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詩の部屋

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「詩の部屋」をテーマにした7行詩の連作です。
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2022年12月の記事一覧

詩の部屋 15 (2022年12月31日投稿)

  ○ 43 猫は椅子の上に座って顔を洗って 髭を整えてから手を舐めている 机の上にあるカップには 紅茶が半分以上残っていて コーラの方が良かったのだろうかと反省する 猫もコーラを飲んだらげっぷをするのだろうか 最後にげっぷをしながら歩いた夜のことを思い出してみる   ○ 44 詩の部屋のソファに横になって目をつぶる 浮かんでくるのは色々な文字が 様々な服装をして歩き回っている様子 互いに顔を合わせると 聞いたことのない言葉を交わしている たぶんそれは私の知らない挨拶な

詩の部屋 14 (2022年12月30日投稿)

  ○ 40 詩の部屋にやって来て初めての夜 町は遠いのか車の音は全くしない 外から聞こえてくるのは虫の音と 詩がお互いにその名を呼び合う声 あるものは優しく、あるものはか細く ロマンティックではなく完全にリアルで 誰かはずっと誰かの名を呼び続けていて   ○ 41 猫はすっかりトランプに飽きたのか 部屋の中をグルグルと歩き回っている 私は起き上がってキッチンへ行き 紅茶を二人分入れる 猫はありがとうも言わずに 窓の向こうを見ながら飲んでいる お互いに黙っていると鳩時計

詩の部屋 13 (2022年12月29日投稿)

  ○ 37 炊き立てのご飯をよそいながら ここに住んでいたのはどんな人なのか などと考えてみる 焼いたばかりの肉を一口 頭に浮かんでくる川にはかつて行った気がする みそ汁を一口すするときには どうしてここにいるのかは忘れている   ○ 38 食事を終えるともうすっかり陽は暮れていて 私は詩の部屋のもう一つのドアを開ける その部屋には何枚かの毛布が積まれていて かつて言葉だったものがたくさんくっついている 私はそれらが落ちないようにそっと 二枚の毛布を詩の部屋へと運んで

詩の部屋 12 (2022年12月28日投稿)

  ○ 34 最後に残ったレタスがうっとりとした目で 私の顔をずっと見ている 恥ずかしくなって器に残ったドレッシングを その顔へとかけるともっと美しくなって 更になまめかしく私を見る ここにいるものは皆、自己主張が強い そう思いながら急いでレタスを口に運ぶ   ○ 35 詩の部屋にあるソファに座ると 言葉が何も浮かんでこない 陽が傾いてきてカラスが何羽も 鳴きながら家の上を飛んでいく 古い場面やもう会えない人の顔が見えても それを語るにはあまりにぼやけていて 私は足元に

詩の部屋 11 (2022年12月27日投稿)

  ○ 31 切子のコップからもう一口水を飲む 水といっしょに喉の奥を 聞いたこともない音が過ぎていく 軽い金属を叩いたような それをずっとループさせたような 身体に悪かったらどうしよう 一瞬心配するがもう血液に溶けて地下へと流れていって   ○ 32 レタスとキュウリが私の寵愛を争って 器の中で言い争いをしている 仕方なくたっぷりとドレッシングがかかった トマトから口に運ぶ か細いブーイングが聞こえて私が器を見ると レタスもキュウリも目を合わせてこない どちらを先に食

詩の部屋 10 (2022年12月25日投稿)

  ○ 28 ドレッシングがないので 普段家で作っているのをここでも作る 上等そうなオリーブオイル 見たこともない文字が書かれていて どこ産かわからない レシピは途中までしか窓に浮かび上がらない 後は思い出しながら味を調える   ○ 29 キッチンにあるフォークでサラダを食べる フォークのしっかりとした重みと光沢 私には分からないが銀器かもしれない 外では鳥の大きな鳴き声 さっきまでやって来ていた鳥だろうか ドレッシングのかかったレタスをしゃくしゃく食べながら 鳥の鳴き

詩の部屋 9 (2022年12月23日投稿)

  ○ 25 詩の部屋の床を撫ぜてみる 古い床板の木目から 何か細かいものが湧き上がってくる それは小さな文字のような声のような 弱々しいような力強いような 詩の部屋の愚痴なのかもっと深遠なものなのか 何もわからないままもう一度床を撫ぜる   ○ 26 詩の部屋の隣にあるキッチンには 見たこともない道具が並んでいる 何かを切るためなのか混ぜるためなのか みじん切りにするためなのか多面体にするためなのか 金属やガラスでできた道具の表面は美しく磨かれ それぞれ思い思いに光を

