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『おひとりさま天国(孤独な散歩者の夢想)』企画書

【キャッチコピー】
 ついに「ぼっち」となったフランスの思想家ジャン=ジャック・ルソーは「おひとりさま天国」に到るのか?

【あらすじ】
 
1712年、ジュネーヴで時計職人の子どもとして生まれたジャン=ジャック・ルソーは無学のまま様々な地を放浪後、30歳を過ぎた頃から執筆を始め、『人間不平等起源論』、『社会契約論』、『エミール、または教育について』など次々と今日においては傑作とされる著書をものにするものの、それらの著書によってパリ高等法院から逮捕状が出され各地で迫害を受け、もともと精神状態が良くなかった中でさらに疑心暗鬼になった末に多くの著名な友人たちと絶交した後、64歳になったルソーは『孤独な散歩者の夢想』を書き始め、改めて自分の人生を振り返った、完全新訳の「実録もの」である。

【第1話のストーリー】
 こうして俺はこの地上でもはや兄弟も隣人も友人も社会的なつながりもなくなり、自分自身さえ風前の灯火なのである。人類において最も社交的で優しい男が人類の総意で追放されたのである。どのような仕打ちが感受性の高い俺の魂を最大限に苦しめられるのか憎悪の極限の中で彼らは探し求め、俺と社会を繋げていた絆を全て乱暴にぶった切ったのだ。俺は彼らの悪意にも関わらず人間を嫌いになることはなかった。つまり彼らは人間を止めない限り俺の愛情から逃れることはできなかったのである。このように彼らが望んだからこそ結局俺にとって彼らはよそ者になり見知らぬ者になり初めから存在しない者になったのであるが、ところで彼らや全てから切り離された俺は一体何者だというのだ? だから俺はそれを探すことに時を費やしているのだが、不幸にもこの探求の前に俺は自分の立場を顧みなければならなかった。それが俺が彼らから俺自身にたどり着くために避けて通れない思いなのである。
 俺がこの奇妙な立場に置かれて15年以上経とうとしているが、この立場は俺にとってはいまだに夢のような感じだ。この消化不良感が俺を苦しめ眠りの質が悪くても友人たちと再会することで俺は苦痛から逃れて目覚めるのではないかといつも想像している。そうなんだ、多分、俺は自分が気付かないうちに覚醒状態から一気に昏睡したのだ。いや、寧ろ死の速度があまりにも速すぎて生が気付いていないのだ。どのような経緯かは不明だが、俺は物事の秩序から引きずり出され、俺が目にしたことがない理解不能のカオスの中に落下したために、俺が自分の今の状況を考えれば考えるほど、今自分がどこにいるのか分からなくなってくるのだ。
 あ~あ! どうやったら俺を待っていた運命が予想できたんだ? どうやったら俺が今日においてもまだ委ねられている運命に納得できるというんだ? 以前も今日においても同じ人間である俺が年を経て何の疑いもなく人類の嫌われ者で不良どものおもちゃであるモンスターや毒殺者や暗殺者と見なされ、通りすがりの者たちが俺にしてくる挨拶がどれも唾を吐きかけることで、全世代が人類の総意で俺を生きたまま葬り去ることを楽しむなどと常識で俺は推測できただろうか?

