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戯曲 老いがいのクリスマス シーン④ 「月光」二十時『長い夜』リビングルーム


  登場人物:福森・上崎・久保
 
リビングの窓際で、立ちながら上崎に舌鋒激しく詰め寄っている福森
 
福森 夕食が済めば、車で送っていくと約束されたじゃありませんか! 私を騙したのですね。娘達とぐるになって、私を騙したんですね。
上崎 そうじゃありません。先ほどから説明している通り、うちの事業所は車が2台ありますが、一台は明日の朝一番理事長がこの地域の研修で、当番になっていて、それで乗って帰られました。
福森 もう一台は・・・
上崎 予定していたもう一台は、スタッフ真澄さんの子供が三十九度の高熱を出して、病院に連れて行くのに少し貸して欲しいという申し出がありました。十九時までに必ず返すということだったのですが、様態が予想以上に悪く、一晩入院になったので、明日の朝になると先ほど連絡があったと・・・・・
福森・・・・・ふぅう…一つ一つもっともなお話ですが、約束は約束でしょう。タクシーを呼んでくださいよ。ここなら北摂交通が来るでしょう。
上崎 もうこの時間では、お送りすることができません。私夜勤でこの場を離れられないので・・・
福森 ご心配なく、私、一人で帰れますわ。タクシーも呼べないと言うなら、私歩いてでも帰らせて頂きます。
 
   二人が言い合っている間を久保が少し笑いながら、わざわざ割って入って歩く。
 
久保 大変だね。今日は長い夜になりそうだ。主任頑張ってね。おやすみなさい。
上崎 ああ、どうも、風邪ひかないようにしてくださいね。夜冷えますから。
福森 (少し気が削がれて、窓に顔を向けて、ひとりごとのように呟く)娘たちにしてやられたかな・・・楽しい処があるからって・・・嘘ばっかり・・・う~んどうしたものかな・・・。
 
上崎 福森さん、ごめんなさい。中津さんに眠前のお薬を飲んで頂かなければならないので、すぐに戻ってきますので少しお待ち下さい。
 
福森は仕方なしに頷き窓辺で佇む。
下手の方で、上崎と中津の会話が少し漏れ聞こえる。暫く経って、上崎が珈琲とお菓子を持ってくる。
 
上崎 まあ、椅子に腰掛けて、珈琲でもどうですか?お菓子もどうぞ。
福森 (香りに釣られて、椅子に座り)あら、いい香りね。昼間の珈琲と違いますね。
上崎 さすが福森さんですね。はい、これは私が家から持ってきたものです。夜は長いので、これだけが楽しみなんです。後、脳に栄養補給ということで、ララのきなこクロワッサン、粒餡入りです。どうぞ召し上がって下さい。
福森 私、夜は甘いものは控えているんですけれどね・・・今夜はせっかくですからいただきすわ。
上崎 はい、どうぞお召し上がり下さい。
福森 では、遠慮なく珈琲から、(一口啜って)おお、これは、これはケニアの珈琲じゃないですか?
上崎 すごい、よくわかりましたね。
福森 私、主人と喫茶店を経営していたんですよ。二五歳の時から主人が先に逝く迄二十五年間近くも・・・
上崎 ほう、それはすごい。というと店を開かれたのは万博の頃ですか?
福森 そうですね。もう少し後です。
上崎 場所は何処ですか?
福森 もう、今は新しいビルが建って、ご存知ないかもしれませんが、高槻市の警察署近くに家具屋さんがあって、その地下で喫茶をやらせていただいておりました。
上崎 と言うと、山下家具店でお店の名前は確か・・・
福森 「ムーランルージュ」です。
上崎 多分、僕行ったことがあると思います。免許の切り替の時に入った記憶があります。
福森 ええ、それは奇遇ですね。
上崎 いやあ、縁ですね。お会いしているんだ。
福森 ほんとうに、(と言いながらクロワッサンを一口味わって)これも美味しい。
上崎 つかぬ事をお聞きいたしますが、旦那さんは、どうしてお亡くなりになったんですか?
福森 ゴルフしか趣味のない人で、朝友人が迎えに来た車の中で脳梗塞になり、あっけなく・・・はい・・・・・・
上崎 お子さんは、その時何歳位でしたか?
福森 上は社会人一年生で、下が大学三年生でした。
上崎 娘さん達とは良い関係ですか?
福森 良い?何処が良いもんですか。いくらでも近くに住めるのに、遠い遠い処に住んで、たまに孫を連れて来たら、百貨店へ行って孫の衣装ばかりか、ちゃっかり自分たちの洋服を買って、食事して、毎回大散財ですわ。
上崎 でも、お孫さんは可愛いでしょう?
福森 孫は天使ですわ。
 
  ナースコールの音がする。上崎立ち上がりボードの音を止めに行く

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