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第49回「あなたの人生にとって、大切なものはなんですか?~移住希望者急増の現実」

 5月の末に緊急事態宣言が解除されてから、移住希望者の相談が目に見えて増えてきている。その数は、おおよそ昨年の3倍にも上る。

 昨日行われた静岡県のふれあい事業による、オンライン移住相談会でも、4組のご相談を引き受けた。

 移住政策を担当してきている下田市のAくんも、時代の流れの大きな変化を、肌で感じるという。

「2、3年前とはまったく様子が違うますよね。以前は、物見遊山というか、地方移住もいいかなっていう、漠然とした相談が多かったですが、このところは、相談が具体的になっていますね」

 すでに何度も現地に足を運んで、自分でも調べて、考えた上で、実現性を目指す人が増えているのだ。

「これまでは、間口をできるだけ広くして、多くの人に関心を持ってもらうようにしていました。この前、県の担当者と話したんですが、今までのような、間口を広げたままの相談ですと、正直、物理的に対応できなくなっているんで、今後は、移住実現性の高い人の相談に絞っていかないと、と話し合ったところです」

 地方移住に向かって、大きな流れができており、それが現場サイドでははっきりと見えているのだ。

「だからどうか、昔は、こちらの対応にクレームをぶつけてくる人がそこそこいましたが、最近は、そんな人はグッと減りました」

 地方の対応が悪いから、地方移住が促進されないのではないのか。そんなことだから地方はダメなんだ──。

 まるで都会人のほうがエラいとばかりに、地方をルックダウン(見下し)の対象にする、そんな輩が一定の割合で移住相談では幅を利かせていたらしい。

 僕は役人ではなく、民間人なので、いくらNPOでもそんな輩が来たら、門前払いを食らわすところだが、今の所、そんな人は現れていない。

 だったら、どんどん地方移住が加速するのかと思いがちだが、現実はそう簡単ではない。

 これまで地方→都会の流れの中で、システムが構築されている。学校、就職、住居、アルバイト先、就職……暮らしに必要なすべてのことが、地方から都会に出てくる人のために、セッティングされており、しかも昨今はデジタル化の中で、ネットで運用されはじめている。

 ところが地方では、そもそもアウトプット一辺倒だったので、都会から人を受け入れる仕組みが不十分なままなのだ。

 空き家はあっても、不動産取引する習慣がなく、家父長制の名残をそのままに、固まっている状態である。だからすでに不動産物件も含めて、空き家バンクもそうだが、出てきたものから成約へと進み、品薄状態となっている。

 就職もハローワークだけが頼りで、民間の就職・アルバイト情報は立ち遅れたままである。経費のロスを考えると、不動産でも求人でも、ネット化導入になかなか進みにくい環境でもあるのだ。

 1年間、空き家バンク事業と、移住・交流事業を行ってきて、新しい人を受け入れる地方のシステムの脆弱ぶりが見えてきた。

 しかし、そうしたシステムは、デジタル化されていないだけではないかと、最近わかってきたところだ。

 先月も海で働きたい移住希望者がいて、とても真剣なので、漁協の幹部に相談すると、こういう話だったのだ。

「おめえ、こっちは人手不足さ。遊漁船でも、天草漁でも、そういやあ、漁協でも足りねえなあ。おめえっち、男でも女でも、構わねえから、元気なやつだったら採用するぜ」

 というわけで、トントン拍子に話は進み、結果はまだ出ていないものの、その移住希望者は、希望する世界へのチケットを手に入れたのである。

 土建業を営む友人も人が足りないという。魚の仲卸や自動車学校や、新聞販売店や介護施設は当然のこと人が足りない。

 こうした情報が、徐々に僕のもとに、アナログで集まってくるようになっている。

「オメエッチのところにゃ、移住者が集まっているらしいっじゃねえか。だったら、紹介してくれよ」

 空き家バンクでもアナログで空き家物件が出てくる。紹介の紹介の紹介のようなことが、ポツリポツリと動き始めている。

 なるほどNPOの仕事は、ネットで入ってきた移住希望者に、アナログで現場とつなげることなのだろう。

 だから昨日のオンライン相談会でも、具体的な話に終止した。

 地方では季節労働が普通であること、ダブルワークは当たり前なこと、人づてが、何より大きな情報力となり、また暮らしていくのに不可欠な助けにもなること。そんな中で、空間があるので、ソーシャルディスタンスは普通にあり、都会人に対する差別も大してないこと。

 相談者と話していると、いつしか地方に対するルックダウンが、消えていることに気がついた。そもそも移住希望する人たちにとって、地方は憧れの暮らしの実現化させる地なのである。

「あなたの人生にとって、大切なものはなんですか? もしその大切なものが、ここにあると感じたならば、すぐに移住していらっしゃい。市も僕たちNPOも、そして近所の人達も、あなたやあなたの家族をお支えしますよ」

 都市信仰の時代から、地方移住が、新しい時代のトレンドになるかもしれない。

 いや、価値は多様であっていい、ということである。

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