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読書録/エトロフ発緊急電

◼️エトロフ発緊急電 佐々木譲 新潮社 1989年

 太平洋戦争は日本軍の真珠湾奇襲攻撃によって開戦する。その舞台裏で、ひょっとしてこんなことがあったかもしれない…という諜報戦を描いたフィクションである。

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 主舞台となるのは択捉島。ハワイへの奇襲という大胆不敵な作戦を遂行するために、連合艦隊が当時日本の領土だった択捉島の単冠湾に集結することになるのだが、読み手は当然のことながら、たとえ米国のスパイが前もってこの情報をつかんで米国に打電していたところで、この奇襲攻撃が成功してしまうことを知っている。だからこそ、そこに至るまでの諜報戦と、緊急電が発せられたかどうかの展開に手に汗握る。ニューヨーク、函館、東京、とそれぞれの場所から始まる、それぞれの異なったドラマが、やがて択捉島、単冠湾で一つになっていく、そのプロセスに惹きつけられた。

 それだけではない。私が面白いと思ったのは、これが日本とアメリカ、という国を背負った人々との戦いではなく、国と自分とをやすやすと同一化できる立場の者と、国と国との狭間で苦悩する立場の者との戦いである、という面を持つことだ。米国のスパイとなる斎藤は、優秀な成績でありながらその人種ゆえに大学進学の道を諦めざるを得なかった日系人、択捉島で駅逓を営むゆきは、ロシア人との混血で私生児という出生のゆえに偏見の目を向けられる女性、ゆきの下で働く宣造は千島列島から強制移住されれたクリル人(千島アイヌ)である。最後の対決のとき、なんとしても国を守りたい、という芯のような思いを持ち得ない彼らが、日米開戦という局面を前に、一体どんな行動を取るのだろうかというところに、ぐいぐいと引っ張られながら読むことができた。

 斎藤のスパイ活動を支援する二人の人物についても非常に興味深かった。一人は東京で活動するアメリカ人宣教師だが、南京で大虐殺の現場に居合わせ、恋人を日本の軍人らに強姦されたうえ殺害されたという過去を持つ。もう一人は朝鮮人の労務者で、極悪な労働環境で酷使されたことで深く日本人を憎んでいる。彼らを通して、いまだ日本が直視して清算することができずにいる過去を突きつけられる。
 改めて思うのは、こうした「戦争」の問題が、日米開戦の「前」からあったということだ。それがこの物語の中で、国や軍隊に傷つけられ、踏みにじられた側と、国や軍隊のなすことに従順であるよう仕向けられた側との強烈なコントラストをなしている。

 最後、宣造のその後は語られずに終わるが、どこにも属さないがゆえの自由で奔放な魂そのままに、生きながらえていることを願いたくなった。
(2020年1月5日)

ヘッダー画像は北海道・納沙布岬にある北方館にて撮影。https://www.hoppou.go.jp/inform/facilities/


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