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【おとなとこども3】寺村輝夫先生の「童話の書き方」がめちゃくちゃ良かった……

おはなしを書きたいなあという気持ちは小学生の頃から持っていて
ちょっとしたきっかけがあったので、書いてみたのです。
小学3・4年生くらい向けのお話。
生まれてはじめて物語をちゃんと書ききることができた達成感に酔いしれて(1万5000字書き上げた爽快感!)そこそこ満足していたのだけど
やっぱりリライトしないとな、と思って、読み返してみたんです。


そしたら、そしたら


本当に、くそつまんなくて びっくりした。


読み返した時のわたしの絶望といったら。
酷いものを書いてしまったと。書いてるときは自分の中でけっこうおもしろい話だったのに、もう、お話として、読めたもんじゃない。

こども向けの雑誌は作っているけど、あくまで事実・ファクトをベースに子どもにどう伝えるか、どう絵で見せるか、みたいなことばかりしていたので、シナリオとか物語の作り方にちゃんと向き合ったことがなかったと本当に思い知りました。物語は、作家さんに書いてもらうことはあっても、自分で書いたことはなかった。それなのに書ける気になってた自分ほんと馬鹿野郎。

シナリオってなんだろう、物語ってなんだろうというのが最近のわたしの勉強テーマになっています。

いろいろ資料を探していて、寺村輝夫先生のかいた「童話の書き方」という本を見つけました。

わたしの中身は低学年時代は寺村輝夫先生、中学年時代は那須正幹先生、高学年時代は村山早紀先生の物語によって作られたと思っている。なぜわたしは寺村先生の物語、わかったさんシリーズや、かいぞくポケットシリーズが好きだったんだろう。そこにヒントがあるに違いない。

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さっき読み終わって、本当に読んで良かったという気持ちにあふれて、その気持ちのままこれを書いています。

この本に書かれていたのは、シナリオの書き方より以前に、「おとなとしてこどもとどう向き合うか」というテーマでした。

おとなとこどもは、同じ人間であり
欠陥のあるものどおし。
おとなだからすばらしいわけじゃない。なんでも教えられるわけじゃないということを理解して
徹底的にこどもの目からみた世界を描く。
だからこそこどもはそこに共感し、結果的に学ぶのだ。
おとなもこどもと一緒に考え、悲しみ、喜び、乗り越えていくというスタンスが
童話の生命である。


これが、わたしの理解した寺村先生からのメッセージ。(引用ではなくわたしのことばでわたしの感じたことを書き換えています)
多くのおとなに対して、寺村先生の怒りのエネルギーみたいなものすら感じました。

おとなよ、奢るな。媚びるな。
と言われているような気がしました。

(あくまでわたしの解釈です)



こどものころのわたしは、寺村輝夫のおはなしが大好きで、たくさん感想文も書きました。おとなの都合や価値観を、押しつけられなかったから。だから好きだった。

おとなの都合からこどもは学ばない。
おとなの都合で語るおとなのことを、こどもはすきにはならない。
すきから学ぶのはおとなもこどもも一緒である。
童話をつくることに限らず、このスタンスでこどもに関わっていきたい。
編集者としても、ひとりのこどもの親としても。

はじめてかいたお話がくそつまらんかったおかげで、
自分の、こどもと関わる者としての立脚点がクリアになりました。



==以下はこの本を読んでのわたしのトピックメモ==

■<何>をいいたいか、<何>を書きたいがないまま、言葉遣いだけ童話っぽく子どもむけにふわふわさせたって伝わらない!!
(お空、お星様、お月様、なんでもかんでも”お”をつけて大人が感傷に浸ってはダメ)

■生活観の欠如したご都合主義では伝わらない!!
(雨が降ると必ず虹が出るって何。朝目覚めるとお台所からトントン包丁の音がしてお味噌汁の匂いって何。味噌汁の匂いくらいで目は覚めねえわ!)

■童話のなかでなぜいつも大人は子どもに優しく手を差し伸べるのか!?なぜいい大人ぶるのか!?そんなのこどもにとってリアルじゃない。
(子どもは大人をそんなふうにみていない。叱る原因も自己都合だったり、寝坊した時に言い訳もするし、スーパーで安いものを必死に探したりもする。そんな大人の日常を子どもはきちんと知っている)

■おとなはこどもを「欠陥人間」だと思いすぎ。一方で子どもの姿に勝手に<真・善・美>を見出そうとする。
(自分だって欠陥人間のくせに、こどもには”教育”をしたがるのは何。そしてこどもの心には素敵な空想世界が広がってると勝手に幻想を抱いたりいい子像を無意識におしつけたりもしているのだ)

■”童話だから”を理由に、必然性のないことは書くな。リアリスティックな目があるからこそ、空想に説得力が出る。
(結末美談ありきのご都合主義の展開や設定、都合の悪いところは無視したり勝手に書き換わったりするとリアリティなくなって何にも響かないのだ)

■主人公を大人の目で優しく見守りながら将棋のコマのように動かしていてもしらけるだけ。
(気をつけているつもりでも、本当に意識しないといつのまにかそういうふうになってしまうことってある、だからしっかりからだにこの意識を染み込ませないとこどものお話は書けないのだな)

※作品の例をたくさん引用しながら、スタンス的なことだけでなく、人物の描き方、舞台の作り方、文章表現のコツ、擬音や文体の使い分け方など技術的なことも具体的に書かれていました。ほんと勉強になった。寺村先生、惜しみなく種明かしをしてくださって本当にありがとうございます……なんて尊い本なんだ……

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