オリンピックは誰のもの?「LGBTが活躍!」というネタの裏で活躍していないTの話と「女性」とは誰か問題

LGBTのアスリートという報道がなされることが多いけれど、トランスジェンダーは入っていないことがほとんど。私自身は、トランスジェンダーのオリンピック選手を私は聞いたことがない。2015年にカミングアウトをした、アメリカ陸上男子10種競技で元金メダリストの、ケイトリン・ジェンナー(金メダル時は、男性名のブルース・ジェンナー)は有名(Marcus, 2015)だが、引退後ではなくアスリートとして、誕生している例を私はしらない(知っている方がいれば教えて下さい!)。オリンピック級の大会でなければ、日本においても、地方大会レベルではあるが、MtFで、性別適合手術、戸籍変更をした後に、女子選手として大会に出場している例は知っている。
トランスジェンダーがスポーツに参加することは、直感的に問題をはらんでいそうである。個体差はあるが、「男」と「女」でスポーツの成績が違うというのはある種の常識だからだ。だが、そこにどういった問題があるのか。また、突き詰めて考えると男女二元論モデルをどの点でスポーツは守ろうとしているのかが明らかになるし、スポーツとは、オリンピックとは誰のためのものなのか?そこから排除されている人は誰なのか、身体の性の多様性を私たちはどう捉えたらよいのかを考えるきっかけにはなる。

個人的には、オリンピックなんてものは、どうでもいいのだが、ミクロな実践で考えると、例えば、学校現場に性の多様性の講演にいったときに体育教師から「MtFの生徒の成績はどのようにつけたらよいのでしょうか?」と問われることがあり、今まできちんと答えられてこなかった。内申点として高校進学にとって関係があることも多く、どのように成績評価を行うのかは当事者、また、教員にとってもセンシティブな問題なのである。

トランスジェンダーと、また、後ほど性分化疾患(DSDs)の話もしたいと思う。まず、トランスジェンダーだが、IOC(国際オリンピック委員会)が、リオオリンピックに向けて、改定したガイドラインでは以下のようになっている。

基準(2015年改定) IOCがリオオリンピックに向けて勧告したガイドライン

FtM:なし

MtF:

・性別適合手術(←この項目は削除)

・初回の競技出場前12ヶ月間中、テストステロン値が10nmol/L未満であること

10 nmolは男性では正常の下限にあり、DSDsのテストステロン敏感性女性のアンドロゲン過剰症のために数年前に設定された同じ閾値に基づく

・女性としての性自認であることが4年以上継続していること

上記をみればわかるように、FtMは、何の要件もなく「男性」として出場できる。特に要件がない、ということは、シスヘテ女性であっても、「男子」と同じ土俵で戦ってやりたいと思えば、出れるわけである。(フィギュアスケートなんかのペアで、レズビアン・ペアなんかが出たら盛り上がる気がするのだけれども…なんて考えてしまう。ユーリ!!!on ICEならぬ、百合!!!on ICEである。)

それに対して、MtFには厳しい制限が課されている。それでも、2015年の改定では、性別適合手術の要件が削除されるなど、要件は一部軽くなっている。

また、現在、東京オリンピックに向けて問題となっているのは、性分化疾患である。性分化疾患の中でも、とりわけ、不完全型アンドロゲン不応症と呼ばれるDSDsの選手についてである。アンドロゲン不応症(AIS)は、染色体数46本、XYを持ちながら、アンドロゲン効果の発現度合いが低いことにより、出生時に女性型の外性器を有することや、二次性徴の典型的な発達からのズレや、不妊が生じるDSDsである。アンドロゲンの発現度合いにより、完全型/不全型/軽症型の3種類にわけることができる。(←要出典 http://grj.umin.jp/grj/androgen.htm)

完全型AISであれば、テストステロン値が「一般的な」女性とかわらないため、女性として出場できる。また、不完全型AIS~軽症型~正常男性の間は、男性としての出場ができる。この中で、問題となるのは、完全型AIS~不完全型AISの間のスペクトラムである。アンドロゲンの発現度合いが、「一般的な」女性よりも多いために、有利になると言われており、オリンピックなどの一流のアスリートが集まる場においては、通常平均的にみられる頻度をはるかに超えて、アンドロゲン不応症が集まっていると言われている。実際、1996年のアトランタ五輪では、女性選手3387人中7人がアンドロゲン不応症と判明した(全員が競技参加を許可されている。)

そのため、2011年に国際陸連は、血中テストステロン濃度10nmol/L未満を基準とする女性選手の規定を導入した。しかしながら、この規定で排除されたインドのチャンド選手は、スポーツ仲裁裁判所(CAS)に規定の無効を申し立てて、2015年に勝訴している。その後、チャンド選手は、リオ五輪に出場している。

テストステロン濃度が高い女性選手の優位性が科学的に証明できないことから、チャンド選手は勝訴したわけだが、ここに、男女でわけることの意味と限界と、スポーツとは誰のためなのか、という問いがある。そして、この10nmol/Lという基準を2015年のMtFの規定では用いられることとなったのだが、チャンド選手が勝訴してもなお、トランス女性に、この規定が用いられることの根拠は薄い。

