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子供を地獄かもしれない世界へ誘った理由

わたしはゲームについて文を書くお仕事をしています。

ところで最近、かなりわたしの倫理観を悩ませるお仕事がありました。

最近、誠文堂新光社『子供の科学』という雑誌の4月号に「ゲームクリエイター最前線」というテーマで、トビー・フォックス(UNDERTALE等)やモルデンハウアー兄弟(Cuphead等)、なるさん、こいちさん(天穂のサクナヒメ等)など、カリスマと言える数々のクリエイターの取材をもとに、10ページほど企画と取材、執筆を担当したのです。

『子供の科学』は1924年から創刊され、約100年というとてつもない歴史のがあり、読者層もかなりリテラシーのあるご家庭らしく、2月号では量子コンピューターをテーマにIBMに取材するという、ぶっちゃけ大人でも読解にこまるような、やんごとなき雑誌でございます。もちろんゲームで特集を組んだこともなく、わたしのようなチャランポランなゲームオタクに「書かないか」という依頼が来た時は、喜んで飛びつきました。

もともと、わたしは教育とビデオゲームに関心がありました。香川県ゲーム規制条例に関しても、やりすぎはよくないけれど、むしろゲームから得られる経験は大きい。そういう可能性に目を背けて、ただむやみに否定し、取り上げる行為は、子供と対話することの逃避である、と私見を述べたところ、そこそこ拡散されました。


今回の『子供の科学』、それも「10ページ、好きに書いていい」というのは、願ってもない依頼だったわけです。

しかし、わたしは依頼を受けるかどうか、迷いました。

締め切りが1か月前まで迫っていた……というのもありますが、何より、最初提示されたテーマが「ゲームクリエイターを目指す子供たちが増えている、だから”ゲームクリエイターになろう”というテーマはどうか」と提案されたときに、「子供たちを「地獄」に導いてしまうのではないか・・・?」と怖くなったからです。

先ほど、わたしはゲームと教育に関心があると話しました。それと同じぐらい、わたしが関心を持っているのが、ゲーム業界の「クランチ」などとも呼ばれる労働問題です。

近年、ゲーム業界の労働環境があまりに過酷であると問題になり、『The Last of Us PartⅡ』のNaughty dogなどアメリカの大企業が告発される事件がありました。では日本のゲーム企業は大丈夫かというと断言できず、むしろ関係者の話を聞く限り一層過酷な現場があり、「クランチ」が明るみになったのは海外の一部ゲームジャーナリストの忌憚なき取材の賜物といえます。


「クランチ」問題を特に明るみにしたゲームジャーナリストのジェイソン・シュライアーの著書に『血と汗とピクセル』というものがありますが、まさに、ゲーム業界は血と汗とピクセルでできた地獄であることが近年明るみになりました。この経緯はTBSラジオに出演した際に話しています。

よって、わたしはこの依頼を受けるかどうか迷いました。

今やゲームは子供たちが最も夢中になっているカルチャー、そしてそのゲームを作ることを夢見る子供たちが増えている、それは素晴らしいし、応援したい。けれども、その先には心身ともに疲弊する過酷な世界が広がっていて、その地獄に「何も知らないフリ」をして突き出すのは、大人としてあまりに無責任ではないかと思ったのです。


そこでわたしは提案しました。

「わかりました、お引き受けします。」

「けれど一つだけ約束してください。この企画はただ子供たちに”ゲームクリエイター”という抽象的な夢を押し付けるためでなく、その過酷さまでちゃんと伝えること。」

「それがダメなら、わたしはこの企画そのものを断念すべきだと思います。」

と。


難しいことはわかっています。

正直に言って、日本のゲームメディアでさえ「クランチ」は未だタブーで、海外の問題を他人事のように取り扱うことはできても、国内の企業を取材することができていません。

そもそも子供むけの雑誌で、そんな現実を見せてどうするんだと思うでしょう。はっきり言って、「こいつ面倒くさいな」と思われ、この件自体流れることを覚悟していました。

ですが、担当編集の方は「その方が面白い、ぜひやりましょう」と即時快諾してくれました。

わたしは驚き、また自分の浅慮さを呪いました。彼らはゲームでなく、子供たちのために雑誌を作っていたのです。担当の方は私と変わらない若い方でしたが、そもそも『子供の科学』は100年近く、もうずっと子供たちのことを考え、彼らにどんな知識を授けるべきか苦悩し続けてきた人たち。私の「子供にはこれを伝えるべきだ」という思いは、一瞬で伝わったのでした。

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また私のエゴから始まった「現実を伝える」という路線は、思わぬ方向でも役に立ちました。

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