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体と心(気持ち)を今現在にとどめながら「いつもひとつ」になって生きるということ…

ノートの一頁を開いてくださり、有難うございます。

昨日は東京のヨガスタジオで綿本彰先生の瞑想ヨガのクラスに参加してきました。

綿本先生のヨガを受けて体感したのが、
このページのタイトルとここに記すものです。

綿本先生のインストラクションは穏やかな抑揚と気持ちを落ち着かせてくれる声のバイブレーションが心地よくて、テクニックだけではなく、熟知するほど人生を通して学ばれてきた、引き出される言葉の数々は私の骨の髄までまで届き、綿本先生の言葉に委ねていたら、
私。
涙を流していました。


私の体の見えない部分には、こんなにも奥深い命の神秘が在ってくれたんだと想像出来て。

『身体さん、私にあなたを貸してくれてありがとう』そんな気持ちになったのです。

なんて貴いのだろうか…。

私の意識は完全に霊(たましい)と一致していて、アーサナを取りながら体という存在に初めて出会った(初めて身体を認識した)そんな感覚を、たくさん体感しました。

きっと私たちはこんなふうに進化を遂げてきたのだろう。

生まれたばかりの命が、
音が聴こえるようになって、反応するようになって、自分という存在に気づいて、
いろいろなものが見えて好奇心が芽生えて

あれ、なんか動くぞ!!と体があると発見して、もっと自由に過ごしたくて、寝返り打ってみたくなって、移動してみたくなってはいはいして、外側の刺激が面白くなって歩き始めて…

あれ、私に似てるけどちょっと違う誰かがいるぞ、って他者に興味を示して、自我が芽生える。

こういうひとつ、ひとつ
体験を通して学んだことが私たち一人ひとりの身体にちゃんと存在しているはず。

綿本先生も仰っていました。
『目的を達成するためにとか、結果重視ではなく、そのプロセスで生まれることを感じて、良いとか良くないとかを判断するのではなく、その全てをそのまま感じて
受け入れる』と。
(私の言葉で表してるので実際の表現は少し違っています)

私も経験してきた人間の進化。
それを思い出しました。

最近の私、
エゴが強くなって、体を心の都合でコントロール(操作)してきたな。

気持ちで動かそうとしなくても、
焦らずに体が反応するのを待っていたら
アーサナってね、すっごくいきいきする。

でも、気持ちも頑張りたかったんだよね。
それを身体ちゃんも感じていたから頑張ってくれていたんだね。
ついて来てくれた身体ちゃんに感謝だね。

今。
心寄り(心の味方)になっていた「私」という軸がもう一度偏りのない部分(中心)に戻ろうとしはじめている。

今日は、背骨がすっごくゴリゴリしていて、動かし辛いから、今日は身体ちゃんの味方になっちゃおう☺️
そして痛みが癒えたらまた中立に戻していくね。


コントロールのない
ありのままの世界で生きていこう。

ヨーガ=結ぶ。繋ぐ。

ちゃーんと一致させよう。


最後まで読んでくださり、心より感謝申し上げます。

P.S.

いづみという人間はとっても繊細な感性を持つ人。


先生の誘導が素晴らしいのはもちろんだけどさ、よくここまで感じたね(笑)

貴女のことを大切にするね。

身体貸してくれてありがとう。

いろいろ教えてね。

これからも一緒に息を合わせていこうね。

よろしくね😉

有難う。

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