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次の部屋 修行編 Ⅲ


 ほぼ、半日程で、湖の畔に降り立った。
人の流れが多くなり、市に近づいていると感じた。市の賑わいを一通り視て、茶を点てる処を探した。先程から後ろを付けて来ている子供がいた。振り返って、しゃがんで・・・「何か用かい?」と声をかけた。
子供は驚いて、一瞬逃げる素振りをみせたが、澄ました顔で「いや、お坊さんの方こそ何か探しているのじゃないのかい?」破顔して「その通りだ、よくわかったね。お利口だな」と話すと、少し喜んで
「一緒に探してあげるよぅ・・・何を探しているんだい」
「私は、お茶を点てて道行く人に振る舞いたい。出来れば少し静かな処  がいい」
「ふ~んお茶・・・お茶をね、しかもただと来たか」
「じゃぁ、あそこしかないなぁ・・・行くよ。付いて来て」
子供は早足でどんどんと進んでいった。幾筋かの道が交わる処から、少し離れたところに石仏があった。
可愛い地蔵さんが二体寄り添って微笑んでいた。
「ここはどうだい?」と子供は私の心を覗くように尋ねた。
「ああ、とてもいい。ありがとう。此処で始めるよ」
「ついでにお願いだが、湯を沸かす準備をしなければならないから、この荷物を見張っていてくれないかい」
「金目のものはなにもないが・・・盗られたら仕事にならないからね」「いいよ、ここにいるよ」
「ありがとう、じゃ、お願いするよ・・・それと美味しい水が必要なん
 だが、何処か知らないかい?」
「水はね、この先の神社の裏山に御神水が湧く小さな祠があるから、
 そこの水がいいと思うけど・・・」
「そうかい、ありがとう。じゃぁ、御神水を頂に行ってくるよ」
言われるままに暫く歩くと、神社の祠を見つけ、瓢箪に水を入れて石仏の処へ帰ってくると・・・・・。
子供も預けた笈(おい)と笈摺りが見当たらなかった。 何ということだ、私には人を視る目がないのか・・・嗚呼と悔しさがこみあげて来たが・・・暫しそこに座り込み、子供のことを考えた。 いや、あの子は盗みを働くような子ではない。何かの事情で、此処を離れなければならないことが起こった・・・そう考えるべきだと冷静に辺りに気を配ると、草鞋など旅道具を売っている店先の老婆が、こちらをチラチラと視ていた。

ゆっくり、何気なくその前まで歩いて、老婆に声をかけた。
「あの石仏にいた、子供を探しているんだが知らないかい?」 老婆は私の顔を視ずに、店の裏へとそそくさと消えた。
後を追って裏に回ると、待っていたかのように立ち尽くして私を視つめた。
「あの子はね、仲間の餓鬼どもに無理矢理連れて行かれたよ」
「連れて行かれた?何処へ?」
「さあね、わたしはよくは知らないよ・・・」 と言いながら、明らかに
 その態度は、あんたの出方によっては考えてもいいけど・・・という
 雰囲気が自然とでていた。

「今は、持ち合わせがないので、この菅笠を預けよう」
「早ければ、夕刻までには幾ばくかの金子を渡せると思うが・・・どう
 だろう?」紐を解き菅笠を差し出すと・・・「いいだろう、教えてあ
 げよう。餓鬼どもは、この先の道を半里ほど歩けば、藪の中に荒れ寺
 がある。多分そこだろう。いつもたむろしていると聞いているから
 ・・・」
「ありがたい、では早速に行ってみる。ありがとう。この菅笠を大事に
 預かって持っていてくれ・・・では・・・」

少し早足で、言われた荒れ寺を目指して歩いた。竹藪のなかに確かに寺はあった。
子供達の声が外に漏れ聞こえる。 Ⅳに続く

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