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戯曲 老いがいのクリスマス シーン②

 
シーン② 「月光」正午『お昼時』
 
   リビングルームにて
登場人物:久保・吉岡・上崎
利用者8人男女・スタッフ・ボランティア2人
 
グループホーム月光のリビングが中央に、下手前方がキッチン・上手奥が静養室。利用者は、お昼ご飯を食べている。久保が大声を上げる。早出スタッフの吉岡はとまどいながら久保の席へと向かう。
遅出スタッフ山本と食器洗いで来ているボランティアの二人は久保と吉川を注視している。
 
久保 一体、いつ迄待たすのかな?儂の昼飯は、犬のお預けか?堪忍袋
  の緒が切れるよ。早くさぁ持って来て下さい。
吉岡 久保さんしっかりして下さい。先程腹減ったって言って、いの一
 番にぺろりと食べたじゃありませんか。
久保 好い加減なことを言いますね。私は食べていませんよ。その証拠
 に私の前には膳がない。
吉岡(少し言い淀んで)それは・・・久保さんが食べ終わったから私が
 お膳を下げたのよ。
久保 いや、それはない。それなら私のお腹は満たされているはずだ。
吉岡(ちょとつまって、振り切るように)久保さんは口が卑しいだけ
 よ。
久保 何だと、お前赦さん!
 
   久保立ち上がって吉川の方へにじり寄る
 
吉岡 きゃぁ!
 
   逃げだす吉岡を久保が追いかけ回す。巧みに逃げる吉岡。
   そこに下手より上崎が止めに入る。
 
上崎 落ち着いて下さい、久保さん、どうしました。
久保 どうもこうもあるもんか! 儂に昼飯出さないんだ・・・この女
 は!
上崎 お腹減りましたね。もうとっくに十二時回っていますものね。
 久保さんちょっと良い処行きましょう。
久保 良いとこ?儂を騙すんじゃないんだろうなぁ。
上崎 勿論、さあ行きましょう(久保の腕を優しく掴んで、舞台上手奥
 の休息室へ連れて行く)
久保 何だ、休息室じゃないか・・・あんた迄俺を馬鹿にするのか。
上崎 そうじゃありません。お昼ご飯のことすみません。多分吉岡が忘
 れたんだと思います。彼女、此処へ来てまだ、日が浅くて他の現場経
 験も少ないんです。どうか赦してやって下さい。(頭を下げる)
久保 ・・・・・そう言われると、こっちは何にも言えなくなるなあ
 ・・・
上崎 五分待っていて下さい。すぐにお昼ご飯持ってきますから。
久保 へぇー五分でね。良いでしょう。待ちましょう。
 (早足で部屋を出てリビングの下手前方のキッチンに向かう上崎)
上崎 吉岡さん、こっち来て。(冷蔵庫から卵二つと冷凍のご飯を取り
 出す)
吉岡(おずおずと近寄ってきて頭を下げながら)すみませんでした。
上崎 前も言ったよね。久保さんは食べるのが早いから膳は一番後に下
 げるって。ちゃんとメモして覚えておいて下さいね。頼みますよ。
   それから、一番大切なこと利用者さんの話を否定しない。まずちゃん
 と聴いてあげる。習ったでしょう。何処で資格取ったの?Nじゃなか
 った。だったらもう少しちゃんとしないといけないね。
 はい、僕が今から出し巻き作りますから、冷凍のご飯をチンして、中
 に梅干しと昆布のおむすび2個作って下さい。
 (卵を割ってだし巻き用のフライパンに油を引いてだし巻きを作り出
  す)
吉岡 あっ、みそ汁少しだけ残っています。
上崎 よし、それじゃ、あとみそ汁少し煮詰まっている筈だから少しお
 酒と味醂とお湯を足して下さい。お結びは塩少なめで握って、一つは
 海苔巻いて、ひとつは胡麻まぶして・・・青いお皿出して。
(だし巻きを皿にのせ、吉川が握ったお結びを二つ別の皿にのせて)
 はい、だし巻き定食一丁上がり、すぐに熱いお茶を持ってきてね。
 
   出来た食事を、お盆に載せて、リビングを横切り休息室へ運ぶ。

久保は、ベッドで横たわって、天井を見詰めている。
 
上崎 お待ち同様です。お昼ご飯です。
久保(ゆっくり起き上がって、しみじみとお盆を見詰める)ありがとう
 よ。あんたは優しいね。私がご飯を食べたのを知っていながらこうし
 て作って来てくれる。いや、さっき迄はほんとうに食ってないと思っ
 ていたんだが、ベッドに横たわって天井を見ていると、不思議なこと
 に思い出したんだよ・・・焼きそば食べたなぁって、こんなことって
 あるんだね。いや申し訳ない。とは言っても小腹が空いてはいるんだ
 が・・・
上崎 ああ、焼きそばは食べている時はお腹膨れるんですが、時間経つ
 とすぐに空腹覚えますよ。じゃぁ、二人で半分っこしましょう。
 おにぎりはどちらが良いですか?
久保 半分っこか・・・ふ~んいい響きだね。やっぱりなんだな海苔巻
 きの方を貰いましょう、いいかな。
上崎 いいですよ。じゃ、僕は胡麻で、だし巻きは二つずつで、みそ汁
 はどうぞ飲んで下さい。
久保 (味噌汁を一口にすすって)おお、こりゃ美味しい味噌汁だ。
上崎 (久保の表情をじっと視て)一つお願いがあるんですけど、聞い
 てくれませんか?
久保 何だよ、薮から棒に・・・お願い?
上崎 クリスマス会、利用者さんとスタッフでお芝居するんです。
久保(関係ないとばかりにお結びを頬ばる)・・・お芝居ねぇ。面白そ
 うだけど。
上崎 それで、是非出て頂きたいんですよ、久保さんに。
久保(自分を指差して)俺?・・・俺が、お芝居に、からかっちゃいけ
 ないなあ。そんな柄じゃない、ない。
上崎 いいえ、真面目な話ですよ。
久保(小首をかしげて)真面目か・・・(考え込んでから)で何をすれ
 ばいいんだ。
上崎 ええ、簡単です。自分の人生を振り返ってその中で一番楽しかっ
 た事、あるいはこれだけは話しておきたいなみたいなことを、話して
    下さればそれでいいのです。
久保 私の人生の中で一番楽しかった事を話せば良いってか?
 
   沈黙。そこに、お茶を持って吉岡がカーテンの先から声をかける
 
吉岡 遅くなってごめんなさい。久保さんお茶をどうぞ、先程は失礼し
 ました。
久保(笑顔で)いやなに、こっちこそ迷惑かけたな、ごめんなさいはこ
 っちだ。
吉岡(ほっとして)はい、いいえ、ではまた、レクの時によろしくお願
 いします。
久保 おお、わかったよ。後でよろしくなぁ。
 
吉岡 リビングに戻る。
 
久保 少し時間をくれないか。自分の人生を、振り返る何て、想いもつ
 かないことだからなぁ。
上崎 はい。じっくりお考え下さい。お返事待っています。いや、美味
 しいお結びでしたね。 吉岡が握ったんですよ。
久保 全く。ほんとういうと、あの娘を少し買っているんだがね。なん
 と言っても若い、明るい。心が晴れ晴れするよ。(二人笑う)

    暗転

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