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戯曲 『老いがいのクリスマス』シーン⑥-4「月光」師走・二十五日・十五時『クリスマス会』


回想劇Ⅲ 父一人となる・結いの旅立ち
        父(舘川)結い(吉岡)
 
リュックと旅行鞄に身の回りの物を詰め込んでいる結い。それをなすすべもなくジッと視ている久保
 
久保 どうしても行くのか?
結い ・・・・・・
久保 確かに儂が間違っていた。だが、だがな・・・・・。
結い ちゃんとお母さんのこと、お父さんは私に教えてくれなかった。でも、大体わかるの・・・二人が言い合っていたのを聞いたし、お母さんの夜ごとの独語でね・・・わかるのよ。お母さんが何に苦しんでいたのか。
久保 そうだったのか。
結い お父さんはよく頑張っていたと思う。でもね・・・
一番助けてあげなきゃいけない時に、あなたはよりよって一番安易な選択をしたのよ。最低な選択をね。
久保 見捨てた訳じゃない。一時的に預けないと共倒れにな
ると言われて・・・それもありかなと・・・疲れ切った心が囁いたんだ。「もう、いいよ」って。
結い (呆れた顔をして)「もう、いいよ」か、良い言葉ね。その言葉頂くわ。
 お父さん、長い間ありがとうございました。ほんとうにありがとう。でも「もう、いいよ」
 私、一人で生きてみる。どうなるかわからないけど・・・お父さんが決断した歳に、私もなったのよ。「ワタシは、二十歳だ。でもそれが人生で一番美しい歳だなんてワタシは誰にも言わせない」って確かある小説の言葉だけど・・・障がいのあるあなたを残していく私も薄情な娘だけど・・・ああ、いつかお父さんを許せたら戻るかもしれないけれど・・・躰大事にね。
 じゃぁ・・・(深々と頭を垂れて去って行く結い)
久保 (何度も頷きながら)自分で巻いた種だ・・・だから仕方ないよなぁ・・・
 
久保も下手に去る。再び中央に灯り。少し間をおいて吉岡・久保インタビュー席に戻る
 
吉岡 それから色々あって、この「月光」に来られたのですね。
久保 そうだ。気がついたら此処に居る・・・此処が儂の居場所。此処だけが儂の・・・
吉岡 久保さん、どうですか、最後の劇はご自身で演じてみませんか?久保 どういうこと?
吉岡 お相手役をお連れしました。(客席に向かって合図をする吉岡)
結いさん、どうぞこちらへ 。
 
   小箱を抱えて客席から結いが立ち上がりゆっくりと父の方に向か
   って歩く 途中より小箱の蓋を開ける・・・オルゴールの音色
  「四季の歌」が鳴り響く中、結いと父が向かい合う
 
久保 (少し狼狽えて)結い、結いだと・・・(結いに背中を向ける)
結い (その背中に駆け寄って)お父さん、随分痩せてしまって・・・御免なさい。
久保 お前の顔をちゃんと視るのが辛いから後ろを向いて話すことを許してくれ。それで、お前は立派に生きて来たか?
結い 立派かどうかはわかりませんが・・・人様に迷惑はかけてはいません。私は、看護師になり病院ではなくケアハウスで働いています。
久保 そうか、看護師か・・・儂はてっきり・・・お母さん
のことを引きずってか?
結い それも少しはあるわ、でも私はやはり人の為に何かをしたいんです。
久保 ・・・それは又・・・
結い このことはね、言葉で語ると全部嘘になるの。だから人の為に何か・・・これだけで充分だと思うんだ。
久保 うん、そうだな。その言葉にお前の生き様のすべてがかかっているなら、それが一番良いということだ。儂はお前に赦しを得たいという想いでずっと苦しんでいた。
お父さんはなんだ、呆けてしまった上に、どうも癌らしい。
結い お父さん・・・
久保 今日、こうして自分の生き様を話して、劇にして、絵にして頂き自分がどんな想いで生きて来たのかがよくわかった。こんな生き方しかできなかったが・・・これより他の人生を選べたかと言えば・・・いいやこれで良かった・・・お母さんのことも含めてこれで・・・な、皆さんに感謝。
結い お父さん、こっちを向いて・・・お願い。
 
   久保ゆっくり振り向き結いを見詰めて、二人抱き合う
 
   中央灯りがほのかとなり、上手の人生屏風に灯りが集中する
    藤森が懸命になって筆を動かしている
 
人生屏風 その三
   燿子の死~結いの旅立ち~父は流れ流れて「月光」へ~
   クリスマス会~結いとの再会そして和解
 
   どこからともなく拍手が湧き上がり、次第に大きくなる。
   それを潮に大塚が下手より登場。
 
大塚 はい、みなさんありがとうございます。「久保芳明 我が人生を振りさけみれば・・・」は ご満足して頂けたと存じます。改めて右側をご覧下さい。人生屏風の完成です。この劇の最初から人生屏風を一人で書き上げて頂いた福森愛さんに皆さん拍手をお願いします。
 
   再び、拍手の渦鳴り止まず。それを遮るように大塚両手を広げて
   止めて・・・
 
大塚 福森さん一言お願いします。
福森 はい、無我夢中、力一杯やらせて頂きました。お二人のお役に立てたなら幸せです。こういう場を提供していただいて、ほんとうにありがとうございました。
大塚 それでは、ファイナルプログラム恒例の「歓びの歌」をみなさんと一緒に歌って幕にしたいと思います。神岡先生そして野山さんオルガン演奏を宜しくお願いします。
神岡 はい、わかりました。皆さんお配りした歌詞ノートを見てついてきて下さいね。では、いきます。

   神岡の指揮に合わせてオルガンが鳴り響き全員で歓びの歌を合唱
 
「フロイデ、シェーナー、ゲッターフンケン
トホター アウス エリージウム
ヴィアー ベトレーテン フォイアートゥルンケン
ヒンムリッシェ ダイン ハイリッヒトゥム
ダイネ ツァウバー ビンデン ヴィーダー
ヴァス ディー モーデ ストレング ゲタイルト
アッレ メンシェン ヴェァデン ブリュダー
ヴォー ダイン ザンフター フリューゲル ヴァイルト
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歌が続いていく中、しだいに舞台全体の灯りが細くなりフェイドアウト
      
              幕

※1「よろこびの歌」
晴れたる青空 ただよう雲よ
小鳥は歌えり 林に森に
こころはほがらか よろこびみちて
見かわす われらの明るき笑顔
花さく丘べに いこえる友よ
吹く風さわやか みなぎるひざし
こころは楽しく しあわせあふれ
ひびくは われらのよろこびの歌
※岩佐東一郎作詞・ベートーベン作曲 文部省唱歌
 
※2「四季の歌」
 
一 春を愛する人は 心清き人
 すみれの花のような ぼくの友だち
 
二 夏を愛する人は 心強き人
  岩をくだく波のような ぼくの父親
 
三 秋を愛する人は 心深き人
  愛を語るハイネのような ぼくの恋人
 
四 冬を愛する人は 心広き人
  根雪をとかす大地のような ぼくの母親
 
   昭和五十一年  荒木とよひさ作詞・作曲
 

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