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RYUTist『ファルセット』

新潟市を表す「柳都(りゅうと)」という言葉に、「アーティスト」を加え、「新潟のアーティスト」という意味を込めて名付けられたRYUTistの4thフルアルバム『ファルセット』が先日リリースされた。先行リリース曲が多く、それをまとめたというだけでも傑作になると予想がついていたが、アルバムを通して聞くにまさに名盤の名にふさわしいアルバムだと確信を得た。俺は2,3枚目のアルバムを聴いてきており、そのクオリティの高さ、ポップ性に打たれ続けていたのだが、まあそれを(幅広いリスナーにリーチできるという意味で)超えるレベルに仕上がっているので、その感想をまとめたい。

1.GIRLS

次曲「ALIVE」から音をカットアップして作られた、オープニング曲。「トゥトゥトゥー」というメンバーのハミングが優しく聞える。次の曲と合わせて一曲みたいなところもあるが、この曲からアルバムが始まることによる期待感ったらない。
 最初の曲名が「GIRLS」であることにこのアルバムのコンセプトが透けて見えるのではないか。メンバーはもう年齢的には「WOMAN」や「LADY」と呼ばれても差し支えない年齢だろう。しかしながら「GIRLS」と名づけたのは、このアルバムが何歳から何歳までとは測りきれない「GIRLS」である時期を切り取った作品だ、ということを表すためではないだろうか。実際、南波さんもこのアルバムを作る際、新潟と言う地域よりメンバーにフォーカスし、「青春」「時間」というものをキーワードに制作を進めたと述べている。
…が、まあそこには引っぱられすぎないよう聞いていきたい。

2.ALIVE

蓮沼執太による楽曲。南波さんのおっしゃる通り、快い速さの春風吹き抜けるようなフィルの様々な音が彩る爽やかな大曲。
語りのパートは少しだけ口ロロ「00:00:00」が頭に浮かんだ。Twitter検索するに小沢健二「愛し愛されて生きるのさ」の語りパートを連想されている方もいたようだけど、詞の全体の雰囲気としても通ずるところがあるな、と思う感想だった。
歌詞のオーダーとしては先述した「青春」というものがあったそうだが、全体としてはまさに彼女らが私たちが、そして「桜並木」「ガードレール」「犬や猫」とすべてが生きる「今」という時間を切り取ったものになっている。また描写するものも卑近なものだけでなく、「もっとこの先の宇宙を感じたら」「この目に見えないものを信じ」と大いなるものをも描いている。しかもそこに優劣を付けず、一つの存在として等価値に並べているのである。この視点のダイナミズムは先述の「LIFE」期の小沢健二の歌詞世界にいくばくか通ずるものがあるように感じる。
このような歌詞世界でありながら軽やかであるのは、バックのサウンドもそうだが、ラップ的な跳ねる語りのパートや、ボーカルのメロディーがポップであることが大きいと感じる。コーラスも見事(あまり使われない和声だというがそこまでは分からない)でやはり四人の声が主役である事を認識した一曲でもあった。

3.きっと、はじまりの季節

KIRINJIの弓木英梨乃による楽曲…個人的にはベボベのサポートとしての彼女のプレイが強く印象に残ってはいるが。ギタリストによる作品ということで2分後半に設けられたギターソロも聴きどころだが、それ以上に個人的にはコーラスの感じにやられた。「ウーウーウーウー」というコーラスにはビーチボーイズ感が多分にあって、それがまあ好みで仕方がない。
 また、作詞も弓木さんが手掛けているのだが「雪は一粒 日向から巡る 2月の凪は 孤独の国」といったような、詩情あふれる歌詞も出てきてビックリした。ベボベのライブMCでイジられている姿が印象的なせいか…。これから(それはすなわち「はじまりの季節」であるのだが)を迎えるにあたっての描写に「新しい船を建て」という歌詞を当てて来るのも素敵だ。ラストに「春遠からじや」とあるが、「ALIVE」の「桜並木」同様に春を表す表現となっている。このアルバムが本来それくらいのシーズンにリリースされるはずであったことともつながってくる一節だ。

4.ナイスポーズ

 柴田聡子による楽曲。一聴して彼女のペンによるものだなと分かる譜割りの独特さよ。「終わ/らないで来週の楽しみ」「ナイスポー/ズってだけ叫んだ」など、一曲全体として聞くと違和感は生じないが、ピックアップするとその奇妙さが浮き彫りになる。
先述のタイトルが出て来るラストの譜割りを聞いた時、はっぴいえんど「颱風」の「辺りはに/わかにか/き曇り」といった意味を解体した大滝詠一の実験がここまで華やかに花開いたものか、ととても高揚した(単純に「ズってだけ」って?!とビビりもしたが)。
「ズってだけ叫んだ」なんて歌っても、違和感が生じないのはストンプやハンドクラップや指のスナップが効果的に用いられ、リズムの推進力と跳ねが十分にリスナーを揺さぶるからだろう。
本作も歌詞は「青春」をテーマにしているということだ。特に青春期に起こる他者とのうまく繋がれない(これまで上手く繋がれていたのに)モヤモヤ、思いが結びつく(恋愛的な意味ではなく他者との意識の交感)瞬間のキラメキを描いているのではないかと思った。そう言った意味では最後に向けて歌詞も曲もシンクロするかのように輝きを増す。輝いた時に言葉は多く要らない。「ナイスポーズって叫んだ」だけで、それに対して「ガッツポーズだけしてみせた」だけで、乗せた思いは十二分に届き合う。

