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オイディプスとアンジェラ                                エピローグ

 百日が過ぎた 黒い厚い布がゆっくりと解かれていった

 オイディプスはとても眩しく感じた 正に漆黒の闇から暖かな光の繭に包まれているような感覚が浮き上がって来た 今まで以上に光を感じる 仄かな影絵のように浮きいでた形はより輪郭のある影として写り その存在を図ることが出来た
眼を休めたことで他の細胞とも繋がり少し働き出したのかも知れない・・・この感覚があるならアンティゴネに頼らずとも一人で行動出来ると確信した ほっと息を継いだ

 アンジェラはエレナの指導によって演出の基本を学ぶ中で 演出のほんとうの狙いは身体的特権を極に迄高めること そして板場の軋みは時折 楔(くさび)を打つようににぴたっと音を消して役者がジッと<静>の立ち位置で話し身体を使う<動>の対話との妙を引き出すことで台詞がより立体的に生きたものとして受けとめられることにあると気づき・・・それ故に小さな場面設定では自分一人で出来るようになって来た

 カリスは Yakamotiの創作台本の元本の執筆をまかされていてYakamotiの信頼も厚い又座員との交流でクレタンリラなど他の楽器の演奏も習得し演奏家としても腕をあげていた

ポースは オイディプスの付き人としてその役割を全うしてとても嬉しかった彼の最初の頼みは 海から昇る太陽が視られる処を探して連れて行く事だった 曇りや風雨以外の日はすべて朝陽を浴びて心身を浄めていた 彼女もまたそれに倣い陽を浴びることで様々な感覚が鋭敏になった そのことでオイディプスに感謝していた

 Kagura一座の公演日程は主に春秋に週末に昼・夜・昼・夜・夜の五公演を約十回を目処に各地に巡演していた それから一ヶ月は完全に休養して次の公演の演し物を約百日間稽古する 夏冬は招待公演(旅費持ち)に限ってほぼ何処へでも出かけた

 Yakamotiは秋の公演の台本創りの追い込みとオイディプスとの約束で三人の最終公演の段取りも考えねばならず忙しかった 

 秋公演の最初の島はサラミス島であった テーベ周辺にいるアンティゴネに近い処でオイディプス・アンジェラ・カリスの三人組の公演は「舞踏会の秋」と称して初秋をテーマに座員が何組かに分かれて思い思いの衣装・音楽・楽器で舞い競うこととなった
最終的に座員の舞組は十組選ばれ十組の舞の後三人の舞がトリを取ることになった

 サラミス島の秋は 温かい日差しが少しずつ柔らかくなり 実を付け始めたオリーブの木々は風に揺れその芳香を忍ばせていた 島の海岸には穏やかな海の漣が静に寄せては返えし その白波に夕日が煌めいていた その夕刻も過ぎ開演となった

十組の華やかな舞が終わり三人の出番となった
 
百日の空白が嘘のようにアンジェラとカリスの演奏は調和が取れていて オイディプスの舞の動きに同期するように韻律が流れていった・・・
オイディプスはひたすら緩やかにのびやかに殆ど音を立てない摺り足で動いた 手と上半身 ・足と下半身を最大限に大きく広げて 華が咲き競うイメージをもって舞台に∞のループを重ねて描きそれが大きな華となるように祈って舞を続けた 
衣装は上衣が蒼 下衣が碧 仮面は着けずに眼の周りだけを覆う金糸雀色(かなりあいろ)のリボンを巻くだけだった  緩やかな動きを少しづつ早くし動作も空間を断ち割るような鋭い動きに移りゆく・・・神楽鈴はなんとYakamotiが下手から現れて舞台中央に歩み寄りオイディプスにバトンを手渡すように差し出した そして上手に捌けた
神楽鈴を手にしたオイディプスは両手で頭上にかざして 空へ投げた 鈴音を鳴り響かせながら落ち行く神楽鈴を両手で受けとめて 中央に∞の字を八回描きながら静かに鈴を祈りながら鳴らし続けた・・・一周毎に鳴りは小さくなり・・・やがて次第に小さな小さな音となり消え入るような音を腕に抱いて 深々と礼をして終えた 会場は静寂に包まれた後に拍手が鳴り響き歓声に沸いた勿論多くの投げ銭と共に・・・

 オイディプスの独白
<無>で舞い踊れた 海の誘い・二人の旋律・この地に眠る精霊 そして此処に集まった人々の想いが私の<無>の世界と共鳴していた・・・そしてYakamoti 殿から手渡された神楽鈴を抱いた時 私の脳裡に<魂響=たまゆら>と言う言葉が浮かび上がった
<たまゆら>この言葉がきっと私を導いてくれるだろう・・・此処に至れたのも 私を支えてくれた アンジェラ・カリス・ポース・エレナ・そしてYakamoti 他座員のみんなに感謝する ありがとうみんな・・・さぁ 私はアンティゴネに会いにいく 二人の道に幸いがきっと宿りますように・・・・・・・第二部 ロードス島 完

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