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戯曲 老いがいのクリスマス     シーン④-2「月光」二十時『長い夜』リビングルーム


上崎 ごめんなさい。話の腰を折って、二時間おきに巡回をしなければ
 ならないので、十分程お時間下さい。ほんとうにすいません。
福森 ああ、お気遣いなく、お待ちしていますから、どうぞ。
上崎 では失礼します。
 
   コールが鳴った部屋を含めて各部屋を見回り、利用者と小声で話
   をし、トイレの流す音が微かに聞こえる
 
福森 あれ?見知らぬ処で初対面の人とお茶して話し込んでいる私は
 ・・・私は・・・そう帰らなければいけないんだわ。
 
   上崎席に戻り再び会話を始めようとすると
 
福森 すっかりお話に夢中になって、コーヒーお菓子ありがとうござい
 ました。そろそろおいとましなければ・・・・
上崎 え!いや、ほら外を見て下さい。真っ暗でしょう。車がないので
 明日の朝一番にお送りするとお話をさせて頂きました。それで、今日
 はここで休みになって頂くという流れで・・・ええ、部屋もベッドも
 用意しております。
福森 そうでしたか?(首を横に振って)いいえ、やっぱり帰ります。
上崎 お部屋にご案内致します。どうぞこちらです。
福森 だから、帰ると言っているじゃないですか。
上崎 まあ、見るだけでも、すぐそこですから。
福森 ・・・・・・じゃあ見るだけですよ。
上崎 はい、行きましょう。(先に立って歩く)
福森 ・・・・・・(無言ながらついて行く)
上崎 (照明を点けて)はい、こちらです。
福森 あっ、けっこう綺麗!
上崎 まあ、ホテル並みとは言いませんが、清潔に準備させて頂きまし
 た。又着替え等も娘さんから預かっています。
福森 用意周到ね。ここで一晩休めとどうしても仰る訳ですね・・・(深くため息をつく)
上崎 いつも何時頃お休みになるんですか?
福森 私、宵っ張りで、ラジオを聞いたりして、知らぬ間にうとうとし
 て眠るというパターンで・・・一時頃かしら?
上崎 今、十一時前ですから、まだ宵の口ですね。珈琲もう一杯どうで
 すか?少し薄めにいれますから。
福森 ありがとうございます。ではもう一杯。
上崎 じゃあ、先程の席で待っていて下さい。

   上崎キッチンへ。
   福森席に戻り足を組み、考えている。立ち上がって窓から外の景
   色を眺め、リビングを歩き廻る。上崎お盆に珈琲を載せて机に置
   く
 
上崎 お待ち同様でした。どうぞ。
福森 ありがとうございます。遠慮なく頂きます。これは、ストレート
 なモカですね。香りが甘い。
上崎 まあ、寝る前ですから。え~と話が途中でしたね。それで、喫茶
 店の方は・・・。
福森 娘達が三人でという話もありましたが、主人のいない店で働くの
 は辛くて・・・。店を売りました。そして、私は小さい頃から叔母に
 書を学んでいましたから、書道の塾を自宅で、もう十年程になります
 かね。
上崎 そうでしたか。大変でしたね。
福森 いいえ、主人と二十五歳で結婚して、喫茶を始めた頃の苦労に比
 べればたいしたことありませんわ。
 
   福森そっと両手を上崎の胸の前に差し出す
 
上崎 ・・・・・これは・・・どれだけ洗い物をしたらこのようになる
 のか想像もつきませんが、半端じゃなく頑張られたことはわかりま
 す。それにしても、この手はあんまりだ・・・
 
   上崎思わずその指に触れるが、福森はそのまま指を委ねる。
   光が二人の指に当たり、少しずつ光の輪が小さくなっていく、
   それに応じて・・・・
 
上崎 実は・・・僕も珈琲専門店で昔仕事をしていてことがあっ
 て・・・どれほど・・・・・・
 
   光は淡く閉じて・・・暫くして光の輪が次第に拡がっていく。
   リビングの窓が明るくなっていく。テーブルの上の珈琲カップが
   四つずつ並んでいる。
 
福森 ああ、朝になりましたね。朝の光は優しくて良いですね。一つお
 尋ねしたいことがあります。此処は、ほんとうにシェアハウス?
 スタッフの方が仰っていましたが、ほんとうは違うのでしょう?
 ほんとうのことを教えて下さい。此処は一体・・・
上崎 わかりました。ほんとうのことをお話いたします。
 此処はリハビリセンターです。此処に居られる方は、少なからず心身
 の問題を抱えて居られます。そして、此処で共同生活を営むことで、
 それぞれの個別の問題を、ある時は歌い、ある時は体操をしたり、散
 歩を楽しんだり、俳句を作ったり、絵を描いたり、料理をみんなで作
 ったりして、少しずつ問題を解決して行こうという訳です。
福森 ふ~んそういうリハビリセンターなのね。他にもあるんですか?
 こんな処。でも、私は何の問題も抱えていませんよ。
上崎 はい、それはよくわかっています。娘さん達は遠くに住まわれ
 て、お母様の日頃のことが心配なのです。それで、ここで書の講師と
 して利用者さんのリハビリに寄与して頂き、その成果をより高める為
 に一緒に、此処で生活を共にして頂きたいという、そういう願いから
 此処を探しあてられたのです。
福森 望美と美香が、私のことを心配して、此処をさ・が・し・あ・
 て・た・・・そうでしたか。
上崎 二人の娘さんの想いです。
福森 (暫く考え込み)あの・・・
上崎 はい何か?
福森 さすがに眠たくなりましたので、お部屋に下がって休ませて頂き
 ます。よろしいでしょうか?
上崎 勿論ですとも。(立ち上がり再び部屋まで案内し)さあこちらで
 す。ごゆっくり寝て下さいね。(お辞儀して扉を閉めながら)
 おやすみなさい。
 
   上崎席に戻って、日誌を書き出す。微笑みながら、何度も何度も
   頷く
 
   暗転
 

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