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「今、ゲームメディアが死につつある」ゲームジャーナリズムの限界と提言について

今、世界的にゲームメディアが死につつある。

確かに、以前から衰退はしていた。特に、2023年にはFandom WikiによってGameSpotやGiant Bombといったサイトが買収された途端、40〜50人がレイオフならびに何らかの影響があったと報道されたVICE、Destructoid、The Escapist、Dot Esportsなどでもレイオフがあった。いずれも海外では大きな影響力を持つゲームメディアであるにもかかわらず、明白に経済状況は悪化していた。

そこに来て、とんでもないニュースが出てきた。そう、GameIndustrybiz、Eurogamer、Rock Paper Shotgun、VG247、Dicebreakerなどが連結したGamer Networkが、IGN Entertainment(Ziff Davis)によってまるっと買収され、しかも既にレイオフが進んでいるという報道だ。

Gamer Networkといえばヨーロッパの代表的なゲームメディアグループだ。一応まだPC GAMERなど独立したメディアは残っているものの、はっきり言って、今回の買収によってヨーロッパにおけるゲームメディアは「死んだ」と筆者は考えている。そしてヨーロッパにおけるゲームメディアの「死」は、日本のゲームメディアにとっても全く他人事ではない。むしろ彼ら以上の危機に晒されている。


では何故、ゲームメディアは今死につつあるのか。この背景について正しく日本で理解する人はあまり多くない。SNSではよく任天堂による「Nintendo Direct」のような企業の発信力や、あるいは純粋にゲームメディアそれ自体への不信などをゲームメディア衰退の原因と考える意見が散見されるが、それらは極めて表面的な問題で本質にはほど遠い。

そこで本稿ではファミ通、4Gamer、電ファミニコゲーマー、AUTOMATONと日本におけるゲームメディアと一通り仕事をし、自分でも有料独立ゲームメディア「ゲームゼミ」を運営する筆者なりに、今ゲームメディアが直面する問題とは何か。なぜ死につつあるのか、日本のゲームメディアはどうなるのかという問題を語りたい。


なお余談だが、率直に言って筆者は以前からゲームメディアにかんする記事を書くことに、意欲的ではなかった。当事者であるからこそ関係するメディアから疎まれるリスクはあるし、無駄な波風は立てたくない。

しかし今回の買収を受けて、いよいよ今発信しなければ「手遅れ」になると感じた。そこで、なるべく客観的かつ論理的にゲームメディアの問題を扱いながら、同時に当事者としての専門性を盛り込むことで、少しでもゲームメディアの実情について理解を深めてもらえればと思い、本稿を執筆することになった。最後まで読んでいただければ幸いだ。



IGNの買収が何故問題なのか

繰り返すように、ゲームメディアは急速に死につつある。建前上は合併だのシナジーだのと話すが、究極的にそれは人員削減、レイオフの建前にすぎない。これはつまり、ゲームメディアが自前で売上を立てることができなくなり、それ故に「身売り」同然で会社を手放している。実際、上述したように多くのゲームメディアでは既にレイオフの嵐が訪れている。

その中でもIGNによるGamer Networkの買収は衝撃的だった。何故なら、Gamer Network傘下のメディアは、特にPCゲーマーなら日本人も知っているほど有名かつ影響力のあるメディアであり、そのうえ、彼らは少なからず「クオリティペーパー」的な志向をしていたからだ。

例えばGamer Networkの顔ともいえるEurogamerはTwitterフォロワーが約40万、YouTube登録者が約73万と、名実ともにヨーロッパ最大のゲームメディアであり、一時期は欧州の6カ国以上に雑誌を展開していた。

そのほか、Rock Paper Shotgunは今やアメコミ作家として名高いキーロン・ギレンが「New Game Journalism」を唱えて大きな影響を及ぼしたし、VG247はブログ形式の素朴さを維持した点で日本にも数々のフォロワーとなるゲームメディアを生み出した。

Eurogamer公式Xアカウントより


いずれにせよ、ヨーロッパのゲームジャーナリズムのほとんどが彼らGamer Networkによって担われてきた。それに対し、彼らを買収しようとしたIGNは、アメリカにおける最大のゲームメディアであり、タブロイド的な方向性と併せ、Gamer Networkと大きく異なるメディアグループだ。

