本当に有ったのかは定かではないですが・・・

昔に聞いた話を思い出したので書いてみようと思いました。
太平洋戦争が終わった数年後、食糧配給では追いつかず
闇市では値段が高くて買い物が出来ず、お金も無いので
「交換してくれそうなもの」を持って農村に出向き、
農作物との物々交換を農家にお願いしていた頃の話です。

それまで農村・農家は都会の人間から下に見られていたそうです。
それが戦争が終わって、食べるものを初めとする物品がが無く
特に食料は圧倒的に不足していたので自前で農作物を作って、
保存しているため、今まで下に見られていた恨みを含めて
一気に晴らす機会が来たわけです。

戦争で男手を取られて女性が余っていた時代で
それまで「男は外で稼ぎ、女は家を守る」とされていましたから
仕事をしていた女性は非常に少なく、生活費を稼いでくる力もなかったことは想像に難くありません。
「買出し列車」に交換してくれそうな着物を担いで農村地帯に出向く女性は多かったそうです。
そして概ね、こんな会話が交わされていたそうです。

女性:「この着物と何か食べ物を交換してもらえないでしょうか」
農家:「みんな着物を持ってくるんだけどそんなに着物は要らないんだよ。」
女性:「そこをなんとかお願いできませんか。小さい子がいるんですが食べさせてやれないんです」
農家:「そうはいっても、貴重な食料だからなぁ。要らないものと交換は出来ない」
女性:「そこをなんとか。なんでもしますから」
農家:「そうか、なんでもするのか」
あとはご想像の通りです。セックスを代償に食べ物を分けてもらう。
そうしたことがあったそうで、しかも農家は納屋があるので
そこでコトに及んだことが多かったそうです。

ノーマルな性癖な農家なら、ノーマルなセックスで済んだと思いますが
やっぱり中には変態性癖の農家もいたらしく、また一度食べ物を
分けてもらった女性がまた自分の身体を代償に。と農家を訪れることも
多かったそうです。
そうすると、毎回同じでは飽きてくる&元々変態性癖だった農家は
要求をエスカレートさせ納屋でコトに及んでは農作物を束ねる荒縄で
女性を縛ったり、箒で叩いたりするなどのサディスティックな行為に
及ぶこともあったとか。
乳飲み子抱えて農家にお願いに来てはそういう目に合わされ、
授乳を見て欲情した相手にそのまま授乳させながら、酷い事をした。
ということも有ったそうです。

やはり優位な立場を最大限に利用して、圧倒的に弱い立場の人間を辱め、
性欲の捌け口にする。というサディスティックな人間は時代、場所を
問わずいたようです。
そして、これも悲しい性ですが「物々交換を言い訳にして」自分の性欲を
解消した女性も少なからずいたとのことです
まぁ、そりゃあそうですよね。だって「にんげんだもの(みつを)」
大体は農家の奥さんにバレて、男がお仕置きを食らうというまでが
一連の流れだったそうです。

ここで考えるのは、経済的立場にモノを言わせて。というのは判るんですが
本当に全員が全員「嫌な事をせざるを得なかったのか」ということです。
先にも書きましたが、戦争のため男性のほとんどは戦地に送られて戦死した人が大半でした。
となると、残された女性の中で性欲が昂じて、自分では処理し切れなかった人は皆無だったのか?という疑問が残ります。なので「食べ物を得るために」という目的が第一であったとしても「性欲処理も出来て一石二鳥」と
考えた人もいたのではないか。
そして、変態性欲の責めての農家がいたように、対極になる受け手の貧困層もいたのではないか。確率的には低いかもしれないけど、ばっちり出会ってwin-winというケースもあったのではないか。こう思うのです。

内容的に非常に不謹慎であることは承知しています。
しかしながら、「しかたなく」の体を取らないと叶わないことは
今でも有るわけですし、「体を取りつつ、実際は本質をGetできる」
のであるなら、体裁は整えても良いんじゃないかと思うのです。

鞭打った人から「実際に叩かれるのも好きなんだけど、叩かれた痛みで大声で叫べるのも好きなんです。理由も無く大声で叫べないから。叫ぶことで終わった後に心がスッキリすることがほとんどなので、そのために叩かれているのかもしれません」と聞いた事がありました。
被虐嗜好を一段階深く掘ると、もっと色々出てくるのかもしれません。
掘ったは良いけど、露呈させたら無かったことにして埋められないので
興味本位で掘るのは止めておいた方が良いでしょうね。
どうせ掘るなら覚悟を持って掘りたいものだと思います。

※これはかなり昔に祖母の友人(故人)から「あくまで噂」ということで聞きました。

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