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言語を考えるー「ポライトネスによる会話の長文化」①

 ポライトネス(politeness)とは、会話の参加者がお互いのフェイス(face)を侵さないために行なう言語的配慮のことである。Brown & Levinson (1978/ 1987) によって「ポライトネス理論」として提唱された。ここでいうフェイスとは日本語でいう「顔」であり、「相手の顔を立てる」で使われている「顔」である。つまり「面目」や「面子」という自分の立場を示すものと考えられる。このフェイスには2つの側面がある。一つは積極的なフェイス(positive face)と消極的なフェイス(negative face)である。積極的なフェイスは「人から好かれたい、認められたい、評価されたい」という気持ちである。この場合のベクトルは人に近づく方に向かっている。つまり「連帯」の願望が働く。一方、消極的なフェイスは「人に邪魔されたくない、押し付けられたくない、行動を制限されたくない」という気持ちで、人から離れたいという方に向かっている。いわば「独立」の願望が働く。どちらのフェイスかによって、会話における相手との距離感が違ってくると考えられる。
 人が会話でポライトネスに気を遣うのは何故なのか。それは相手との良好な人間関係を持ちたいという欲求からである。ポライトネスの定義は、簡単に言えば、人間関係を円滑にするための言語ストラテジーであるという捉え方がある。(宇佐美まゆみ,2002)言語によって人間関係を円滑にするというのはどういうことなのだろうか。導入部分の例文「見てください」で考察をしてみる。「見てください」と言われたら、多くお場合、相手は「はい」か「いいえ」のどちらかで答えなければならないだろう。「ちょっと考えさせてください」とは言いにくい。では、「見ていただけますか」と言われたら、どうだろうか。この言い方も相手には「はい」か「いいえ」のどちらかの答えを求めているニュアンスが強い。これが「見ていただけませんでしょうか」になるとどうだろうか。この場合「いただけません」という否定表現が入っている。つまり、相手には断るというという選択肢を示したうえで頼んでいる表現だと考えることができる。また断らないまでも、見るという行為までに時間的な猶予を与えているようにも受け取れる。「今は学会の準備が忙しいので、それが終わってからでもいいでしょうか」といったように、相手は少し時間をもらえるのなら見ることはできる、という答え方も可能になると考えられる。このように相手のフェイスを侵さないというポライトネスが働くことによって「見てください」という言い方は形を変えていくのである。(続く)

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