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『メディック!』【第3章】 俺×同期 はじまりの予感

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第3章 俺×同期 はじまりの予感

 年を越した2月初旬。

 勇登は愛知県小牧基地救難教育隊への転属が命じられた。今回の試験に合格した全員が同じ命を受け、救難教育隊に同期が揃う。
 今後は、はじめの数週間小牧で導入教育を受けた後、岐阜の救難員(衛生)課程、一度小牧に戻り教育を受け、陸上自衛隊第1空挺団基本降下課程を無事に終えた後、再び小牧に戻ってはじめて救難員課程が開始される。

 新しい環境への期待と、厳しい訓練への不安が入り混じる複雑な心境で、勇登は小牧基地に入った。長い道のりを共にする同期も気になるところだった。巨大なOD色のバッグを抱えた勇登は、内務班の玄関先で宗次と再会した。お互い丸刈りの頭を冷やかしながら、居室に向かった。

 部屋に入ると南側の窓から穏やかな日差しが差し込んでいた。向かって右側にベッドが二台と同じ数のロッカー、左側にベッドが三台とこれまた同じ数のロッカーがあった。これから一年、この部屋が拠点となる。
 既に二人が部屋にいて、右奥の窓際のベッドの上であぐらをかいていた男が立ち上がった。180センチはあろうかという長身で、顎のラインがしっかりとした精悍な顔つきが、頼りになりそうな印象だ。

「おつかれさん。俺は斧剣山(おのけんざん)。一応今期の学生長だ。29歳でギリギリ入校できたおじさんだけど、よろしくな」
 勇登より六つ年上なだけでなく、名前も強そうだ。勇登は丁重に挨拶をすませると、今度は左奥のベッドで寝転がる人物に向き直った。
 そして、そいつの背中を全力で叩いた。

「いってぇ!」
 そう叫んで飛び起きたのは、ジョンだった。

「よお、久しぶりだな、ジョン。お前なに窓際のベッド、キープしてんだよ」
「はあ?別にいいだろ。早い者勝ちだ」
「俺とお前だけならそれでいいさ、でも、吉田3曹がいるんだから、ちょっとは考えろよ」

 二人がいまにも殴り合いを始めそうな雰囲気を察知して、宗次がいった。
「……あの、僕はどこでもいいから。それに同い年なんだし、そんなに気、つかわなくていいよ」

 ジョンが勝ち誇ったように笑った。
「ほうら、そういってんじゃん」
「お前はぁ!」
 勇登がジョンの胸ぐらをつかもうとすると、ひょいと間に割って入った人物がいた。

「まあ、まあ、まあ。落ち着いて下さい」
 細身の彼は勇登の腕を掴むと、いとも簡単にジョンから離した。
 勇登は彼の腕力に驚いた。

「つーか、お前誰?」
 ジョンが真っ黒に日焼けした彼の手を押しのけるといった。

「あ、一応同期の青戸吉海(あおとよしうみ)です。もっというと、志島士長と沢井士長とは入隊同期なんすけど、年齢は一つ下なんで、よっしーって呼んで下さい。この基地で人事やってました。あ、この辺ちょっとは詳しいんで、わからないことあったらいつでもどうぞ。血液型はB型。好きな食べ物は肉類全般。趣味は水泳とダイビングとかかな。あ、実家会社経営してて子どもの頃からよく連れてってもらったんすよ、ダイビング。この間の正月も、南の島に行って、冬なのに真っ黒になっちゃって、あは。それから、自衛隊に入ったのは、親にいわれて渋々だったんすけど、今じゃなんか体質に合ったみたいで、はまっちゃって……」
 その場にいた全員が、いつ終わるとも知れない吉海の自己紹介を、呆然ときいてしまっていた。

「あの、青戸士長……」
 宗次が申し訳なさそうな顔をすると、吉海がハッとしていった。

「あ、そうだ、教官が全員揃ったらすぐに作業服に着替えて、教官室に顔出せっていってました」

「それを、先にいえ!」
 勇登とジョンのハモった声を皮切りに、全員バタバタと着替えをはじめた。

 勇登たちは、基幹隊員への挨拶回りを終えると、救難教育隊の格納庫に集合した。

 全員整列休めの姿勢でいると、試験のときにいた強面の曹長が現れた。張りと艶のある顔つきだけでなく、飛行服越しにでもわかる完成された体つきは、年齢を感じさせなかった。

「今日は移動、おつかれさん」
 曹長がそういうと、全員ざっと音を立てて一斉に気をつけの姿勢になった。

「おつかれさまでした!」
 五人の声が、格納庫内に響き渡った。

「きこえんな」
 彼の言葉で、更に大きな挨拶が格納庫内にこだました。

「はじめから、全力出せよ」
 その短い一言だけで、彼は場の空気を支配した。
 誰一人として微動だにしない。
 しかし、彼は張り詰めた空気を自ら壊した。

「……休め」
 全員、一気に休めの姿勢をとると、一斉に頭を五郎のほうに向けた。

「俺は今期の主任教官、熊野五郎(くまのごろう)だ」
 五郎はそういって全員を見渡すと、更に言葉を続けた。
「とりあえず種まきは終わった」

 勇登の頭に?が浮かんだ。表情の変化を察知したのか、五郎はすぐに勇登の前にきた。一瞬で気をつけの姿勢になった勇登の坊主頭を、力強くぐりぐりとなでながら五郎はいった。

「問題は、これから一年全力で踏みつけて、何人発芽するか――」
 五郎は不敵な笑みを浮かべながら「――だな」いうと、勇登の瞳を覗き込んだ。

 ――!

