十年前の5月の記憶から9月スタートを考える


大好きな新緑の5月が、こんなことになっている。

初めてのnoteへの投稿は、9月入学について書いてみたいと思っていた。
…というより、来年度のスタートを9月に揃える、ということについて。

中学校で11年間、小学校で22年間教員をしてきて、日本の新年度のスタートは桜の季節の4月、と思い込んでいたけれど
もし9月にしたらどうなるんだろう?と考えてみた時、義務教育でもメリットが次々に浮かんできて驚いた。

9月は夏休み明けで残暑も厳しい時期。自死も問題になっている。
でも、9月からが新年度になれば、夏休みを思う存分楽しみ、新生活への期待を胸に9月を迎え、ゆったりスタートすることができる。
そして3月4月は、快適な気候の中で勉学やスポーツに勤しむ「学びの春」になり、秋の諸行事の集中を緩和することができる。満開の桜の下での運動会や修学旅行も実現するかもしれない。
学年末学年始の膨大な仕事は夏季休業中にできるとなれば、教員の働き方改革にもつながるのではないのか。

一ヶ月くらい前から、この考えをいろいろな人に熱く語っていたけれど、宮城県知事の発言あたりから実現の可能性が出てきたから、とりあえずもう一市民が頑張る必要はないのだろう、と最近は思っていた。

でも、今日、以前書いていたブログを読み返していた時、十年前の5月の記事が目に留まり、急に涙がこぼれ出した。

高校3年生だった娘の、学校祭の記事だ。

吹奏楽部と書道部に在籍していた娘の文化祭。
ステージでの吹奏楽部の演奏曲紹介のMC、大きな書道の作品の展示、
クラスの模擬店、おそろいの赤いTシャツ。
体育祭の学ラン姿での応援や、リレーでの力走、級友への声援と涙…。

喜びや 笑いや 楽しさや
つらさや さびしさや 悲しみの涙や
17歳のいろんな瞬間を近くで感じながら
それを支えてくれている友達、仲間、先生方に感謝しつつ
何よりもこの子の親になれたことに感謝した、あの頃の記憶。

まぶしいくらいの、きらめく若葉のような青春の輝き。

不意に蘇ってきたあの日の光景とともに

十年後、高校3年生として今を過ごしている17歳たちを思ったら
あまりにも辛くなって、苦しくなって、
絶対になんとかしてほしい!って、書かずにはいられなくなった。

帰宅した娘に聞いてみた。
もし、十年前にこういうことになっていたら、…どう思ってただろう。

娘はきっぱりと言った。
「なんとかしてもう1年やり直したい、って思うよね。」

そうだよね。
オンラインで詰め込んで勉強の遅れを取り戻せばそれでいい訳ではない。

かけがえのない高校生活を、みずみずしい感性で過ごす時間を
数字にも表れないし、目にも見えないけれど、
それを大切にできる価値観こそ、これからの世の中に求められているのではないか。
温かな気持ちで、若い人を応援していける大人でありたいし、そういう人たちと繋がっていきたい。

noteでの初投稿、自己紹介を兼ねて。







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