#51 小説『メディック!』【第11章】11-1 俺×雪山 願い
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第11章 俺×雪山 願い
季節はめぐり年が明けたが、勇登の悩みは尽きなかった。
去年の2月に救難教育隊に着隊して、7月から本格的に救難員課程の訓練がはじまった。もうすぐ、ここに配属となってから丸1年となる。
残すところは、目前に迫った冬季山岳実習となる。この実習は最後の総合実習を兼ねているから、ここをクリアできれば、無事卒業となる。
冬季山岳実習ではスキーを使った訓練もある。勇登は母親と全国各地を転々としてきたが、スキーをする機会にほとんど恵まれなかった。それ故、他のスポーツには自信があったが、スキーだけはいまいちであった。
ジョンは青森出身な上、ここにくる前は三沢基地にいたので雪には慣れていた。小学校の頃から授業でスキーをしていたから、板が体の一部だと自慢していた。
勇登は実家のソファーでごろごろしながら、雑誌を読んでいる由良にきいた。
「なあ、目の前にでっかい壁があったら、どう乗り越える?」
「乗り越える?そんなの効率悪いわ。バズーカでぶち破って、気合で前進あるのみ!」
――聞く人間を間違えた。
彼女は日に日に野生化している。自分の名前を考えたのが父親で本当に良かった、と勇登は思った。
勇登は天井を見ながら「雪山に連れて行って欲しかった」と文句をいった。当然「勝手なこといってんじゃない」と首を絞められると思っていたが、彼女は違う反応をした。
「あたしは雪が嫌いなの」
由良はいつになく寂しそうな表情をした。
勇登はしまったと思い、ソファーから起き上がった。父は雪山で殉職したのだ。悪天候での救助活動後、雪崩に巻き込まれたと勇登はきいていた。忘れていたわけではなかったが、うっかりしていた。父のことを思い出させてしまった。
勇登が焦って謝ると、由良が無表情でいった。
「背中だしな」
「は?なんで?」
「いいから、だしな」
由良は急に背中を出せと強要した。罪悪感から勇登はシャツをめくった。
――パアーン!
「いっってーっ!」
由良が思い切り勇登の背中を叩いた。
「カメラ」
「は?」
「早くカメラ」
痛がる暇も与えず由良はそういった。
彼女は勇登の携帯で背中についた赤い手形を撮影した。
「辛くなったらこれを見て、あたしを思い出しな」
「なんで母親なんかを……」
嫌そうな顔をする勇登を、由良は簡単に締め上げると「雪山でくじけたらこうだよ!」といった。
志島家は、どんなに鍛えても母には勝てない、完全なる恐怖政治体制だ。それでも、勇登が嫌な気分になることはなかった。父も「女性が笑顔でいる家庭っていうのは、幸せな家庭なんだよ」といって母とのやり取りを楽しんでいた。
――だから、勇登も母さんを泣かすなよ。
勇登は手形の写真を見て、そういった父を思い出していた。
つづく――――――――――――――――――――――――――――――――――
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。
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