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Nosutarujikku novel Ⅰ シスター葉子 秋の章


  そうして、夏が過ぎて秋も深まり霜月になった。
ほぼ週1回のペースで夜、喫茶Jを訪れ酒を飲みながら、いろんな話をした。ある日夕方帰りがけに寄ると「今日はね、詩の朗読会があるの。友達の詩を読むお姉さんが来るの彼女舞台にも立つし、詩も書いているんだけどね。十数人は来るかな。よかったら少しいなさいよ・・・ね」
「はい、じゃぁ少しだけ」と返事をした。

  7時を過ぎると三々五々人が集まり、詩のお姉さんが自身の詩集や谷川俊太郎の詩を朗読し始めた。モデルのような背の高いお姉さんはロイヤルブルーのワンピースがよく似合い、よく透き通る声で情感を込め、一編一編にあった最良のカタチで抑揚とリズムを変えてとても良かった。何編か目の詩の時に、それまで静にお酒を飲んでいた彼女は、突然立ち上がりジーンズのホックを外し、膝までズリ落とし、次にパンティに手をかけ脱ぎ落とそうとした。
詩を読むお姉さんが、背後から抱き押さえ彼女を窘め、ジーンズを上に上げ支えた。彼女は放心したように座り込みそして泣き始めた。
詩を読むお姉さんがそんな彼女を抱いてあやしていた。理由はわかる筈も無く、只々心配になったけれど、見ず知らずの人々を押しのけて、彼女の元へは行ける筈も無く、ここに留まってはいけないような気がして、僕は詩を読むお姉さんに礼を言って帰ろうとしたら「時々見せる彼女のパーフォマンスよ。気にしないで、又来て下さいね。後は大丈夫」「はい、宜しくお願いします」僕は何度もお辞儀をして喫茶Jを後にした。

 翌日、朝早くJを訪れると、葉子さんは昨日何かあったというような顔をして無視した。
それは、葉子さんの羞恥心からなんだと想って、朝の挨拶だけで何も言わずに教室に上がろうとしたけれど、このままでは気まずいので「夜又来ます」と言ったら、葉子さんは微笑んで「早く来て」と言って珍しく手を振った。

人を好きになるのはある意味純なこゝろの働きかけだと、勝手に決めつけていたが、若い自分はエゴの空回りで一人で悪夢を視ることになる。
 
夜・6時半・ドアを開ける・客のいないBar
有線のJAZZボーカルがかかっている・ニーナシモンの歌声で「行かないで」だった。
葉子さんグラスを磨きながら口ずさんでいる。
ブランデーを何故かロックでグラス一杯差し出す。
僕に対して何故か怒っている。
既に杯を重ねていたのか少し目が充血している。僕は思い出したように唐突に誘う。
「よかったら、今度の連休いずれかで京都へ行きませんか?」 返事なし。
ふ~~ん大きなため息。
「昨夜は醜態をお見せしたわね」
「いや、足も細いことを知りました・・・もっとも、下着の色が暗くて解りませんでした。次回はわかりやすい色でお願いします」
葉子さん破顔。二人で乾杯へと誘う。
「優しいんだ」
「ええ、どうしてそうなるのですか?」
「連休か・・・ようし京都を案内してあげるわ」
「ほんとうですか?楽しみにして待っています」

そうして、京都に二人で行くことになった。


 当日は京都ならではの底冷えのする、小雪が舞う寒い日であった。
葉子さんは、朝早いのが苦手なのかなんとなく不機嫌だった。
自分から案内を買って出ておきながらこれだ。
僕は腫れ物を触るようにして接した。
京都へ着けば機嫌が直るものだと想っていたが、八坂神社ももう少しという処で、突然、寒い寒いと言い出した。仕方なく近くの喫茶に入る。
「葉子さん、大丈夫ですか?」
葉子さんは、ただ寒い寒いと言い張るだけで、放心したような表情を浮かべていた。僕は思いいきって額に手を当てた。熱はなかった。
一瞬、葉子さんが笑ったような気がした。
でも、やはり寒い寒いと言うだけだったので「帰りましょう」と言って抱えるようにしてその喫茶を出た。家まで送ろうとしたが、ここでいいと言って梅田駅で別れる迄寒い寒いしか言わなかった。 こうして初めてのデートは散々なうちに終わったしまった。

 再び夜 7時半過ぎ やはり客のいないBar J
静かにドアを開ける。今日はオスカーピーターソンのJazzピアノがかかっている。葉子さんは読んでいた本を下にして、僕を認めにっこり笑う。
「それにしても、何時も貸し切りですね」
「そんなことないよ、たまたま」
「たまたまなら良いですけど・・・」
「この間はごめんなさいね、体調悪くて・・・」
「いいえ、気になさらずで」
「でも・・・・・」
「でも・・・・・」
「君は、女心がわからん人よねぇ」
「どうしてですか?」
「ああいったシークエンスでは女は多分抱いてと言っている訳よ」
「多分・・・・・そんな無茶な!」
「何が無茶よ、わからずや!」
「はいはい、女心がわからん人です、分からずやです」
「・・・・・・ごめんなさい。あの日急に生理が始まって、嫌になった
   の」
「何が、嫌に」
「なにもかも」
「ついていけないな・・・単なるわがまま・・・いや、それ以上・・・ 
  情緒不安定」
「そう、だから薬の常習犯」
自分で言い放ちながら、目を大きく見開き、少し怒った顔になった。
「君も、自殺未遂したでしょう。手首に傷があるじゃない」
思いもよらぬ手裏剣を受けた。葉子さんは右手を差し出した。僕より深い傷が一筋。負けたと想った。
僕は途方にくれた飼い犬のような眼差しで葉子さんを視つめて言った。
「僕は・・・僕たちは・・・・・」
それから先を遮るように
「ねえ、今からゲームしない・・・ちょと変わった趣向のゲームを
 ・・・」
 
僕は無言で受け流したけれど・・・・                                                                                                                                                                                                               賽一擲の章に続く

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