本気で3か月取材して、全世界に読まれるゲーム記事を翻訳して同時掲載します

(全文無料です)

このたび、WSS playgroundの斉藤大地さんが2000万円を自社の利益から拠出し、それによって全世界で読まれるゲーム記事を書いて、翻訳までもっていくゲームメディアをやる企画「Indie Intelligence Network」の副編集長に選んでいただきました。Jiniです。

実際、この企画を聞いた人は意味不明だと思います。私もこの話を聞かされた時は意味不明でした。当然ですが、日本のゲームメディアでもこんな試みは多分ありません。

なので、この企画は既にIndie Live Expoと電ファミニコゲーマーにて発表されたものの、「結局、どういうこと?」という疑問を持たれた方もいるかもわかりません。なので、今回あくまで「Jini個人の視点で(斉藤さんや電ファミとは一切無関係の立場で)」これがどういう企画なのかという点を説明したいと思います。



①:結局、何をやるの?

発表された通りです。つまり

①:WSS playground(最近では『NEEDY GIRL OVERDOSE』などがヒットしたインディーゲームのパブリッシャー)が2000万円を出します
②:その予算でJini以下、特務編集部が取材します
③:取材した記事は全て電ファミニコゲーマーで公開され、各国に向けて翻訳されます

以上。

いや本当に。なんか裏があるんじゃないか、と思われるかもしれませんが、(多分)ないです。本当に人からお金をもらって取材して、それを読者の方に無償でお届けするだけです。海外渡航がんばるぞー。


②:なんでやるの?

IINの決定的な「おかしいところ」は、少なくともこの企画によって直接、何かしらの利益を期待していないことです。つまり2000万円を使って記事を作ったとして、それによって2000万円以上の利益を得られることはまずないでしょう。短期的には2000万円のマイナスで終わりです。

当たり前ですが、ゲームメディアはメディアビジネスの一環です。そしてメディアビジネスは基本的に、記事ごとのアドセンス(=PV)から発生する利益と、スポンサーから直接請け負う広告コンテンツ(=PR記事)の2つから利益を得ます。そしてIINでは、これらの収益はほぼ見込めないと思われます(厳密にはWSS作品のPRが含まれることもあるが、それにしてもコストには全く見合わない規模)。

その代わり、IINは3か月しかやりません。記事数もせいぜい10本が限度でしょう。つまり、持続可能性を一切考慮せず、利益を度外視して、ハイカロリーなコンテンツをやろうというコンテンツです。この点では、IINは「財団」に近い印象だと思います。この「財団的なゲームメディア」という試みは、恐らく日本初です。

ではなぜ、「財団」を立ち上げるのか?それは斉藤さんも話していた通り、今のゲーム業界は「情報戦」が支配しているからです。奇しくも、私は先日テンセントに取材した記事を電ファミで公開しました。ここで書かれている内容は、非常に面白く、そして何より、非常に絶望的な内容ですので、一度ご覧ください。

要約すると、テンセントを筆頭に中国テック企業には「ミドルオフィス(数据中台)」という概念があります。「ミドルオフィス」とは要するに、情報収集・分析に特化した部署です。テンセントはゲーム企業である前に、6億人が使う「QQ」というSNS的なアプリを持っていて、こうしたアプリから常にビッグデータを蒐集します。そのデータからわかったユーザーの行動や好悪を分析し、それをコンテンツ開発に流用しているのです。

そしてテンセントは10万の社員を抱え、世界中に拠点を持っているのですが、実はこの拠点それぞれで同じくデータを蒐集し、その上、その地域ごとに最適化したコンテンツを開発、運用しています。具体的には、テンセントは『勝利の女神:NIKKE』という日本のソーシャルゲームを模倣したゲームをパブリッシュしましたが、実はこれ、当初は中国で運営される予定にありませんでした。つまりテンセント日本市場を徹底分析し、日本人のためだけに作ったゲームです。テンセントはこのように、「ある国の市場に最適化したある国専用のゲーム」を売り続けます。

こう聞くと、中国陰謀論みたいな話に思われますが、残念ながらアメリカのテックジャイアントたちも、ほぼ例外なくビッグデータを一方的に搾取し、自社の利益に還元します。もちろん、世界的なゲーム企業には必ずマーケティングの部署があり、さすがに「ミドルオフィス」ほどでないにしろ、世界中から集めた様々な情報を活かしてコンテンツ開発に役立てています。

つまり、これまで大企業のゲームは「お金や人間をたくさん使うから、その分リッチにすごいゲームが作れる」という認識だったのに対し、今後(あるいは既に)はそこに「お金も人もデータも全部使ってゲーム作るよ!」という圧倒的なアドバンテージを握る(握っている)ことになる。逆に、大企業に対してインディーを含む中小はますます格差を開けられてしまうだろう、という話です。