そうは言っても、もちろん、圧倒的な「男女」の力の差を無視し、男性も女性も、同一の環境でやればいいことになれば、場は、「男性」で埋まってしまうだろう。しかしながら、テストステロン濃度への注目をすればするほど、同じ「男性」「女性」というカテゴリーわけに含まれる人の中でも身体的な差異はかなり大きいのになぁ、という極めて当たり前の事柄が浮き彫りになる。それを、単一のテストステロンの濃度という指標で識別することの限界を感じはしないか。

オリンピックの根本原則を考えるに、選手が、性分化疾患であることを理由にバッシングされ、噂を流されてしまう今の状況を再考すると、ゲイとレズビアンがほとんどの出場者にもかかわらず、『LGBTが活躍!』などとあたかも性の多様性を担保しているかの言い方をするオリンピックには注意が必要である。

【追記】

所詮オリンピックは、ナショナリズムと商業主義のお祭りだから、どうでもいい。私にとっては、子どもたちの成績をどう決めるかの方が大切なイシューである。それでは、学校現場でどのように成績評価をするべきなのか、考えてみたい。まず前提として、日本の学校現場において、体育の授業については、男女別で成績評価がなされている。

IOCの基準に基づくと、彼らは、FtMとして参加することは無条件で認められるのだから、FtMが「男子生徒」の枠組みの中で評価を求めることはなんら問題がないはずである。また、ホルモン療法をしていない場合においては、FtMも、「女子生徒」郡での成績評価を求めるのであれば、それは問題がなさそうである。問題は、ホルモン療法を行っている、FtM当事者(中学校/高校では極めて例は少ないが)である。その場合、不利にはなるが、「男子生徒」の枠組みでの評価をすることを、生徒に説明することになるだろう。

MtFの場合はもう少し事態がややこしい。MtFの場合、ホルモン療法をしていても、テストステロン値なんてものは学校の先生が調べようがないから、「女性生徒」郡での評価をすることは難しい。どうしても「男子生徒」郡での成績評価になるのである。

これは、不利・有利の問題よりも、当事者にとっての心理的な面での非対称性が浮き彫りになる。FtMの方は、不利になってもいいから、「男子生徒」の枠組みで評価してもらってもOKであり、どちらの評価をしてもらうか、自己決定が可能になる。一方で、MtFは、他の生徒の「平等」の観点から、「男子生徒」としての評価になってしまうのである。

それでも、もともとが「男女二元論」での評価そのものが、構造的にトランスする人々を排除していると言わざるを得ない。他の生徒の平等の観点を守るためにトランスジェンダーの子どもたちが犠牲に(不利な評価を受け入れ)ならなければいけない、とはどういうことか。他の生徒がトランスする生徒よりも優先されるべき根拠はなんなのか?なぜ私たちは、男女二元論、指定された性と同一の性で生きることを強制される社会で、そのルールで戦わねばならないのか。

…とつらつらと書き連ねてみて、MtFの知人に意見を求める。「ねぇ、どう思う?」と。

「学校のプールとかずる休みしてた」

「成績よりも、着替えが嫌だった。成績なんてどうでもいい」

すこぶる正直な意見である。わたしたち、マイノリティは、生きているだけで不利な点が、ごまんとあるのである。今更一つぐらい不利な点が明らかになったところで、なんてことないではないか。目立って良い成績をとってはどうせ目をつけられるのである。当事者という生き物は、こうして、生きづらさの感覚に鈍感になっていくのである。

【参考文献】

Brodsky, J. L., & Genel, M. (2016). The 2015 Pediatric Endocrine Society Ethics Symposium: Controversies Regarding ‘Gender Verification'of Elite Female Athletes-Sex Testing to Hyperandrogenism. Hormone research in paediatrics, 85(4), 273-277.

International Olympic Comittee. (2015). IOC Consensus Meeting on Sex Reassignment and Hyperandrogenism. Retrieved April 20, 2018, from https://stillmed.olympic.org/Documents/Commissions_PDFfiles/Medical_commission/2015-11_ioc_consensus_meeting_on_sex_reassignment_and_hyperandrogenism-en.pdf

Genel, M. (2017). Transgender Athletes: How Can They Be Accommodated?. Current sports medicine reports, 16(1), 12-13.

Marcus, S. (2015, June 4). Caitlyn Jenner, Formerly Bruce Jenner, Makes Her Debut On The Cover Of Vanity Fair, Retrieved April 20, 2018, from https://www.huffingtonpost.jp/2015/06/02/caitlyn-jenner-bruce-jenner-her-vanity-fair-_n_7490606.html

難波聡(2018), 2020年東京五輪の選手の性別はいかに決定されるか, GID学会第20回研究大会, 東京, 31.

にじいろらいと、という小さなグループを作り、小学校や中学校といった教育機関でLGBTを含むすべての人へ向けた性の多様性の講演をしています。公教育への予算の少なさから、外部講師への講師謝礼も非常に低いものとなっています。持続可能な活動のために、ご支援いただけると幸いです。