5.好きだよ・・・

NOBE作詞・KOJI oba作編曲による楽曲。さながらももいろクローバーの「走れ!」のようなアイドルの王道とも言えるエレクトロポップスでイイなあと思っていた(前の曲のストレンジさからストレートなこの曲に移った聴きなじみの移行もある)ら、作曲者がその「走れ!」の作者だったという…。

 しかし、歌詞の内容には一捻りが施されている。タイトルの「好きだよ・・・」は「キミ」に届けられなかった言葉なのだ。「わたし」が好意を抱いていた「キミ」「わたし」の友人である「あの子」のことに好意を持っており、その相談を持ちかけられている、というシチュエーションを描いたものなのである。「言いたくないけど あの子もキミのこと好きなんだよ」のボーカルのエモーショナルなこと!
 この歌詞のシチュエーションや抱いている悩ましさツラさといったものもある種「青春」性の高いものと言えるだろうか。

6.センシティブサイン

 シンリズムによる楽曲。メンバーと同世代の彼による詞だからか、「ため息の訳は 曖昧なままの自分と未来が嫌だから 平気なふりして 強がって見せる癖も 本当はあまり良くないね」といったような「青春」の時期に起こる自己認識から来る不安といったものを過不足なく掬い上げている。その一方で「信じたいな今だけ」と歌うパートでは今いる環境や自分自身への期待を書いており、その両輪が上手く回っている歌詞になっていると思った。
TWEEDEES沖井礼二から「何も考えずリズム君の思う良質のメロディを!」というアドバイスをシンリズムはもらったそうだが、その通りの良質なメロディあふれる、来たる春を感じさせる楽曲に仕上がっている。

7.絶対に絶対に絶対にGO!

 北川勝利による楽曲。タイトルから分かるようにかなりはっちゃけている楽曲。沖井さんのベースはグイグイとうねり、ドラムもバタバタと強めの質感。しかしながら、アルバム全体の中で浮かないのは、メンバーのどこかはっちゃけきらない人間性(それを沖井さんは「特有の品」と表現している)が垣間見える歌声と、ストリングスのアレンジによるものだろう。
 歌詞はアルバムのコンセプトだと言う「時間」「青春」というものにフォーカスしたないようとなっている。「絶対に絶対に絶対にGO!」なのは全てのことが二度とはない瞬間だからだ、という内容になっている。RYUTistは活動9周年を迎えている。アイドルとしては(吉田豪さんホストの番組でキャリアについて言及されていたが)中々のベテランである。しかし、アイドルは(その他のどのような立場であってもそうだが)いつまでも続くと思っていたことが、急にストップしてしまうということは少なくない。彼女らがこの歌詞を歌うことはアルバムのテーマを超えて、アイドルがこの曲を歌うことの意味を考えさせられる。まあ、そこまでマジにならず、イエー!つって楽しむべきであるが。

8.青空シグナル

 TWEEDEESの二人による楽曲。これが3rdアルバム以降初めてのリリース曲であり、ここから『ファルセット』が始まったとも言える作品である。まさに沖井印100%な印象の楽曲(俺が彼の楽曲といえば、だと思っている「デデッデー!デデッデー!」というキメは用いられていないが)に仕上がっている。
 「柳の葉ゆれる恋心」の所はリズムも独特であり、また「柳都」から引っ張ってきている部分でもあるので強く印象に残っているポイント。「今日が始まりの日」「追い越して行く昨日」「両手を広げ 羽ばたくの」といった前向きかつ意思表示の強い歌詞に合う前にガツンと進んで行くパワーがこの名盤へのブーストになったのかもしれない。

9.時間だよ

Kan Sanoによる楽曲。これまでのRYUTistにはない、「夜」を感じさせるようなテイストのユラユラと踊れるクラブミュージックに仕上がっている。説明の際にビリー・アイリッシュの存在も引き合いに出していたが、低音もしっかり鳴っているので、デカいスピーカーからの音を身体で浴びたい気分になる。
メンバーとの電話を通して、ヒントを得て書いたという歌詞では女の子同士(ここではアルバムのテーマを踏まえて「女性同士」という言い方は避けた)の連帯、またはそれを超えた愛情関係とも言える関係を表したものとなっている。
張りすぎないウィスパー成分の強いボーカルや「it’s time,time」というコーラスも雰囲気を築き上げていてステキ。特にここからの3曲は「GIRL」より背伸びをした彼女らの側面を味わうことができる大人びた楽曲が続いている。


