15日本語学講読Ⅰ 文体

橋本博幸 日本語学講読Ⅰ 1997 奥羽大学 記録尾坂淳一
(文体)

文体一覧
大和時代─奈良時代─平安時代─鎌倉時代─室町時代
漢字━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
万葉仮名━━━━━━━━┫
          平仮名・片仮名━━━━━━

漢文━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  変体漢文━━━━━━━━━━━━━━┫
     宣命書
          漢文訓読文━━┫
           和文━━━━┫
            漢字仮名交じり文
             和漢混交文

1、序説─文体研究とその方法・立場─
文章=文がいくつか集まってそれ自体で完結した統一ある思想内容を表現するもの
文体=言語表現(文章)における特徴。音韻、文字、語彙、文法、修辞法などの違い

あしたおれが行こう
みょうにちわたしが参りましょう

立場
類型的=特徴の共通性普遍性
個別的=特徴の独自性特殊性
「類型的」
‐十七条の憲法=漢文
‐古事記=変体漢文
‐竹取物語=和文
‐源氏物語=和文
‐平家物語=和漢混交文
「個別的」
‐竹取物語=指示語を多用、同語反復
‐源氏物語=同語反復なし
‐=文と文のつなぎ方に違い


2、類型的文体研究
a漢文=中国の文語文法に従って書かれた文章
「以和為貴」→わをもってたっとしとなす(漢文であり日本語でもある)

中国の文語文法
主語+述語
主語+述語+目的語(~ヲ)
主語+述語+於・于・乎+補語
主語+述語+目的語+於・于・乎+補語
主語+述語+補語+目的語
主語+述語+補語+於・于・乎+補語
=修飾語→被修飾語


b変体漢文=漢文様式の文章でありながら漢文本来の表記、語彙、文法に合致しない日本語的要素を含む
「法隆寺薬師仏光背銘」
池辺大宮治天下天皇、大御身労賜時、歳次丙午年。召於大王天皇与太子而誓願賜、我大御病太平欲坐故、将造寺薬師像作仕奉詔。然当時崩賜、造不堪者、小治田大宮治天下大王天皇及東宮聖王、大命受賜而歳次丁卯年仕奉。
‐大御、賜、坐、奉=漢文に無い敬語
‐漢文文法→日本語文法
‐作薬師像→薬師像作
‐不堪造 →造不堪
‐受大命 →大命受
=漢文(外国語)の不自由さを克服、国語の実際に即した表現法

「古事記」上巻
於是天神諸命以、詔伊耶那岐命・伊耶那美命二柱神、修理固成是多陀用弊流之国、賜天沼矛而、言依賜也。故二柱神立天浮橋而、指下其沼矛以画者、塩許々袁々呂々邇画鳴而、引上時、自其矛末垂落塩之累積成島。是淤能碁呂島。
‐諸命以→以諸命
‐多陀用弊流=万葉仮名
‐許々袁々呂々邇=日本語そのもの
‐沼矛=日本語を漢字表現
‐而=日本語文法、漢文なら無くて良い字
‐賜=敬語

変体漢文の条件
語順が漢文本来の文法でなく日本語文法になっている
固有名詞以外のものが仮名書きされる
和語が漢字で表記される
漢文では必ずしも表記されないものが表記される
本来の用法とは異なる使い方をされる語がある

古事記の成立事情による表記
天武天皇が帝紀・本辞を改訂、稗田阿礼が誦習→元明天皇、大安万侶が表記
‐よのなか→世中   訓「詞心におよばず」
    →余能奈可 音「事の趣更に長し」

‐くらげなすただよへる
‐訓=如海月漂=くらげのごとくただよふ
‐音=久羅下那州多陀用弊流=冗長、冗漫

「音訓を交へ用ゐ」
「注を以ちて明にし」=訓注(意味と読みをはっきりさせる)


c宣命書=漢文の中にある天皇家の詔の部分
実質語=大書き 漢字による表意的表記
    体言、副詞、接続詞、用言の語幹
形成語=小書き 万葉仮名による表音的表記
    助詞、助動詞、用言の活用語尾

