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次の部屋 修行編 Ⅰ

 そこは、水墨画が似つかわしい庵の部屋であった。一輪挿しの竹筒に青紅葉がその庵を照らし出していた。外に出てみると、随分と山々の深い処に分け入った山道を少し入った処で・・・松の枝振りの良い下に庵を結んでいることが分かった。そして翁に出会った。

 翁の身なりは質素な洗い晒しの木綿を作務衣のような感じで着込み、切り株に座り、護摩を焚く小さな祭壇のように細木を組み立てて、焚き火をしていた。 そして僕に声をかけた。
「そこの御仁、よかったらお茶でも飲んで行きなさらんか?」と・・・喉がからからだったので
「ありがとうございます。ではお茶をお願いいたします」
「暫し、待たれよ」 翁はその焚き火の上に八寸程の土鍋を置き、竹筒から水を注ぎいれ た。そして、何袋かの巾着を傍に置き、湯加減を視ながら、野草の葉を、別の巾着か ら取り出しては継ぎ足していった。

今までに出会ったことのない香りがしてくると、小さい柄杓で竹筒に注ぎ、僕に勧めた。
ゆっくりとまず一口を含んで、眼を閉じた。これは、先程の盛られた薬を浄化するためにあるお茶だと直感した。竹筒のお茶を飲み干すと五感が冴えた。

  翁は微笑みを絶やさずぽつりと言った。
「わざわざ、骨の折れる道を選ばれておられるようだな」
「いや、そんなつもりは毛頭ないのですが・・・何故かこうなるので
  す。夢のせいですよねぇ」
「はっははは・・・そうではあるまい。お主の意識が呼び寄せるのだ」
「意識?・・・無意識?・・・・・・・さぁ・・・どうでしょうか?
  僕には・・・・・・」
「どうじゃな、お茶を点てて人々に喜んでもらうということをやってみ
  ないか?」
「お茶を売るのですか?」
「いや、売るのではなく、ただ飲んで頂くのじゃ」
「奉仕のようなものですか?」
「いや、そうではない、お茶の世界に親しみ元気になっていただく。
 それだけのことじゃ」
「生業にはならないのでは・・・」
「行乞(ぎょうこつ)のようでもあるが、不思議なことにお茶を振る舞え
 ば、半数の人が 喜捨してくれる。その日の食い扶持には困らぬ」
「そうですか、う~ん一晩考えさせてください」
「かまわぬ、明日の朝に返事を聞こう」
「はい、ありがとうございます。少し早いですが、眠りたいのですが
 ・・・」
「庵に入って眠られよう」
「儂は、まだまだ起きて居る故・・・」
「はい、ではお先に」

茣蓙を一枚借りて、その上でたちまち眠りに落ちた」薬ではなく疲れからくるものであった。  
                            Ⅱに続く

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