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戯曲 『老いがいのクリスマス』シーン⑥-2「月光」師走・二十五日・十五時『クリスマス会』

 
   回想劇Ⅰ 妻燿子と駆け落ちの段
 
燿子 痛い、手を離して! 何処へ連れて行く気?
久保 (手を離して)何処って、此処にはもう二人はおれないだろう?
燿子 ・・・ふっう・・・それはそうね。どうしちまったんだろうね私達・・・あんたは宮大工の職を失い、私は・・・ただの賄いだから、
でも私は・・・私達はなんだろうね?
久保 縁だよ・・・縁・・・縁。兄さんには悪いことをしてしまった。でも、一言も俺を責めなかった。その方が倍辛いけどなあ。
燿子 そういう人よ。ほんとうにいい人よ。
きっとあんたより。
久保 俺はさ、二十歳になったんだ・・・あの日。なんか祭りのあの日輝きたかったんだ。でもお前も俺が初めて会った時からずっと俺が思っていたことを感じていたんだろう。だから・・・だから・・・
燿子 あの人は生真面目一本、あのまま一生と考えると、私は相応しくないと思っていたの、あんたも真面目だけど、あんたは不器用だからさあ・・・
久保 当座のお金は幾らかある。西の大阪か、東の名古屋か決めてくれないか?
燿子 私が決めるの?   間   
駅に着いたら一番に出発する電車に乗りましょう。
久保 なるほどそれはいい・・・それはいい。じゃあ急ごう。
久保、燿子の手を軽く握り、二人は下手に捌ける。
 
   光が再び中央の二人に。
 
久保 (感慨深げに、頷きながら)電車は大阪行きだった。棟梁にはお詫びの置き手紙を残していった。何か言われる前にそこを去りたかった。二人で大阪へ。先は見えなくても、心は歓びで満ちていた・・・。
吉岡 物語の始まりはそこからですね。
久保 大阪へ着いて、三月程で唐木工芸の小さな会社に落着いた。
そして三年長女結いが生まれて家族三人の生活が始まる・・・私の人生で一番良い季節だった。
吉岡 お子さんは、お一人だけでしたね。
久保 難産で、もう二人目は無理みたいに医者は言っていたな・・・男の子が欲しかったが、生まれたら、そんなことはどうでも良くなった。
吉岡 娘さんはどんなお子さんでしたか?
久保 人見知りがひどくて家の中で遊ぶことが多かったが。お母さんと一緒で負けず嫌いでね。絵を描くのが好きでね。画用紙に色鉛筆に水彩絵の具や、すぐに無くなってしまって往生したよ。やがて、高校を卒業するとデザイン学校に行くのだがね・・・・・・
吉岡 楽しみでしたね。お子さんがどんな風に成長して、何を目指すか・・・
久保 ・・・・・(少し考えて)吉岡さんよ、あんたさ、大役を仰せつかってずっと緊張して、ずっと差し障りのない相槌打ってさ、それでいいのかい。こんな何処にでもある三文劇の物語、聴いている皆さんだって退屈だと思うがなぁ何か企んでいるんだろう。みんなで組んで・・・
吉岡 企むなんて・・・何もありませんよ。クリスマス会の恒例のお芝居のひとつです。
先程の燿子さんとの駆け落ちの段、よく出来ていたでしょう。これからもっと盛り上がります。久保さんの話の加減は関係なしです。ほら、後ろを振り返って下さい。
久保さんの人生を福森さんが見事な人生屏風として書いていて下さっています。
 
   久保ゆっくりと後ろを振り返る。それに合わせて、人生屏風は
   灯りで映える
 
   人生屏風 その一
 
芳明の誕生~野良仕事を手伝っている少年~手ぬぐいで鉢巻きをして鉋で木を剥く姿~朝焼けの電車に乗っている二人~燿子に抱かれ結いが産着に包まれている~絵を夢中に描いている幼い結い~三人で海辺でのショット~屏風絵は、話の進展とともにコアなエピソードを添えて描かれていく
 
   上崎が久保に頭を縦に振る。
 
久保 これは失礼した・・・じゃ続けようか・・・
吉岡 はい、続きをお願いします。
 
   ゆっくりと中央の光が消えて、下手に灯りが広がる。

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