#37 小説『メディック!』【第8章】8-1 (俺×オレ)+(ジョン×五郎) 限界の先にいた仲間
前回のお話を読む(#36 第7章 7-3へ)
はじめから読む(プロローグへ)
目次(マガジンへ)
第8章をまとめて読む
――――――――――――――――――――――――――――――――――
第8章 (俺×オレ)+(ジョン×五郎) 限界の先にいた仲間
――走っているときは、素の自分でいられる。
誘導路を滑走するKC-767が、外周道路を走る亜希央を追いこしていった。
――今日も負けた。
基地の外周道路は、滑走路や誘導路と並走する形であり、隊員のかけ足コースにもなっている。すぐ横を通る航空機と短距離ながらも競争ができたときは、自衛隊に入ってよかったと思う。ただ、こちらは勝手に意識してるけど、パイロットはあいつより早く滑走してやろうなどとは考えていないだろう。
太陽が沈もうとしていた。
右からの西日が肌を焼く。飛行場地区が美しい色に変わる時間に走るのは、最高に気持ちがいい。走ってるときは、今だけを考えられる。
その時、腕に巻いていた携帯が震えた。
――お母さん。
亜希央は立ち止まり道路の端に寄った。もみあげから流れ落ちる汗を半そでシャツの裾でぬぐうと、電話に出た。
「もしもし、亜希央?」
「うん」
「最近は元気でやってるの?」
「うん」
「次はいつ帰ってこれるの?この間のお盆も仕事だったんでしょ?」
「うん。ほら、まだ下っ端だし、新しく来た学生の手伝いもあるし、忙しくて」
本当はきちんと夏季休暇をもらっていた。自分がするべき手伝いもなかった。
ただ、実家には帰らなかった。
「お父さんも、心配してるわよ……」
――嘘だ。
彼は弟さえいればいいのだから。
亜希央は母の言葉を遮るようにいった。
「ごめん。まだ、ヘリの整備中だから、切るよ」
亜希央はそういって電話を切った。
いつの間にか、誘導灯のあかりが辺りを淡い紫に染めていた。
目の前には、滑走路に侵入してくる旅客機の、真っ白なランディングライトが見えた。小牧基地は民間と一本の滑走路を併用している。
亜希央は白い光に立ち向かうように、再び走り出した。
しばらくすると、後ろからこちらに迫ってくる規則正しい足音が聞こえた。その人物は亜希央の隣に並ぶと、いつもの決まり文句をいった。
「飯、食いにいったか?」
五郎はにかっと笑った。
「はい」
亜希央も笑顔で答えた。
走りながら話すのは結構きつかったが、素知らぬ顔でそれ以上ペースは落とさないようにした。自分にも、意地がある。
亜希央ははじめ、空曹長熊野五郎を怖そうな人だと思った。でも、話してみたら全然違った。人間一度は言葉を交わしてみなければわからない。
彼は亜希央がメディックを目指してると知る前から、よく話しかけてくれた。知ってからは、外周道路で会うと必ず声をかけてきた。そしていつも決まって、ちゃんと食べてるのか、ときいてくる。ほとんど挨拶替わりだ。きっと自分の身体が細いから、心配してくれているのだろう。
――この人が父親だったら、どんな風に育っていたんだろう。
五郎には小学生で自分の弟と同じ年代の娘がいる。以前写真を見せてもらったことがあった。こういってはなんだが、お父さんに似なくてよかったですね、といってしまいそうになるほどかわいらしい女の子だった。
もし、彼が自分の父親だったら、
髪は長かった?短かった?
自衛隊には入ってた?
勝手な空想とわかっている。それでも考えてしまうのは、
今の自分に満足してないから――?
亜希央は走るペースを落とすと五郎に「お先にどうぞ」といった。彼のトレーニングの邪魔をするわけにはいかない。
五郎は片手をあげて笑うと、ペースを上げて一気に亜希央を引き離した。
つづく――――――――――――――――――――――――――――――――――
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?