
とはいえ、実は一方で、縛る方向のルールも設けています。途中から「2週間に20時間以上勤務」というルールを作りました。なぜなら、この働き方を始めた当初、半年に1回くらい出勤してくる人がいたからです。その人が出勤すると、私を含めみんながモヤモヤしてきたのです。このルールは、そのイライラや争いをなくすために設けました。たとえばこれが、自由とルールの両輪という意味です。

「嫌いなことはやっちゃいけない」会社でもある

私たちの働き方の2つ目の特徴は、「嫌いなことはやっちゃいけない」というルールです。やらなくてよいではなく、やっちゃいけないのです。なぜなら、日本人は嫌いでもやってしまうからです。やっちゃいけないというルールを作ってはじめて、やらなくなるのです。そうしてようやく、全員の苦しみを取り除くことができ、それ以前よりも働きやすい職場にすることができました。
 
具体的には、毎月「嫌いな作業」のアンケートを取っています。ここで嫌いと答えた作業はやってはいけないというルールにしています。最初の頃は好きな作業も聞いていたのですが、必要がないのでいまは聞いていません。嫌いな理由なども聞いていません。なお、このアンケート結果は社員以外見ていません。パートさんに公開すると、争いの種になりかねないからです。

人の好みや得意はそれぞれで、どんな作業にも好きな人と嫌いな人がいる

 以上の2つの働き方の共通点は「自分で選ぶ」ことです。こうやって自分で選べば、やる気が出てくるのです。自分で選ぶことによって、自然とやる気が出てくる組織を作ることが大事なのです。そして、どちらの働き方も「争わない職場を作る」ことを第一の目的にしています。争いのない会社では、皆が仕事に集中できるようになります。そうすれば離職率が下がり、効率や品質が上がり、結果的に利益が高まるのです。

利益につながる道筋が見えているから、争わないことを第一の目的としている


 人間関係は普通がよいから、「無理に仲良くしない」ことを徹底している

このような話をすると、他の経営者の皆さんから「パプアニューギニア海産の従業員がきちんとルールを守るのはなぜですか?」と聞かれることがよくあります。その理由は簡単で、ルールを私一人で作っているわけではないからです。この会社のルールはみんなで作っています。先ほど説明したとおり、パートさんとは繰り返し面談しています。社員とは全員でミーティングをして、ルールについてよく話し合っています。そうやってみんなの意見を集めた上で、ルールを決めたり変えたりしているのです。
 
私が毎朝工場に入っている理由の1つは、社員やパートさんの意見を理解するためです。日々現場に行かないと、彼らが何を悩んでいるのか、何を訴えているのかがよくわからないことがあるのです。一方で、一人ひとりの立場を守ることも大切です。だから私は、誰が何を言ったかわからないように配慮しています。ルールが誰の意見でできたのかもわからないように気をつけています。
 
私は、「ルールを守っている限りは解雇しない」と宣言しています。誰かを排除するようなことはしないようにしているのです。これも安心して働いてもらう上で重要なルールの1つです。同時に、みんなで一緒にやっていくしかない、と思ってもらうことも大事です。
 
だからといって、無理に仲良くすることもしていません。人間関係は普通がよい、というのが私の持論です。無理に仲良くしようとすると、かえって喧嘩別れしてしまうことが多いのです。ですから、私たちは無理に仲良くしないことを徹底しており、「忘年会・飲み会禁止」「旅行のおみやげ禁止」「休憩時間はバラバラ」というルールを設けています。また、「パートさん同士の質問禁止」ルールもあります。わからないことは社員に聞いてもらっています。これも争いを起こさないために必要なルールです。

作り方・あり方に気をつければルールは守られる


フリースケジュールにしたら多様な人が働くようになった

パプアニューギニア海産では、パートさんの時給は統一しています。1年目でも10年目でも、業務内容も時給も一緒で、上がるときは一斉に上がります。これも争いを生まないための平等です。評価基準は「一生懸命やっているかどうか」です。なので、結果的に、全員同じ時給額でよいということになるのです。その人なりに一生懸命働いていれば、それでよいと考えています。いまのところ、全員にこの給与と評価のあり方で納得してもらっています。
 
もちろん、全員がいつも一生懸命働いているとは限りません。ときにはサボっている人を見かけることもありました。そうしたとき、私はその人と話すようにしています。そして、その人が一生懸命働きたくなる職場を作る努力をするようにしてきました。そうすれば、サボるような行為は必ず少なくなるものです。こうした積み重ねの結果、パートだけでなく社員も働きやすい組織になっていると思います。
 
「小さな会社だから、フリースケジュールを実現できるのだ」とよく言われますが、そんなことはないはずです。もっと大きな会社でも実現できると思います。私自身は、フリースケジュールがうまくいかない理由が思いつかなかったから、試しに始めてみたのです。最初、従業員には「2週間だけやってみて、すぐに止めるから」と宣言して始めました。2週間後、何の問題も起きなかったので延長し、そのまま続けて、結果的に11年続いています。やってみたいことは、こうやってとりあえず始めてみることが大事です。やってみて失敗してもいいじゃないですか。それが会社にとって良くないのだとわかれば、失敗はプラスになるのですから。一番の失敗とは、やりたいと思ったことに挑戦しないことではないでしょうか。

できない理由に目を向けるのでなく、できるよう工夫し、試してみる

 フリースケジュールにしたら、障害のある人、引きこもりだった人、役者志望やマンガ家志望の人、介護中の人など、多様な人が働くようになりました。ただ一方で、そうした人たちのなかには、残念ながら辞めていく人も少なくありません。私たちの就業環境では、採用を断らざるを得ない人もいます。障害のある人などのなかには、サポートなしでは現実的に働きつづけられない人も多いのです。今後も向き合うべき大事な問題です。
 
いま私は、こうやっていろんな人が働いているから、職場のバランスが取れているのだと感じています。いろんな人たちが集まってみんなで真剣に考えると、組織に安心感や心地良さ、しなやかな強さが生まれるのです。私自身も、皆の一員として安心感や心地よさを得ています。これは私が3.11以降に得た一番大事なものかもしれません。

Q&A

Q:毎日の担当はどう決めるのですか?
A:担当は特に決めていません。毎日、皆が自分で考えて動き、できることをやっています。
 
Q:「一生懸命やっているかどうか」という評価基準について詳しく教えてください。
A:はっきりいえば、私がそう言っているだけです。皆が一生懸命働く職場を作るのは、私の役目です。
 
Q:「争う」とは具体的にどういうことでしょうか?
A:対立的な人間関係を作ったり、陰口をたたいたり、イジメたりすることです。私はそうしたことをなくしたいのです。
 
Q:事業成長や事業拡大をどのように考えていますか?
A:急速な事業拡大は考えていません。ただ、「皆がフリースケジュールで働くエビフライ屋さん」が実現できたら面白いな、といったことは構想しています。
 
Q:ルールを守らない人を解雇したことはあるのでしょうか?
A:ありません。ただ、私がとことん向き合った結果、自発的に辞めていった人はいます。
 
Q:採用基準はありますか?
A:採用面接で一番大事にしているのは、会った瞬間のインスピレーションです。最近は別の社員にも採用面接に入ってもらい、2人で話し合って冷静に判断するようにしています。それから私や会社の嫌なところをたくさん話して、相手に選んでもらうことを重視しています。
 

主催:経営行動科学学会(https://jaas-org.jp/)第27回年次大会実行委員会(実行委員長:上野山達哉(大阪公立大学))
ライター:米川青馬
発行:JAASニューズレター・ホームページ担当 藤澤理恵・内藤知加恵

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