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第9回「下田市空き家バンクが、ついに市のホームページに公開!」

 僕の空き家探しが始まって一ヶ月が経った。

 数年前に、下田市では空き家調査が行われており、持ち主の氏名や所在地を確認できている物件が500軒もあった。そのうちで、外観写真から使用できそうなものを選んで、市の担当者が所有者のみなさんに案内を出した。

 市内在住者より、市外在住者のほうが圧倒的に多かった。

 これは第一に、下田の持つ特異性がある。昭和四十年代の国内レジャーブームの折に、温泉と海水浴という、当時では人気のコンテンツを持っていたこの町には、大勢の観光客が来ただけでなく、この町を気に入った観光客が別荘を建てたのである。

 この傾向は、別荘地内だけでなく、住宅街にも及び、人口が2万人余の町にしては、住宅軒数も多いのではないかという想像が容易につこうというものだ。

 第二に、この町で育っても、都市部へ出ていく人が多かった。僕のふるさとである愛知県の岡崎市では、同級生がほとんど地元にいるのに、下田では、ほとんどが出ていってしまっているらしい。そこで、そうした人たちが、帰らないまま、都会で家を持つに至って、実家が空き家となっているのであった。

 この二つのパターンの方々が、市役所からの手紙や、何らかの情報を知って空き家バンク登録の申し出があり、合計が7件になったところで、市役所では「下田市空き家バンク」としてホームページ内に公開することになったのである。

「岡崎さん、頑張って空き家を掘り出してくれたのは良かったですけど、これで入居希望者が出てこなかったら、どうするんですか?」

 担当のA見くんは不安を隠せない。

「空き家だらけで、引き取り手がいなければ、空き家バンク制度なんて、無用の長物になってしまいますからね。実際、市内の不動産屋さんの物件は、ひどいデフレ状態で、全くと言っていいくらい動かないんです」

「不動産屋さんの物件は、アパートにしてもそうだけど、どうも値段が実勢には合ってないような気がするけどな。動かないのに、高止まりしたままのような値段だろ。だから余計に動かない」

 ただそこには、日本の不動産屋が抱える独特の事情があった。

 日本は戦後、焼け野原から始まった。

 新憲法が制定され、新しい法律が続々と生まれた。宅建業法が生まれたのも昭和二十七年のことである。

 そして高度経済成長を迎えるにあたって、新築の一軒家を建てることが、多くの人の人生の目標の一つになったのだ。

 僕はヨーロッパを旅して、いかに日本の新築信仰が、世界標準でないのかを知った。古い建物が多いヨーロッパでは、古い石造りの建物に、何世代にも渡って暮らしている所も多いのだ。しかもその時代にあったリフォームをするので、外観は古めかしくても、内装はモダンで最新式だったりする。

 家とは、なにも新築一軒家が夢とばかりも言えないのではないか。

 下田市と姉妹都市関係を結んでいるアメリカ東部の古い町、ニューポート(ペリー提督の故郷)に行ってみると、港近くの旧市街には、百五十年以上前に建てられた小さな木造家屋が軒を連ねている一角がある。値段を聞いてみると、ビックリで、なんと一億円を超えるような家がざらにあるのだ。新築の一軒家よりはるかに高い。

「アメリカは歴史的建造物を重んじるんだよ。だから値段も高くなるんだ」

 地元の人に説明されて、うなずいたものだが、日本人を含めて、アジア人には理解しにくい現象だった。

 中国などは最たるものだと思うが、アジアでは、古いものは打ち壊し、どんどん新しくすることに邁進する傾向がある。

 そんなアジア文化の中では、よほどのことでもない限り、古い建物など、時間が経つにしたがって、価値が低くなる一方である。日本では、ここに法律で定められた不動産取引手数料を当てはめることになる。

【依頼者の一方から受領できる報酬額】
○取引額200万円以下の金額 取引額の5%以内
○取引額200万円を超え400万円以下の金額 取引額の4%以内
○取引額400万円を超える金額 取引額の3%以内

 不動産屋さんは、こうした手数料を売主買主の双方から受け取れるのだが、古くて、安くなった場合、手数料も当然安くなり、100万円の家ならば、合計で10万円の手数料にしかならない。

 古い物件は、当然あちこち傷みもあろうから、重要事項としての説明も多く、安い物件を扱えば扱うほど、人件費ばかりがかさみ、赤字になってしまいかねない法制度になっている。

 こうした事情から、日本では、日本中に空き家があふれる現実に押しつぶされそうになっているのだ。

 そこで、下田市では、不動産屋さんが扱えないような物件に限って、仲介ではなく、あくまで所有者と買主、借主のマッチングというかたちで、空き家物件を再活用しようと動き出したわけである。手数料は無料、NPO法人には、下田市から業務委託料が支払われる仕組みだ。

 10月初旬、売買、賃貸併せて7物件がホームページ上にアップされた。

 果たして、利用希望者はいるのだろうか?

 担当のA見くんは、どうやら眠れぬ夜を送っているらしかった。(つづく)

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