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下町の「シニセ」と「シニテ」

何年か前、イベント帰りに友だちと何か食べて帰ろうと、中央線沿線の駅前で中華屋に入った。古いのれんに赤い椅子の典型的な町中華。明るくて清潔で、初老のご夫婦が立ち働き、奥には団体客もいる。はずれるわけないだろう! これはおいしいに決まっている。わーいわーい。

私はラーメン、彼女は餃子定食を頼んで食べ始めた。数分後、お互いがどんどん無口になっていくことに気づき、相手の箸のはこびをちら見するようになり、なんとなく気まずいまま店を出た。
「ねえ、いづみちゃん。。。。。どうだった?」「うん、○○ちゃんは?」「私、餃子ってどんなところで食べても絶対はずれないと思ってきたけど、たぶん人生で食べた中で一番おいしくない餃子だった。。。」「「あ、よかった。私も人生で食べた中で一番残念なラーメンだった。。。。」

それで思い出したのは、店を切り盛りしているご夫婦の年齢だ。おそらく80歳近いのではないか。昔ながらの常連さんらしき団体がいたけれど、ご亭主はそのまわりをうろついているだけで、料理を作るのも運ぶのも、奥さん(というより、おばあちゃんと言うほうが近い)のほうだった。
おそらく若い頃に夫婦でこの地に店を出し、ずっと切り盛りしてきたのだと思う。加齢と共に、料理がアカンことになっていくのだけれど、「一生料理人」の気概で店を維持していく。そんなお店が、日本は山ほどあるのだと思う。

下町に越してきた時、まわりに多くの老舗があることに、東京の西生まれの私はときめいた。
いや、浅草や日本橋に行けば、江戸時代から脈々と続く「老舗」がある。でも、そもそも町の歴史が浅い地生まれの私には、50年続いていれば立派な「老舗」なのだ。中でも特に「下町の洋食」というカテゴリーの発掘にやっきになった。ハンバーグにオムライス、ナポリタンにえびフライ。
そういう店は、私が生まれ育った町にはなかった。本当に、まったく、なかったのだ。たぶん、新しい住宅地ではハンバーグやオムライスはみな家で作るんだろう。だから、家では作らないような料理を出す店しか続かなかった。
そうしてかろうじて続いた個人の店も、やがてファミリーレストランやチェーン店に駆逐されていった。

だから、色めきだった。浅草のど真ん中の観光地にあるような店ではなく、根岸や千束、三ノ輪あたりの路地に忽然と姿を表す洋食屋や町中華がいい。気取らない、安い、そして奇を衒わない。

おいしいに決まっているじゃないか!



はて。

数軒回っているうちに、私と家人の様子が、冒頭の友だちとの様子と酷似していることに気づきだす。
徐々に、無口になる。
店を出てから、おそるおそる「ねえ、どうだった?」と聞き合う。

テレビに多く出ていて、壁には芸能人のサインが山と張られている超有名店でわくわくしながらオムライスを頼んで、出てきた皿を見て「私が大失敗したときのオムライス」と思わず口に出してしまったこともある。いや、形は悪くても味がいいんだよ、と食べ始めた家人は、徐々に無表情になり、そういう料理にそこそこのお支払いをして帰る。
そんなことが起こる。

共通しているのが、「料理人さんがご高齢」で「夫婦で切り盛り」のように思う。

私たちはやがて、その手のお店を「シニセ」ではなく、申し訳ないのだけれど「シニテ」と呼ぶようになった。批判しているのではない。元の漢字を書いたらなんだか切なくなったので、なぜシニテなのかは推測して欲しい。こういう店が今の日本には結構存在しているのではないか。
もしかしたらもっと素敵なネーミングがあるように思う。誰か、いいのを考えてくれまいか。

高度成長期に夫婦で店を出し、たくさん働いて評価を得て町に根付いた。そのまま年を重ね、子供たちは店を継ぐことなく家を出ていき、店を改装して拡大したり、メニューを見直すこともあまりなく、頑張って生み出したおのれの味を夫婦で守り続けてきた。
やがて高齢になり、さまざまな対応力と体力が低下し、どことなく料理は往年の輝きを失いはじめ、それでもこれまでの評判で客は訪れ、そのまま営業を続けている。

自営業で年金も少ないから勇退するわけにもいかず、ずっと働く。もしくは、料理人の矜持で「倒れるまで働く」と続けていく。
そうして「卵が固くかたまって崩れたオムライス」でも、店は続いていく。


このあたりを自転車で走っていると、店の扉に
「体調が悪いのでしばらく休みます」
「店主怪我のため休業します」
といった張り紙がされ

やがてその張り紙さえ取り去られ

すすけた食品サンプルが並んでいたウィンドウに板が張られて

ああ、お辞めになるんだなあ、

などと思いながらしみじみした気持ちになったりすることが
本当に

よくあるんである。


ちょっと、日本の縮図だなあなんて思う。


そういうしみじみと思いを馳せるお店もいいし、おいしくて素敵な老舗もたくさんたくさんあるのよ。

下の写真は、浅草六区の「リスボン」。
「老舗」です。おいしくて安い。頑張って欲しいです。



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