【第2話以降のストーリー】
 この奇妙な革命が起こると、俺は不意打ちを食らわされ最初は動転した。俺の動揺と憤慨は鎮まるまでに十年ほど必要とした精神錯乱に俺を陥れた。その間、失敗や罪を重ね愚行を繰り返し、自分の軽率な言動による永久に運命を定めるために彼らが巧みに実施したくらいの量の手段を俺の運命の支配者に提供した。俺は無駄に強引に長引かせて悪戦苦闘していた。抜け目なさがなく、器用さもなく、本心も隠さず、用心深さもなく、自由奔放で、率直で、性急で、瞬間湯沸かし器のような俺は悪戦苦闘しながらしたことで彼らの目ざとさによりすぐに新たな理由を提供し俺に苦痛をもたらす。結局、努力は全て無駄と感じ、究極の敗北で苦しめられた俺は自分に残されている、もはや不可避性に対して逆らうこともせず自分の運命に服従するという唯一の選択を受け入れた。このような諦めの境地において俺は、虚しくなるほど骨が折れる抵抗の絶え間ない労力と調和でできた穏やかさが訪れたことで俺の全ての苦悩の償いを見つけた。
 もう一つこの穏やかさの原因になったものがあった。彼らの憎悪の極限の中、俺を迫害する者たちはその敵意故に彼らに忘れさせたあるものを見逃した。俺に絶えず新たな危害を加えながら、少しづつ有効打を増やすことで彼らは絶えず手を変え品を変えて俺を苦しませ続けられたのだ。もしも彼らが俺にわずかな希望の光を残しておく抜け目なさがあったのならば、彼らはそれによってまだ俺を意のままにしていただろう。彼らは人を欺くまやかしによってまだ俺を彼らのおもちゃとして弄び、期待を裏切られることで絶えず更新される苦しみによって俺を失望させられただろう。しかし彼らは前もって全ての手段を使い切ってしまった。俺に何も残さなかったが故に、彼らは彼ら自身から全てを奪ってしまったのである。彼らが俺にふんだんに浴びせた誹謗中傷、意気消沈、嘲弄、恥辱は和らぐ可能性はあれ増大する可能性はもはやないのである。俺たちは等しく故障者リストに載っている。それらを悪化させる彼らと、それらから逃れる俺。彼らは俺の悲嘆の程度を限界まで持って行こうと急いだ故に、地獄のありとあらゆる策略を利用した絶大な力を持つ者は付け加えることがないことがもはや分からなかった。肉体的な苦痛は俺の苦悩を増加させる代わりに気持ちを紛らわしてくれるだろう。俺から叫び声を取り上げながら、たぶん肉体的な苦痛は俺をうめき声から免れさせ、俺の体が引き裂かれることが俺の心が引き裂かれることを失効させたのだろう。
 全てがなされた今となって俺はまだ何を怖れなければならないのだろうか? 俺の状況をこれ以上悪化させられない彼らはもはや不安を煽って俺を意のままにするわけにもいくまい。懸念や激しい恐怖は彼らが永遠に俺から引き離してくれた苦痛で、とにかく安らげる。現実の苦痛が俺を一喜一憂させはしないし、俺が被っている苦痛に関して俺は難なく受け入れるが、俺が恐れているものは無理なんだ。俺の怖気づいた妄想がそれらの恐怖を組み合わせ、かき混ぜ、拡大し、増幅させる。そのような想像が実際の恐怖よりも俺を百倍苦しめ、俺にとって脅される方が殴られるよりも恐ろしいのだ。とりわけ、彼らがやって来るということ自体が、彼らがまとっていた想像の産物を彼らから取り払われ、彼らをありのままの姿に帰するのだ。俺が彼らを見つけると俺が思い描いていたよりも何ほどのものでもなく、俺が苦しんでいる最中でさえ俺は自分の苦痛が軽減したような感じが続くのだ。そのような状態において全ての新たな恐怖から解放され、期待していた不安から自由になると、その唯一の慣れが何も悪化させられない状況以上に俺を日々耐えられるようにさせるためには十分であろう。時間の経過とともに感情が鈍くなるにつれて彼らは感情を活性化させる手段をもはや持ち合わせていない。これが彼らの悪意のあらゆるを行為を使い果たしながら、俺の迫害者たちが俺に施した善なのである。彼らは俺に対する全ての影響力を失い、今では俺が彼らをバカにしている。
 俺の心の中に完全な平穏を取り戻してからまだ二ヵ月と経たない頃。長い間俺は何に対しても恐れていなかったのだが、俺はまだ希望を抱いていて、和ませられる時もあれば失望させられる時もあるこの期待は、数え切れないほどの様々な情熱が俺を煽動させることを止めないことで土台となった。思いがけないほど悲しいある出来事がついに俺の心から微かな希望の光を消し去りに来て、この世において永久に定められた俺の運命を俺は見せられたのだ。その時から俺は完全に諦めて再び平穏を見出したのである。
 その全体のスケールの中の骨組みがぼんやりと見え始めるとすぐに俺は俺が生きている間に俺の読者を取り戻すという考えは永遠に失ってしまったし、彼らが戻ってくるとしてももはや相互扶助の関係にはなり得ないので、今では俺にとっては全くの無駄でしかないだろう。人々が俺のところに戻って来ても無駄であろうし、彼らがもう俺を取り戻すことはないのである。彼らが俺に抱かせる軽蔑により、彼らとの交際は俺には面白みがなく重荷でさえある。俺は彼らと一緒に生活できるとしても孤独でいる方が百倍も幸福なのである。彼らは俺の心から交際の喜びを全て取り上げたのだ。俺くらいの年になると、そのような喜びが再び芽生えることはもうあり得ないだろう。遅すぎるのだ。今後彼らが俺をもてなそうと無視しようと彼らの全てが俺にとってはどうでもいいし、彼らが何をしようとも俺にとって俺の同時代人たちは永久に取るに足りないものとなるだろう。
 しかし俺はまだ未来は当てにしていたし、最良の世代が、俺に関して彼らによって示された判断と俺に対する振る舞いを綿密に検討しながら、最良の世代を指揮する者たちの計略をいとも簡単に解いて最終的には俺をありのままに見てくれるだろう。俺の『ルソー、ジャン=ジャックを裁く - 対話』を俺に書かせ、後世に残そうと並外れたあらゆる企てを俺に示唆したのもその希望なのである。自分と隔たりはあれその希望は、俺がいまだにこの時代において真心を探していた頃と同じくらいの興奮状態の中で俺の魂を捉え、俺が遠方へ捨てても無駄だった希望はこうしてまた俺を今日の人々の玩具にしてしまったのである。『対話』の中で俺はこの希望の基になることを書いた。俺は間違えていた。俺はまだ俺の最期までに充実した安らぎと完全な休息のひと時を見つけるだけの余裕をもって得た幸せによって間違いに気づいたのだ。そのひと時は俺が話している時期から始まり、それがもはや中断されることはないと信じられる理由が俺にはある。

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