中務省内記草案→天皇→発表(自敬)

ほぼ日本語の語順

宣命小書双行体成立までの流れ
変体漢文
「法隆寺薬師仏光背銘」

音訓交用体
「古事記上巻」
於後手布伎郡都此田字以音逃来
しりへでにふきつつこの字は音をもってせよにげくる
↓語法意識による整理(日本語文法へ)
↓注により音訓を指示

宣命大書体「藤原宮跡出土木簡」
□止詔大□□乎諸聞食止□
↓能率的な伝達

宣命小書一行体「詔草案正倉院文書」
↓余白利用

宣命小書双行体「続日本紀宣命」
(二行書きは中国の注や古事記に前例あり)

宣命に多く使われた理由
天皇=一語一句が大切
詔=伝える為の文章(緻密さの要求)
節をつけて宣読

続日本紀宣命における仮名書(万葉仮名)実質語(漢文表記)
「多利麻比たりまひ」他例なし
「夜々弥ややみ」源氏物語に一例
=非常用字(漢字表記だと読めない)

「己々太久ここだく」=常用字
漢字表記「幾許ここだく」万葉集666

宣命では漢字表記しなかった

3991許己婆久ここばく
4360己伎婆久こきばく
234己伎太久こきだく
=類義語が多くどれで読んでも成立してしまうため


d漢文訓読文=漢文を国語として読み下した文章
文学作品に引用されたもの
‐枕草子「琵琶の声やんで物語せんとすること遅し」
‐=白居易「琵琶行」
‐源氏物語「人木石にあらざればみな情あり」
‐=白居易「李夫人」

訓点資料を解読したもの
‐訓点資料=漢文に訓点を施した国語資料
‐訓点=仮名、ヲコト点、返り点などの符号

漢文訓読とは
「翻訳」漢文→内容理解→国語文=極端な逐字訳

特徴
漢語が多い
‐‐文集‐‐‐源氏物語
和語1351語  1479
漢語1900     888
合計3251   14967

微妙なニュアンスを表す表現に乏しい
漢文訓読文に無い表記
=助動詞けり過去
=助動詞けり詠嘆
=助動詞けむ過去推量
=助詞こそ
=助詞なん強調
=助詞し
=助動詞らむ、らし
=助動詞なり、めり
=接辞もの(接頭辞)心細げ(接尾辞)
=敬語 補助動詞たま(和)+ふ(訓)尊敬
        せ+たまふ(和)
        させ+たまふ(和)
        たて(和)+まつる(訓)謙譲
        きこ+ゆ(和)
        はべり(和)丁寧

原漢文の中に対応する漢字がない
内容理解が第一で読み添えもしない
非情緒的文章

奈良時代の漢文訓読の影響
中国語「星」→意味理解、日本語訳→「ほし」→定着
‐繰り返し読まれたため「星=ほし」と結びついた

秋葉奪粧紅=抽象的な目的語を取る意の「奪」
↓日本語で奪うは具体的な者を取る
万葉集850有婆比て

中国語「龍」馬八尺以上為龍
↓中国的発想から
万葉集806多都能馬たつのま

宣命書の漢文訓読
此禅師ノ行ヲ見ニ至リテ浄シ

至平、至誠、至尊、至善、=漢語

漢文訓読文の歴史的変遷
「昔者魯連談笑而秦軍自却」
昔し魯連談笑す。しかして秦軍自却しき。=直訳

(同時代)

昔者魯連といふひと談笑せしからに秦の軍自ら却きぬ。=意訳=音読みをしない

平安初期点=言語カタラフ、非常ハナハダ、
天永四年点(平安時代末)=言語シテ、非常ニ、
=次第に直訳的になる

訓読の固定=10世紀以降


e和文一
表記面=平仮名中心、少数の漢字
用語面=和語(日常会話語)中心、少数の漢字

(表記面)
「土佐日記」(原本を再現できた信頼できるデータ)
12000字中漢字230字(1.7%、日付で142字)