理想論で言えば、そんな物量に対して「美しさ」や「面白さ」で抗えるのが、ビデオゲームの魅力でもあります。しかしそれはそれで、才能や技術という別ベクトルでの(もっと絶望的な)リソースが必要。なんにしろ、情報戦で負けていることがゲーム開発における大きなハンディになることは、想像に難くありません。

斉藤さんが「我々インディーは情弱なのです」と言ってるのは、まさにこういうことです。情報を持たない人間は本当に弱者になってしまう世界なのです。


③:ネットワークって何?

で、ここでようやく「Indie Intelligence Network」の「ネットワーク」ってなんぞや?という話になります。

結論から言ってしまうと、いくら2000万円あったとしてテンセントのような大企業との「情報戦」に勝つことは、無理です。というか、2000万円なんて彼らにとっては1か月の費用にも満たないでしょう。

なので、仮にWSS playgroundが2000万円を払って研究・調査をしたとしても、それは付け焼刃にしかならない。ではどうするか。

ここで得た情報を公開してしまえばいいのです。

主従が逆になりましたが、そもそも2000万円の取材費を使って、それを電ファミニコゲーマーで無償で全て公開するというのは、一見すると狂気的なボランティアです。全く割りに合いません。本来ならWSS社だけで独占するか、せめて「ファミ通ゲーム白書」(実はJiniも2023年版で手伝ってます)や、うちの「ゲームゼミ」のように販売して取材費を回収するのが筋です。

では、情報を無償で公開した場合はどうなるか。確実にWSSは2000万円の赤字になります。しかし、公開された情報は業界人どころか一般のゲームユーザーの方にも広がります。すると、情報の価値が落ちます。無論、「IIN」で出せる情報は、ビッグデータなど大企業が握る情報の1%未満、ほんとうに議論の「土台」にできればラッキー程度の、非常に微力なものでしょう。ただ、時代/地域/カテゴリごとの情報や知識は、以前よりも格段に価値が落ちることで、情報のデフレが起きます。

そしてここからは予想、というか「展望」ですが、その情報を当たり前のものとして、次の研究、取材、調査、批評といった知的生産も可能になります。これまで大企業や一部業界人が可能だったそうした知的生産を、個人でゲーム開発をしているインディーゲーム開発者や、個人でゲーム実況、配信を行うインフルエンサー・批評家もより高い効率で可能になるし、ゲームユーザーの価値観に多少なり変化が起きるかもわかりません。

すなわち「独立型の、ゲームのインテリジェンスを追求する、ネットワーク」です。仮にこれが形成されると、インディーゲームは大企業に対して「勝つ」とまでいかずとも「あと数年はまだ食い下がれる」レベルになると思います。もちろんゲームメディアやゲーム実況という二次的なコンテンツを介して、これまで以上にマーケットに限らない多様な価値観が増えることにも、多少なり寄与できるでしょう。

しかも、この記事は現状、英・中にて翻訳する予定でいます。つまり、こういう「独立型の、ゲームのインテリジェンスを追求する、ネットワーク」を海外にまで広めていきたい。世界中のインディーの情熱とゲームユーザーの情熱が合わさると、いい勝負ができそうな気がします。まぁ理想論ですが。

もちろん、「IIN」以外のメディアで既に同じような試みはなされてますし、別に「IIN」だけがゲームチェンジャーたりえるなんて思ってもいません。ただ少なくとも、同じような「情報戦」の懸念は恐らくインディーゲーム、いやゲーム業界全体でうっすらと共有されていて、そこにあらがう嚆矢の一つになるのではなかろうか、ぐらいの希望ではあります。


④:なんでお前がやるの?

ここまで書いててなんですが、やっぱりこの企画はおかしいと思ってます。率直に言って狂ってる。私が2000万円を持っていたら、ふつうにS&P500の株でも買って将来の足しにすると思います。少なくとも純粋な金銭効率で言えば、メディアを短期間やるなんて発想にはならないでしょう。

ただただ、斎藤さんの善意がすげーなという話でしかありません。身内が身内をほめると胡散臭いのはわかりますが、ぶっちゃけ私も未だによく理解できないので、そんなもんです。

そもそも何でお前(Jini)なの?は当然の疑問だと思います。正直に言いますが、私は斉藤さんと特に関係はありません。もともと斉藤さんは電ファミの副編集長で、私は何度か電ファミに寄稿した経験はありますが、私が寄稿しているタイミングでは既に彼は辞めてインディーゲームのプロデューサーになっていたので、仕事でも趣味でもほとんど関係はなかった。

