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戯曲『老いがいのクリスマス』シーン⑤「月光」十八時半『ミーティング』


   面談室
   登場人物:大塚・上崎・吉岡・山本・堂本
        安田・真澄・野山・舘川
 
   スタッフが所在なさげに倦むでいる 誰かを待っている
 
安田 施設長はまだですかね?
上崎 渋滞かも?電話しますね。(携帯を胸ポケットから出して)お疲れ様です。はい、上崎です。渋滞に巻き込まれましたか?はい十九時過ぎには帰れそうですか?わかりました。個別カンファを後にして、クリスマス会の企画を先に話しています。お気をつけて・・・・。(携帯を胸ポケットに戻して、スタッフを見渡して)お聞きの通りです。クリスマス会の方からいきましょう。では、会議始めましょう。今日の議事進行の当番は吉岡さん、記録・書記は野山さんです。よろしくお願いいたします。
吉岡 はいよろしくお願いいたします。
では十月七日のミーティング始めます。最初には十二月二十五日・日曜日のクリスマス会の企画会議となります。
クリスマス会のプログラムですが、三年前より利用者・スタッフが揃ってお芝居を共同制作して、家族さん及び地域の人々にも楽しんで頂くという趣旨で行っていると聞いております。舘川さん一回目の担当でしたね。私も含めて始めての方もいられるので概要をお願いできませんか?
舘川 はい、わかりました。初回は「寛一・お宮」をベタなコント仕立てで、ただ衣装とメーキャップには凝って、しかもお宮は金髪青年安田君の女装でやりました。衣装は真澄さんのお母さんにお借りし、みんなで作りました。
吉岡 はい、ありがとうございます。
では、二回目は野山さん担当でしたね。お願いします。
野山 はい、二回目は「愛染かつら」を少しミュージカル仕立てで行いました。舞台の下手で紙芝居を無声映画の弁士が語るように進行して、いくつかのエピソードを舞台中央でスタッフと利用者が身振り手振りでお芝居をすると言うカタチでした。後、参加して作り上げているということを感じて頂ければと小道具造りや背景の貼り絵制作など、利用者さんの映像をバックに流しました。
吉岡 はい、ありがとうございます。さて、その流れを組ながらの第三回目なんですが・・・何かアイデアある方挙手してください。じゃあ時計回りに順番に舘川さんからどうぞ・・・
舘川 私は、去年のがすごく面白かったので、題材だけを吟味して、昨年の方式?を踏襲すればいいかなあと思っています。
野山 私は、もっと芝居らしい芝居に挑戦してみたらと思います。
真澄 仮面舞踏会風晩餐会(食レクを中心にしたものです。)
山本 私は、真澄案に賛成。
堂本 朗読劇・・・やっぱり賢治?
安田 映画、映画はどうですか?映画を撮りたいですね。勿論ドキュメンタリーでね。
吉岡 はあい、ありがとうございます。では上崎さんどうぞ。
上崎 私の意見を申し上げます。テーマから言えば、今年は自分史で行きたいと思います。
堂本 自分史?
安田 誰の?
舘川 そんなの劇になるの?
真澄 クリスマス会のテーマとしてはどうかしら?
野山 一人だけフォーカスするの?
 
上崎 はい、今から理由を説明致します。
理由は、久保さんです。ご承知のように一週間前の深夜、吐血されて緊急搬送されました。先程、施設長から電話を頂き進行性の胃癌で、既に他にも転移されている可能性が高くて、もしそうならば余命半年だということです。
舘川 ええ・・・信じられません!
安田 嘘でしょう・・・だってあの日・・・
吉岡 少し食が細ってきたなあと・・・
山本 セカンドオピニオンが必要!
上崎 静かにして下さい。詳細は施設長が帰られたら、詳しい説明があると思います。久保さんは十二月で喜寿になられます。普段から好き勝手を生きて来たからいつ逝ってもいいんだ。そろそろだとも冗談で仰っていました。ただ一つ、心残りがあるとすれば、娘に謝りたい、「これだけは・・・でもなあ・・・」と。
 
   駐車所に車の止まる音がする。
 
吉岡 ああ、帰られましたね。
 
   吉岡がドアに向かい、開けると両手に大きなビニール袋を提げ
   て、スタッフ全員を睥睨するような眼差しで見詰めて、すぐに笑
   って・・・・
 
大塚 はい、お待ち同様夜食です。お寿司・おにぎり・パン・お茶・珈琲適当につまんで下さい。
 
   各々、椅子から立ち上がり中身を吟味しながら手に取り席に戻る
 
大塚 みんな、食べながら聞いてちょうだい。
久保さん。癌で余命半年の宣告を受けたけど、これはあくまで最悪の話で、療養や治療によってはまた違ってくるそうです。ホスピスという選択もあります。また在宅の看取り医と二十四時間の訪問看護によって「月光」で看取るという選択もあります。二十年近く音信不通の娘さんがいますが、居場所はわかっていて、明日、手紙を書きます。 娘さんの意向を一番に考えますが・・・
しばらくは今までと同様に月光で過ごし面倒を看る予定です。来週の金曜日に一端退院されて帰ってこられますので、皆さん宜しくお願いいたします。
でクリスマス会の方はどうなりましたか?
 
   書記の野山が筆記したノートを大塚に見せる
 
大塚 (素早く読み込み・・・)なるほど・・・・自分史ね?主任、話の途中だったわね。 続けて下さい。
上崎 では、続けます。今、施設長からお話があった娘さんをクリスマス会にお呼びして、久保さんの思いを実現させてあげたいのです。娘さんも父が逝くと言う話となれば、耳を傾けて頂けると思います。でも、ただの赦しを得る場にしたくないのです。娘さんに父の生き様を想いをほんとうにわかって頂きたいと考えています。
野山 具体的にどうするんですか?
上崎 それを今から皆さんと話し合って、詰めていきたいと思いますが・・・今年の四月から六月にかけて回想法をベースにした茶話会をしたことを覚えていますか?
安田 あれ、結構面白かったですね。一人が思い出を語ると、それに吊られてその当時の想い出が甦り、連鎖反応起こして不思議な一体感が出てきて良かったですね。
山本 話を引き出すスキルが必要ですね。
上崎 いや、スキルもさることながら信頼感だと思いますし・・・その場の雰囲気も・・・
吉岡 上崎さんのなかではもう、大体出来上がっているのでは・・・違いますか?
上崎 八割方は、でも基本即興的な部分も多いので、そう簡単ではないと考えています。
舘川 回想法をベースにして、インタビューでテーマに誘導していくということですよね。
上崎 人生屏風という手法があります。
 
   上崎立ち上がって白板の前に立つ
 
上崎 では、白板に書いていきますね。
まず一つは、人生屏風(三メートル四方の和紙)を用意します。二つ、インタビュー形式でスタッフの一人が久保さんに尋ねていきます。三つ、インタビューのコアになるのは、誕生・仕事の関わりの事情・結婚・家族の誕生・家族の崩壊・傷病による仕事への断念・一人暮らしで認知症に。市政のソーシャルワーカーの世話によりグループホームへの入居・現在に至る。
これらをすべてではありませんが、キィになる処をお話に沿って和紙に絵を描いていきます。書いて頂くのは福森さんです。幸い福森さんは書だけでなく、絵も描かれます。水墨画ですがあの力量があれば心配いらないと思います。
舘川 なるほど、少しずつ見えてきましたね。
上崎 はい、細部の問題を今から皆さんと話し合って詰めていきたいと思いますが・・・よろしいですか?
全員 勿論!

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