漢字書きの理由
仮名表記できない
願ぐわん 合拗音
京きゃう 開拗音
=中国から入った音

誤読防止
ここれたかのみこ→故これたかのみこ
こありはらのみこ→故ありはらのみこ

けふはねのひなりければ
→けふ羽根の日なれば
→けふは子の日なれば

みなひとこともなかりき
→みな人事もなかりき
→みな一言もなかりき

平仮名でイメージできない
あしは十文字

=仮名表記の方法が確立していなかった
=語の認定を容易にし誤読を防ぐ

(用語面)
「古典対照語彙表」
源氏物語
「なほ、しばし心見よ」桐壷
「この世のほかのやうなるひがおぼえどもにとりまぜつつ、」若菜上
「ゆゆしき身に侍れば、」桐壷
「さばかりおぼしたれど、限りこそありけれ」桐壷
「なりのぼれども、もとよりさるべきすぢならぬは、世の人の思へることも、さはいへど、」帚木
「みな人々、きこえ渡し給ひし折よりそなたにさぶらふ。」玉鬘
「今宵は出でずなりぬ」との給へば、みな立ちて、おものなどこなたに参らせたり。紅葉賀

公家日記で仮名書きされた会話文に登場する語

日常会話の描写は漢文では書きにくかった

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐前期

f和文ニ
平安時代における和文と漢文訓読文との関係
漢文訓読文=古語残存、直訳的表現

和文との比較

和文で対応する語
‐~ゴトシ↔~やうなり
‐~ニニタリ↔~やうなり
(築島裕「平安時代語新論」東大出版会)
(築島裕「平安時代の漢文訓読語につきての研究」東大出版会)
(築島裕「平安時代の国語」東京堂出版)
 ↓
対応のない語
専ら漢文訓読文に使われる語=漢文訓読特有語
 ↑
ニ形対立
 ↓
専ら和文に使われる語=和文特有語

漢文訓読特有語
‐助詞
‐接続詞
‐副詞
‐形容動詞語幹
‐動詞
‐形容詞
‐名詞

和文特有語
‐助詞
‐接続詞
‐副詞
‐形容動詞語幹
‐動詞
‐形容詞
‐名詞
‐接頭辞
‐接尾辞
‐複合動詞

和文語=日常会話語が文学的に洗練された語
‐つぐなう←訓読文あがなう
‐なまける←訓読文おこたる
‐抵抗する←訓読文あがなう
‐私がもっているペン←私がもっているところのペン
‐会議をする←会議をもつ

使用する場
‐書き言葉、文章語=漢文訓読語
‐日常会話語
‐和文語


g記録体=変体漢文で実用文体の濃いもの
「公家日記」「御堂関白記」など
慶滋保胤「日本往生極楽記」
‐=従漁者遊戯矣
‐=天徳五年二月十八日入滅焉
‐‐→公家日記であれば書かない不読の文末助字
‐‐→非実用的=記録本ではない

記録体の解読法
1職能(はたらき)を検討
2意味を検討
3古辞書収録の和訓から最適なものを選ぶ
「類聚名義抄」(作者不明院政期)
部首引きの漢和辞典
当該漢字における和訓を集大成
‐原撰本系=図書寮本、零本
‐改編本系=観智院本、完本

「和名類聚抄」(源順平安時代中期)
名詞を意味で分類、引用文を用いて説明

「色葉字類抄」(橘忠兼院政期)
イロハ引きに意義分類を併用した漢字文作成用字典、当該語の表記に使いうる漢字を集大成、常用度の高いものから揚出
‐二巻本
‐三巻本‐前田本(鎌倉初期写)一部欠
    ‐黒川本(江戸中期写)完本