 五郎と目が合った瞬間、勇登は真っ黒な瞳に、どこか懐かしさを覚えた。そして、その奥に漆黒と眩しい光を同時に見た気がした。


 格納庫には濃紺のUH-60Jやきれいな水色をしたU-125などが整然と並んでいる。まずは、そちらを優雅に見学ということを皆期待していたが、そのようなことは一切なく、格納庫脇で激しい体力向上運動が始まった。

 汗だくになりながら訓練をしていた勇登は、整備中のヘリから誰か下りてくるのに気づいた。
 勇登はすぐに、救難員志望のWAF、亜希央だとわかった。

 ――へえ、ここのヘリの整備士たっだんだ。

 相変わらずのベリーショートで、テキパキと動いている。勇登が亜希央のほうをちらちら見ていると、彼女と目が合った。亜希央は、焦ったようにそっぽを向くと、再び機内に入ってしまった。
 勇登が視線を前に戻すと、目の前20センチのところに五郎の目があった。
 飛びのきそうになるのを、必死で堪えた。

「お前、今よそ見してだだろ」
「いいえ、してません!」
 勇登は汗が口に入るのも気にせず、大声で否定した。

「嘘はよくないな。お前のミスは同期全員のミスだ。全員、腕立て用意!」

 その後勇登たちは、汗で体内の水分が出尽くすほどの腕立て伏せを命じられた。


 夕方フラフラになりながらも、勇登たちは何とか食事を終えた。
 本当は全然食べる気がしなかったが、食べなければやっていけない。無理にでも口に詰め込んだ。それから、走って内務班に戻った。移動は基本かけ足なのだ。
 すると、玄関先には仁王立ちの亜希央がいた。勇登が中に入ろうとすると、亜希央が叫んだ。

「志島勇登、ちょっと待てぃ」
 勇登には、お前は武士か!、などと反応する気力さえ残っていなかった。

「受かってよかったな」
「ああ、そっちは……残念だったな」
「今日、ずっと見てたけど、全然体力ないな」
「……」
「ここ数年で見ても、断トツないな」
 勇登はムッとした。

 亜希央と話しているとWAFじゃなくて、同期の男と話しているような気になった。思ったことをストレートにぶつけてくる。胸の膨らみと小柄なこと以外は、完全に男のようだった。

「わかってるよ!」
 勇登が大きな声をだすと、一瞬、亜希央の大きな瞳が潤んだ。
 勇登は大きく息をつくといった。
「ごめん、今日はちょっと疲れてるから、またな」

 今日の訓練で、同期の中で最も体力がないのは自分であると痛感していた。

 ――初日から余裕がないとか、マジかっこわり。

 不甲斐ない自分に少し腹を立てながら、勇登は隊舎の階段を這うようにのぼった。

* 

 ――数日後。

 就寝30分前。勇登はベッドに張り付いていた。
 身体中の筋肉がパンパンで、ちょっとの時間も休ませたかった。

 結局ベッドの位置は、右奥から剣山、宗次、左奥からジョン、吉海、勇登になった。
 ジョンと勇登が並ぶとケンカになるという理由で、剣山が決めた。彼は四大卒で入隊し、何度も試験を受けていたがなかなか合格できず、今回年齢制限ギリギリで合格していた。唯一の妻帯者で、新隊員教育の班長も経験していて、親分肌だった。

「写真を撮りましょう!」
 勇登の横で寝転がっていた吉海が、起き上がると突然いった。

「めんどくさ」
 ベッドに突っ伏していたジョンがすぐに答えた。
 
 吉海は負けじと、その素晴らしさについて語り出した。
 吉海曰く、これから毎回同じスタイルで写真を撮って肉体の成長を見たら面白い、というのである。確かに、1年でどれだけ成長するのかは気になるところだ。

 吉海はしゃべりすぎて時々うざいが、ムードメーカーで人の懐に入り込むのがうまかった。疲れていた皆をちょっとやってみたいという気にさせたが、誰も動こうとはしなかった。最終的に、学生長剣山の「やろう」の一声で皆が重い腰を上げた。

 しかし、やるとなったらみんな乗り気で、まずは撮影場所でもめた。ただ、今問題を起こすとまずい、という宗次の意見が採用され、1枚目の写真は居室内となった。

 場所が決まった途端、発案者の吉海が全裸になった。それを見て勇登、宗次、剣山も脱ぎはじめた。しかし、ジョンは全裸は嫌だといって洒落た迷彩柄のハーフパンツを取り出した。

「おい、ジョン。なんでお前だけはいてんだよ!」
 すかさず、勇登がいった。

「だって、そこはもう成長しないだろ」
 ジョンはしれっというと、ハーフパンツに着替えはじめた。
 その言葉に皆沈黙し、宗次が申し訳なさそうにトランクスをはきはじめると勇登、剣山も続いた。

「お前はいいのか?」
 動こうとしない吉海に剣山がいった。

「あ、俺はケツ筋が自慢なんで、バックショットで決めます」
 簡単に自分を曲げた三人は、宗次は訓練用の海パン、剣山はその時偶然はいていた黒のジャージ、勇登は作業服のズボンになった。狭い居室内で、それぞれが思い思いの格好、ポーズでカメラを見た。

 1枚目の写真は、はっきりって皆ばらばらでまとまりがなかった。だけど、それが逆に何かのはじまりっぽくて、皆ちょっと笑顔になった。

第4章へつづく

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※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。

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