具体的には、不当にリークされた情報を報道したりConsole Warsを煽ったかと思えばゲーム発売の2日後にエンディングのネタバレ動画をあげたり、控えめに言って「PVさえ取れるなら何でもアリ」的な傾向……つまりタブロイド的な傾向にある。Gamer Networkに問題がないとは言わないが、彼らがIGN傘下に入ることの衝撃はかなり大きい。

この展開は、さながらエミー賞を連続で受賞した名作ドラマ「Succession」のようだ。本作ではアメリカ最大手の右派メディアにしてゴシップ色の強い「ウェイスター=ロイコ社」が、伝統的な左派クオリティ・ペーパーの「PGM」を買収しようと試みるエピソードがあったのだが、まさか現実の、それもゲームメディアで全く同じようなことが発生すると、誰が予期しただろうか。

『Succession』、名作なのでぜひ。U-NEXTで全編視聴可能。

誤解しないでほしいのだが、IGNの存在が不要だとか、IGNが消えればいいという話はしていない。タブロイドとクオリティ・ペーパーは方向性が違うからこそ、大衆的なゲーマーはIGNを読み、ゲーム開発者はRPSやDestructroidを読むというシナジーがある。言い方は悪いが、IGNは芸能雑誌のような「必要悪」的なメディアとも言える。

しかし、先日IGNによるGamer Networkの買収によりこのバランスは崩壊していくだろう。当人らがいくら「自由な報道を守る」といわれても、もはやクオリティ・ペーパー的な志向の報道も、ヨーロッパの政治や社会から生じる報道も難しくなる。今後ますます「アメリカ的、IGN的な」思想や政治の力学から逃れられず、ビデオゲームを語るうえで、ヨーロッパ的な哲学=アメリカから出てこない哲学が反映される機会は格段に減る。これはゲームジャーナリズムは無論のこと、ゲーム批評、ひいてはゲーム文化の影響も無視できない。

Eurogamerの伝説的な記事「The Boy Who Stole Half-Life 2」。著者のサイモン・パーキンのように、アメリカのゲームメディアにできない批評性を持っていた。


客観的にみて、クオリティ・ペーパーとタブロイド、ヨーロッパとアメリカ、この2軸がゲームジャーナリズムから失われたこと大きな痛手で、特にヨーロッパのゲームジャーナリズムは、今回の買収をもって「ほぼ死んだ」と言って過言ではないだろう

勘違いしないでほしいのは、筆者は何も買収したIGNを批判しているわけでないということ。繰り返すように、そもそもゲームメディアは明白に衰退の一途を辿っており、実際他社でも買収やレイオフは進んでいた。今回の買収にしてもGamer Network側の経済状況が発端であることは明白で、そもそもゲームメディア全体が現状維持も困難なほど苦しんでいることが、そもそもの問題である。

だからこそ我々は、一体なぜゲームメディアは死につつあるのか。彼らが貧窮する理由とは何なのかを、改めて知る必要がある。


ゲームメディアが死につつある理由

筆者は少なからずゲームメディアの運営・編集にかかわり、またゲームメディアの編集者にも何人も知人がいる。

そのうえで筆者が考える「ゲームメディアが死んだ理由」は主に2つある。1つはゲームメディア固有の事情だが、もう1つ、実のところウェブメディア、インターネットそのものの構造の衰退が、ゲームメディアの「死」に直結していることを、業界外の人はほとんど知らない。

ではウェブメディア、インターネットの死とは何なのか。これを理解するうえでは、世間的には意外に知られていない「ゲームメディアが一体どうやって儲けていたのか?」というビジネスモデルについて知り、そのうえで、このビジネスモデルが晒されている危機について知ることによって、論理的にゲームメディアが死につつあることを理解できるはずだ。

まず、ゲームメディアはどのように儲けているのか?ここから簡単に説明しよう。


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以下、有料部分では

・ゲームメディアのビジネスモデルはどう成立していたのか
・昨今のインターネットにおける危機と、ゲームメディアの死との関係
・日本のゲームメディア特有の問題は何か。これをどう解決できるのか

と、ゲームメディアの構造と役割を整理しながら、今直面している問題について、「当事者としての専門性」と「非当事者的な客観性」の二面を織り交ぜて論じています。
どのトピックも現状、ゲームメディア側からほとんど語られていない論点ばかりであり、ゲームファンは無論のこと、特にゲーム関係者の方にこそ読んでほしい内容となっています。よろしければぜひ購読してください。
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