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言語を考えるー「ポライトネスによる会話の長文化」③

 英語のポライトネスでも同じ事象が起こると考えられる。例えばPlease read my report.は「レポートを見てください」だが、ポライトネスによって相手に選択肢を与えればCan you read my report? または、より丁寧なCould you read my report?になる。さらにWould you please read my report? さらには、Would you please read my report if possible?と長文化していくのである。これに関連する話としてBrown & Levinson(1987)は、英語の場合、縮約や省略によって、通常はネガティブ・ポライトネスを表す慣習的な間接依頼表現でさえもポジティブ・ポライトネスへと性質が変わって使われる事象があることを説明しているのは興味深い。特に英語のニックネームについて、多くの場合、単純に元の名前を縮約することで親しみを込めた呼び方になると指摘している。ただ、こうした縮約や省略の真意が相手に正しく理解されるためには、それを可能にする共通知識を持っているという信頼関係があることが前提として挙げられている。

 ポライトネスによって会話文が長文化するのは、相手のフェイスを「配慮」したり、相手に「選択肢」を与えたりすることが大いに影響していると考えられる。「配慮」や「選択肢」といった意味合いを表現する語彙が加わっていくことで文章が長くなっていくのである。ポライトネスは相手との距離感についての言語理論であるが、会話文が長くなることが、結果として自分と相手との距離を長くすることにつながっていると言える。つまり「配慮」という精神的な距離感が会話文の長さという物理的な事象になるということである。自分にとって極めて近い存在で、「配慮」や「選択肢」を考えたり、与えたりする必要がない、いわゆる“気の置けない”相手であれば「見て」だけで話が済んでしまうということが、端的にそのことを表しているのではないだろうか。(終)

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