10.無重力ファンタジア

 作詞はTWEEDEES清浦さん、作曲はインドネシアのバンドikkubaruによる楽曲。ikkubaruはこれまでにTWEEDEESの作品に参加していたり、日本のシティポップにも大きい影響を受けているバンド。今年リリースされたアルバム『Chords & Melodies』もイイ作品なのでぜひ。この曲だけシングルのカップリング曲からサルベージされたのだが、個人的にカップリング曲の中でも1,2を争うほど好きな曲だったので選ばれて非常に嬉しいし、この二曲の流れたまらなくないか??!!
 タイトルから分かる通り、楽曲も浮遊感がありスペーシーな雰囲気に包まれた楽曲となっている。シングルでパッケージされた際も「青空シグナル」との対照性が面白かったが、このアルバムの流れの中でのガッチリとしたハマり具合、ホント最高…。


11.春にゆびきり

 パソコン音楽クラブによる楽曲。打込みによる切ない楽曲…、この切なさ成分は歌詞、MVによってさらに際立っていく。この曲の詞もハッキリと「時間」をテーマにしたものになっている。そして、この曲では「時間」というものは、絶えず過ぎ去っていくものであり、記憶からこぼれ落ち得るものとして扱われている。だから、「いつか僕らは大人になるから 消えないよう 忘れないように ほら ゆびきりしよう」と約束をするのだ。では、その「忘れないように」したいものとは何か。
 歌詞だけを見るとそれは「交わした言葉」「この手の温度」などといった普遍的なものが挙げられている。当然、そういったどうしても生きていく中ですり抜け、通り過ぎていくものを大切にしようというテーマとして捉えることも可能だ。
 MVも含めると、そこには別の視点が加わる。RYUTistは今年コロナによる影響がなければ郷里新潟のりゅーとぴあというホールでワンマンコンサートを行うはずであった。そのコンサートへのメンバーの思いはMVを見ると一目瞭然だろう。このMVの中、最後に(りゅーとぴあ内の)庭園でダンスをし、ゆびきりをするのだが、それは「必ず再びここでコンサートを行う」という約束に違いない。
 RYUTistに起こったこの出来事だけでなく、コロナの影響で様々に思いもよらぬ「春の風」が過ぎ、消えそうになってしまっていることだろう。できる限り、忘れないようにゆびきりをしたい。

12.黄昏のダイアリー

 TWEEDEESの二人と北川勝利による楽曲。最後にまたこの爽やかかつしなやかに強さのある楽曲を持ってくるとは…!この楽曲における「僕」「君」とは恋愛関係とかいったものとは考えにくい。性別に限らず「青春」期をともに過ごし、「同じ歩幅」「違う未来」に進む「僕」「君」なのだ。
 この「僕」「君」はどこかでRYUTistのメンバー間のことだとも考えられる。今は一緒に同じ方向を向いて切磋琢磨していても「違う未来」「いつか進」むことが考えられる。それはやはり「大人になりきれない 子どもじゃいられない」時期、つまり「青春」期に訪れるのではないか。しかしながら、今は「歌い続けるよ きっと 残された約束 信じる力 握りしめて」とあるように、歌い続ける彼女たちを応援したい。アルバムを出すごとに大きく変化し続け、この曲でも「もっと変わりたいよ」と歌う彼女たちのこれからには、期待しかない。

全体の印象

 「青春」や「時間」というテーマを除くと、アルバム全体を聴いて頭に浮かんだのは「『春』を閉じ込めたアルバム」だということだった。この2020年の春、私たちは想像をしていた生活を送れず、森山直太朗の歌う所の「最悪な春」を過ごすことになった。

 このアルバムに収められた楽曲には「春」を表すワードが散りばめられている。それは、本来アルバムリリースするのが春だったからだ。しかし、実際は7月に入ってリリースされた。このズレは意図しないもの(というより不幸な変更だと言うべきだろうか?)だったろうが、俺はむしろこの時期こそベストだったのではなかろうかと思う。
 「最悪な春」を過ぎ、少し時間を置いて、『ファルセット』という「春」が届いた。このアルバムを聴くことで、少し何かを補完することができたような気もするし、並行世界の「春」を味わっているような気分にもなる。メンバーにフォーカスした歌詞になっているようで、リスナーの失われた(若しくは大きな変化を求められた)「時間」を歌うものにもなっているのではないか、と思った。

このアルバムについて「令和の『PS4U』」と評する声があるが、個人的には全面的には同意ができない。『PS4U』に並べられる女性グループによる超傑作ポップソング集だとは思うが、その内容に大きな隔たりがあると考える。『PS4U』はagehaspringsが全体のプロデュースを一手に握っており、歌詞もほぼ一組(玉井・ジェーンスー)によるものであるが、一方本作は制作陣がバラバラだ。優劣の問題ではなく、その違いは大きい。
これまでのアルバムは新潟のクリエイターを中心としていたが、今回の制作陣はかなり広いリスナーにリーチしうる面々であると思うので、まだまだ様々な人に聞いてみて欲しい。

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