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読書録/室町時代

◼️室町時代 脇田晴子 中公新書 1985年

 自分の中で1990年代はじめに起こった第一次歴史ブームのとき、特に興味を持ったのは戦国時代だったが、戦国時代のみならず広く中世、特に室町時代について知りたいと思って手に取ったのが本書である。ただ、今から30年前のまだ20代だった自分には、日本史そのものに対する理解が不足しており、読んでみたものの、あまり内容を理解できていなかったように思う。
 最近になって、呉座勇一著「応仁の乱」がベストセラーになるなど室町時代に注目が集まるようになり、応仁の乱を扱った大河ドラマ「花の乱」を視聴するなどするなかで、改めてその時代を俯瞰してみたいと思い、今ならもう少し理解できるかと期待して本書に目を通した。

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 タイトルは「室町時代」だが、著者は中世日本史の中でも商工業や都市、芸能、そして女性の歴史を専門としてるため、室町幕府の盛衰や応仁の乱の展開など政治的な時代の動向を知りたい向きにはおすすめではない。取り上げているのは、室町時代の経済、商業や芸能の展開とそれにともなう庶民の暮らしの変容である。
 しかし、この室町時代に床の間と畳の住居や能・狂言、茶の湯といった、現在の日本にまでつながる文化が生まれてきたことや、都市と集落、町と農村が形成されてきたことなど、その暮らしの変容がのちの時代に与えた影響は計り知れない。そういう意味で、「室町時代」を多角的に見るための必読書といってもいいかもしれない。

 それだけではない。室町時代にリアルタイムで起こった様々な政変の背後には、鎌倉時代から発達し始めた「貨幣経済」が浸透することで起こった社会の価値の大転換があったことも、わかってくる。身分が低い者であっても、何か芸事や商売などでお金を稼いで長者になれば「有徳人(富裕層)」となれる、という転換があった。その顕著な例として、筆者は京都の「祇園祭」を例に、私たちをその世界へと誘ってゆく。豪華絢爛な山鉾、その祭りを支える町人という存在は、室町時代に形成された「町」とその経済基盤によって生まれたものなのだ。

 金を貸す「土倉」や「酒屋」と、金を借りる公家、武家、庶民との「徳政令」をめぐる攻防や、米の売買によって生じる「相場」をめぐる地頭・代官と農民との攻防など、貨幣経済をめぐって様々な衝突が起こるところも面白い。そんな中で、米相場の有利なときに年貢米を売買し、差額を儲けようとする代官に対して、農民たちが年貢を米でなく銭で納めることを認めさせようと訴訟を起こすなど、その時代に生きた人々の、利に聡くあろうとする姿勢や訴えを起こして主張を認めさせようとする態度など、その時代を時代たらしめるエネルギーの発露に、驚きとともに感動すら覚えた。

 お金というファクターが加わることで、身分とは別の新たな格差が生じたことで動き出した室町時代。その先には群雄割拠の戦国時代がある。天下統一事業に乗り出した織田信長の抱えたトップ2、羽柴秀吉と明智光秀は、いずれも出自も身分も明らかでない、謎多き人物であった。それもまた、室町時代に起こった大転換の帰結といえるのかもしれない。

ヘッダー写真は福井県福井市にある一乗谷朝倉遺跡にて撮影。
http://www3.fctv.ne.jp/~asakura/

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