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Kazeの匂いと映像

ちょうどコロナウィルスの感染と同じ頃に彼氏ができた筆者。彼氏が愛煙家ということもあり、忘れていた煙草を久しぶりに購入した。

愛煙家には、煙を嗜む時間というものが存在すると思っている。

健康か否か、そんなものは気にしなくていい。
もちろん、好まない人に不快な思いをさせないように”最新の(細心の)”注意を払っている。
その上で、ほろ苦くてキリッとした(筆者はメントール愛好)香りに包まれながら自分の内側にある雑念と瞳に映る風景を処理するだけの時間を費やすのに何か文句を言われる必要はないだろう。

タバコよりも少し長く、カメラに触れている中で、カメラは不思議とシャッターを下ろした瞬間の匂いも切り取る習性があると感じている。視力が発達した人間ならではなのだろうか。私は詳しくないので正確なことは知らないが、そんな特性によってか、視覚情報があらゆる記憶を結びつけているとカメラを弄り出してから特に感じる。

今日は、一仕事終えて黄昏時に帰宅し、自宅のベランダで、一服した時の空を撮影した。シャワーを浴びて、もはや体のどこにも煙の所在はないのに、それでも、この夕暮れの空を見るとベランダで香った薫りとなんとも言えない感覚が蘇る。

(ちなみにBGM:夏の終わりに思うこと)

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