見出し画像

戯曲 『老いがいのクリスマス』シーン⑥-3「月光」師走・二十五日・十五時『クリスマス会


   回想劇Ⅱ 結い六歳の誕生日前夜
   久保役(堂本)燿子役(山本)
 
   丸い卓袱台と座布団の上に座って二人がにこやかにしている。
 
燿子 明日は結いの六歳の誕生日ですね。
久保 ああ、そうだ。もう六年が過ぎたんだなぁ。
燿子 季節の過ぎるのが早すぎるって感じません。
久保 確かに、それはあるなぁ。でも子供が元気に育っていくのはとてもいい。そう想わないかい?
燿子 はい。ところで結いのプレゼント何か考えていますの?
久保 それなんだがね・・・実は最近、仕入れ先のオルゴール屋さんと懇意になってね。唐木の切り落とした端材をアクセントにして埋め込んだオルゴール箱を、寄木細工の新しい形で作れないかという依頼があったんだ。
燿子 へぇ、それは楽しそうじゃない。
久保 そうなんだ。それで、試作品第一号なんだが・・・
これどうだろう?ちょっと待ってくれ。
 
久保箪笥から緑と赤の鮮やかなハンカチに包んだモノを燿子に渡す。
 
燿子 (包みを解く)あっ、結いの文字が埋め込んである。
 
蓋を開けると「四季の歌」のメロディーが流れる。
ほぼ同時に、客席の最前列の月光の利用者達が立ち上がる。下手に音楽療法士の神岡直子が指揮を執り、舞台の袖には手話通訳者が歌詞を伝える。野山のオルガン演奏に合わせて「四季の歌」をみんなで合唱する。やがて演奏がゆっくりフェイドアウトする。利用者着席する。再び中央に光。オルゴールはまだメロディーを奏でている。
 
燿子 この曲は・・・
久保 そう、俺達が初めて大阪に着いた時、喫茶店で流れていた曲だ。
燿子 私達にとってはとっても良いけど、子供の結いにはどうかな?
久保 うん、そこなんだが・・・子供はどんどん大きくなる大きくなっても聴ける曲でいいんじゃないかと思うんだけど・・・
燿子 なるほどそうね、それになんと言っても二人の思い出の曲だから・・・
久保 これでいいだろう。結いへのプレゼントはこれで・・・
燿子 ええ、ご苦労様。歌詞が良いわね。私も好き。この曲を聴きながらどんな子に育っていき、どんな人生を送るんだろうね。私達みたいなことは無しね。
久保 まだこだわっているのか?だがそんなにひどいことかな?俺はただお前を愛しただけだ。一緒になれてほんとうに良かった。今は、生きていることにすべて感謝が出来る。
燿子 あんたは変に宗教ぽぃ処があるわ。
久保 宮大工ってのは、言ってみりゃ神に仕える仕事なんだ。そういう想いを持つのが自然じゃないか?
燿子 でも、その契りを私が・・・・・・
久保 ・・・・・お前に初めて会った時、俺は感じたんだ。生涯の伴侶はお前だと、お前しかいないと確信した。だから、もうこのことは話題にしないと約束してくれ・・・お願いだ。
燿子 私が言いたいことはそうじゃなく・・・・・・そうじゃなくて・・・でもわかったわ、もう言いません。私も幸せよ。
 
   オルゴールの音色が終わり、再び下手暗転

   中央に灯り。
 
吉岡 燿子さんは、最初だけで後は働きに出なくても大丈夫だったんでしょう?
久保 ああ、最初の十年程はなぁ。
吉岡 じゃあ、三十二~三歳に何かあったんですか?
久保 唐木家具の品物は重くてなぁ、或日運搬中の事故で左手を痛めてしまった。ほっておいたら、腕が肩より上がらなくなるわ、指先が震えるわで・・・いきなり障がい者になってしまった。つまり、今までの半分しか稼げなくなった。それで、十年楽させて貰ったんだから、今度は私が働くわ・・・てねぇ。南の飲食店で働くようになったんだ。
吉岡 とてもよく出来た奥さんですね。
久保 燿子の稼ぎ、と内職の寄木細工とでなんとか凌いでいたんだがね。
吉岡 結いちゃんは何歳に・・・
久保 結いが十九歳の夏、燿子にとっては悪夢のような一日が待ち受けていたんだなぁ。
話はこうだ・・・燿子の勤める飲食店は南のターミナルの駅に近い処で、結構繁盛していて忙しい店なんだが、そこにひょっこりと昔の同僚の谷口って婆さんが客として来たんだよ。
吉岡 恐喝でもされたんですか?
久保 金で済むなら安いことだが・・・そうじゃなく兄弟子の誠二さんのことを聞かされた。
吉岡 誠二さんはどうされたんですか?
久保 兄貴は、独り身を通して生きていたんだ。
吉岡 ・・・・・・
久保 燿子も俺も他のいい人と幸せになっていると勝手に思い込んでいたんだが、誠二さんは、やっぱり傷ついていたんだなぁ。燿子はそれを知って深い罪の意識を持ってしまったんだ。因果応報、禍福は糾える縄のごとし・・・だったけ・・・何を言っても始まらないが・・・
最初は自分を責めた。次には俺を責めた。そしてまた自分を責める頃には、精神を病むでしまった。結いはもうすぐ二十歳で多感な難しい季節にいる。働くこともままならない、毎日毎日燿子の愚痴を非難を聞いてあげてはいたんだが・・・ついに一線を超えてしまうことになる。
吉岡 一線を越える?
久保 自傷行為に走るようになった。あれは止まらないんだなぁ。もう、家で看るのは無理だと想った。でも結いは違っていた。私達家族が支えなきゃいけないでしょう。赤の他人がわかるもんですかってな。
確かに一理ある、結いの気持ちもよくわかる・・・だがもう儂の心が限界だった。
吉岡 決断されたんですね。仕方なく・・・
久保 その通りだ。病院に入れた・・・・・・しかし間違いだった。悔やんでも悔やみきれぬ。
吉岡 何があったんです。病院で?
久保 信じられない形で燿子が逝った。儂はほんとうに呆けてしまったよ。そして、結い迄が家を出て行くと・・・(水を飲んで一息入れる)もう、いいだろう。この話はこれ以上したくない。(頭を抱え込んで)勝手に想像して頂いて結構だ。
吉岡 ごめんなさい。お疲れになりましたね。少し休みましょうか?
久保 ああ、少し休ませてくれ。
吉岡 はい、それでは、只今から十分程休息と致します。
 
   人生屏風 その二(一より続く)
   六歳の誕生日~事故で腕を負傷~燿子働きに出る~運命の悪戯~
   燿子心を病む~久保の葛藤~家族はバラバラになる
 
   この間、上崎は久保を落ちつかせる為に話をする

   野山・真澄・堂本は利用者のトイレ誘導などをする
   十分後再開、中央の淡い灯りがゆっくり消えて下手に灯り
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?