漢字と訓との定着度(結びつき)について
「悪」わるい=強く定着
‐‐‐にくい=弱く定着
「教」類聚名義抄=ノリ
        =ヲシフ
        =(セ)シム
        =タカシ
「教」色葉字類抄=ヲシフ1合点
        =(セ)シム5合点
        =ヲシフ、シム「定訓」結びつきが強い

「ヌク」色葉字類抄前田本
抜.ヌク.
脱ヌ..ク

黒川本にはなし(鎌倉時代と江戸時代のアクセントのずれのため)=語の同認

記録体の言語の特徴
=漢語が多い
漢文訓読文=訓読の際に字音読みされた語=実際には使用されなかった語も含む
‐記録体=全て実際に使用された語
‐和文<漢文<漢文訓読文

漢文訓読特有語
「二形対立」
‐和文特有語=当て字がある(相手になる漢字が無い)

「三形対立」
‐記録特有語
‐‐助数詞(几帳一基、法華堂一宇、屏風一帖、)
‐‐動詞(足踏、闇打)
‐‐副詞(相共ニ)
‐‐接続詞「間」(此間、其間、而間、然間)
      =単独用法 A間B(Aスル間ニBスル)
      「者」テヘレバ(~ので)引用の終結を示す(トイヘリ→テヘリ)
      「云々」観音(kan_n_on)云々(un_n_un)=連声
‐‐連体詞(件、指、去)
‐‐助動詞(給、了)

三形対立
漢文訓読文‐時に‐‐‐暁ニ至リテ
和文‐‐‐‐ほどに‐‐明け方になり侍り
記録体‐‐‐間‐‐‐‐及暁

漢文訓読文‐和文‐‐‐記録体
ホボ‐‐‐‐おほかた‐粗(アラアラ)
スミヤカニ‐とく‐‐‐早(ハヤク)
スコシキ‐‐すこし‐‐少々
ヤウヤク‐‐やうやう‐漸々


h和文体の成立
源氏物語における漢文訓読文および記録特有語
(少女)
‐話し手が文章博士→ハナハダ、(知ら)ズシテ
(夢浮橋)
‐話し手が僧都→シカ(侍る)、(籠り侍る)間(は)
(帚木)
‐話し手が博士の娘→目のあたり(ならずとも)
(若紫)
‐話し手が光源氏→いぬる=へりくだり
(若菜下)
‐話し手が光源氏→いはむや=琴について息子の夕霧に説明
(竹河)
‐話し手が夕霧→そもそも=玉鬘の娘の院参について意見
(薄雲)
‐話し手が夜居の僧都→たとひ=出生の秘密を冷泉帝に奉上

漢文訓読文・漢文・変体漢文
      ↓
     和文
      ↑
━━━━日常会話━━━━


3、日本語学へのいざない「宇治拾遺物語」
諸本
A宮内庁書陵部蔵近世初期写本
↓活字化
A新潮古典集成

B無刊記古活字写本
↓活字化
B岩波古典文学大系
B小学館古典文学全集
(元本の違い)

字体
万葉仮名がくずされて(草化)成立した平仮名
‐ko己→こ、re礼→れ
濁点、句読点、「」が無い

「はぬし」の表記
こはいかに、かくてはおはしますぞと言へば、ほろほろと泣きて、わ主が制することを聞かず、いたくこの鹿を殺す。
本来「わぬし」わ=接頭辞
原文「はぬし」

ハ行転呼音=語頭では起きない
表記の混同=語頭では起きない
=
写す時点での助詞「は」とのとり違い
正なきて、わ主が
誤なきては、主が

「ずゞ」濁点が原文にある(宮内庁本で唯一)
ずゞを砕けぬともみちぎりて、

数珠とはすぐには判断しにくい
鈴ととれなくもない

「しとぎばら」
しとぎばら食べてまかりなんといへば、
しとぎ 餅のような食物
ばら 人間について複数を表す接尾辞

宮内庁本「しとぎはし」
ばし 強調、鎌倉で多用の口語
=
写し間違い

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐後期