ところが唐突に「お前、2000万使っていいから3か月メディアやんね?」とTwitter越しに誘ってもらえた。当然、半信半疑でした。一体どんな裏があるんだろうかと。しかし、具体的に記事の企画について検討していくと、何故こんな話になったかよくわかった。

この方、とにかく作家と批評が好きなんです。要するに自分が読みたいんですね。もちろんプロデューサーとして「情報戦を制するための企画」は大前提にあります。しかし出してもらう企画が私や多くのゲーマーが「あぁ確かに、こういう記事読みたいよね」と思えるようなものばかり。で、そういう記事が近ごろないから、自分でお金出して書かせようと。完全に財団ですな。

そういうことなら「インテリジェンスだけを追求したい、だからPVや広告は考えたくない」と言って、日本で初めて独立型の有料ゲームメディア「ゲームゼミ」を作った私に声をかけてもらったのは、納得だと思います。PVやPRで収益化するより、インテリジェンスという共通の目的で自分の収益化できたので、確かに自信はありますとも。

あと自分は比較的、国内外/現近代を縦横できる汎用性という点では強みかなと思います。特定分野・ジャンルにおいて自分より詳しい人は多数いますが、特に日本と海外のゲームを見て、両方を、実際に文章として批評している人はあまりいないんじゃないかと。本企画は翻訳を前提にしているので、当然海外取材も範疇にありますからね。

あと身も蓋もないこというと、うち安いんですよ。仮にメディアの編集部を丸ごと借りるとなったら人件費だけで2000万円とかすぐいっちゃうので。あるいは、私以外に優秀な編集者を連れてくるとかでもいいけど、もともと社員をやっている人なら辞めてもらう必要があり、期間限定のこの企画とはすごく相性が悪い。その点、独立してメディアをやっている自分には、ちょうどいいスケール感なんじゃないかと。

ちなみに、もちろんライターさんのお力もバリバリお借りしたいと思っています。自分は編集であり、取材や執筆は極力ライターさんにお任せしていきたい。我こそは、という方はぜひ、お声がけいただけると幸いです。(フォームはこちら)


⑤:ゲームゼミはどうなるの?

もちろん続きます!質量ともに落としたくはない、です(本当に忙しい時はちょっと落ちるかも。すいません!)。

個人的に、「IIN」と「ゲームゼミ」は「インテリジェンス」という共通の理念こそあれど、別の試みだと思っています。「IIN」はあくまで財団であり、持続可能性を一切考慮せず、ネットワークの下地にする試みです。「ゲームゼミ」はそれ自体、ネットワークとしてインテリジェンスを提供し続ける機能が求められ、当然それは持続可能性を考慮しなければいけない。

だから私は有料で記事を配信「するべき」だと思うし、知性や文章をダンピングした現代社会で「記事にお金を払う」という文化を取り戻す「証明」としてゲームゼミをやっています。言い換えれば、ほんとうによい記事なのであれば、「無償で記事を配信するべきではない」と思っています。

また、私と斉藤さんの哲学は共通するところもあれば、相反するものもあります。私はあくまでメディアの人間であり、在野の人々に対して訴えたい。ゲハネタとか、ゲームを真面目に議論できなくなった言論に対して、真面目に抗うのではなく、それに対抗できる「聡い読者、聡いゲーマー」を集めて抗いたい。一方、パブリッシャーの斉藤さんの目的はあくまでインディーゲームという産業にあり、組む相手も主にクリエイターやインフルエンサーを想定している。もちろん双方、メディアもクリエイターも尊重していますが、最終的な目的は異なるでしょう(だからこそ組む意義がある)。

ただ、まだ具体的に明かせませんが、「ゲームゼミ」と「IIN」は今後様々な形で協調・協業することになると思います。そもそも、私自身「IIN」の予算を使って知識を得て、それをゲームゼミに還元するつもりです(無論、社外秘には触れないとして)。その分、「IIN」は編プロに頼むよりはるかに安く、高度にJiniを使えるという取引です。逆に私に「ゲームゼミ」がなければ、このトレードオフは成立せず、それは「何故Jiniなの?=他のライターじゃダメなの?」にも繋がります。

何にせよ、「ゲームゼミ」は「IIN」を通じて確実に拡大化するでしょうし、私自身、大きな成長の機会だととらえています。それはただ知識や経験のみならず、実質的な編集長として記事のすべてを見て、コンテンツとして仕上げていく具体的な技術にも繋がるでしょう。今後とも、「ゲームゼミ」もよろしくお願いします!

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