詩の部屋 8 (2022年12月22日投稿)

  ○ 22 猫をこっちへ呼ぶが 彼はタロットカードを並べて 誰かの運命を占っている 私のことではないと思うが 逆さまの「吊るされた男」のカードが見える 猫と目を合わさないよう庭を向くと 名前の知らない花が咲いている   ○ 23 詩の部屋の隣にあるキッチンに アンティークに見える食器が入った棚がある 食器に小さく彫られているのは見たこともない文字 いや、ただの装飾なのかもしれない 小奇麗な切子(きりこ)のコップに水を入れる 陽の光が小さく反射して コップに詩がいくつか

詩の部屋 7 (2022年12月21日投稿)

  ○ 19 詩の部屋から庭を見る そこにはたぶん籐の椅子があって その上には藤棚から垂れ下がった たくさんの花が咲いているはず でも聞こえてくるのはどうにも不似合いな コンパイ・セグンドの歌声 猫はどうでもよさそうにあくびをする   ○ 20 ぼんやりとソファに座っていると 思い出すのは校庭にあった 大きなすずかけの木 いや本当はそれほど大きくはなく 私が小さいだけだった ふと机の上を見るとすずかけの実が二つ あの日あの子に言えなかった言葉は何だったんだろう   ○

詩の部屋 6 (2022年12月20日投稿)

  ○ 16 詩の部屋に入って ずっと手を洗っている BGMはノクターン 特に興味はないが どこからか現れた猫が それに合わせて鼻歌を歌ってる まだもう少し手をきれいにしてから   ○ 17 詩の部屋にあるレコードを調べる 古いバイオリンの絵が 書いてあるジャケットには 知らない文字が書かれている そのレコードをプレーヤーにかける勇気がない 私は苦笑いをして振り返って 猫と視線を合わせてからソファに座る   ○ 18 窓の外に茂っている木々の 名前は分からない この

詩の部屋 5 (2022年12月19日投稿)

  ○ 13 台風のときに横倒しにしたままの脚立 少しずつ伸びてきた蔓草が しっかりと巻き付いて抱きしめている かつて私にずっと質問をしてきた少女がいて その質問よりもずっと大切なことに気づいたのは それが通り過ぎた後だった 台風一過に産まれたばかりの空っぽだけが残って   ○ 14 詩の部屋のソファに座って 何も考えることがないことを 嚙みしめる 心臓の向こう側で コトコトと鳴っているものは 何なんだろう 許可が無いので窓は開けられない   ○ 15 静寂と一緒に

詩の部屋 4 (2022年12月17日投稿)

  ○ 10 詩の部屋にあるソファに座ると 急に雨が上がって陽が射してくる 郵便局にはポプラの木が生えていて 道を忘れないように目印にしていた ここから何光年も離れた昔 私がまだ未来に顔を向けていた そんな日   ○ 11 庭には古い椅子だけがあって誰もおらず 名前も知らない鳥たちが何度も鳴いて 小さな羽根がいくつも落ちている 雨の日にPCに向かってこんなふうに書いて その情景の先を想像する 子供の頃作った小さな椅子が横倒しになって埃を被っていて 自分のことも書くように

詩の部屋 3 (2022年12月17日投稿)

  ○ 7 詩の部屋で私が落とした言葉から いつの間にか小さな芽が出ていた 花になりたいのかそれとも 大木を目指しているのか 部屋に差し込むのは薄っすらとした陽光 例え埋もれてしまうのだとしても 今ここにいることは変わらない   ○ 8 窓を開けると 入ってくる風はまだ冷たい それだけで詩の部屋の 何かが変わるわけではない それでも耳を澄ましてみる 床下で壁の中で天井裏で 微かに蠢く歴史というものたちの気配   ○ 9 詩の部屋の中でぼんやりと 自分の心臓のことを考

詩の部屋 2 (2022年12月16日投稿)

  ○ 4 詩の部屋の壁を覆っているのは たくさんのスープ皿 底に描かれたいくつもの絵を見ながら この皿にはどんなスープを入れようかと想像する 机の上に書かれた落書きは 昔、小学校の机に書かれていたもの あの時落としたクレヨンもいっしょに置かれて   ○ 5 詩の部屋にあるはずの 詩を探して回る 机の裏を見てみて ソファのすき間をさぐる 壁を飾るスープ皿はどれも絵と柄だけ 言葉と言えるものは何もなく 疲れて一言も浮かんでこない   ○ 6 詩の部屋にある ノートを開