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初海外の話

近頃昔のことをなんかに残しとこうという気になっているんです。以前メモ書きのように綴っていたノートが出てきたんですが、そこに書いてあることがわりと新鮮に読めてしまうほど記憶力がぼんやりしてるので、ここはひとついろんなことを書き留めとこうというわけです。
飲み会もやらないし、やっても自分の話はほとんどしないので、思い出話はここに綴って供養しようと思います。この間書き綴った、私の初海外旅行の話はわりかしおもしろくできたように思いますよ。やたらと長いですがね。

「初海外の話」

私の初海外はバンコクでした。バンコク在住の友人(日本人)がいろいろご用意してくれたので、大船に載った気持ちで飛行機に飛び込みましたが、友人はもはやコアなタイ住民だったので、取っていただいた宿からパンチが効いていた。
「南京錠持ってきた?」と友人は言う。海外旅行というのは南京錠が必要なのかというのが勉強になった。友人が紹介した宿は、南京錠がないと鍵のかからない部屋で、中にはベッドがドカンと置いてあるだけの独房のような部屋であった。これは南京錠を明日買ってこようと思ったですねえ。
とりあえず夜も遅かったので、その辺のコンビニでたくさんシンハービールやへんな飲み物を買ってきて、ごきげんに飲んでました。どれもうまいんですが、なにが入ってるかわからない。とりあえず明日から南京錠買って、いろいろ食いまくる気持ちはありました。

翌朝になって気づいたんですが、宿の入り口に縁側みたいなところに長椅子が置いてあって、そこにおばさんが座っている。これがどうやらフロントだったらしい。昨晩は暗くてよくわからなかった。初海外で泊まる宿ではすくなくともなかったですねえ。とりあえず南京錠を買いに行くことにしたんです。
なんとなく、「お湯が出るホテルはないの?」と友人に聞くと、「あ、お湯あった方がよかった?」と友人。二泊目はもう少しマシなビジネス?ホテル風のところを取ってくれました。そこではシャワーからお湯が出た。「テレビもあるよ」と友人。私別に収入あるし、切り詰めなくてもと思ったが、これはこれでオツです。

このバンコクの旅で、ちょっと詐欺のような手口にでくわしたんです。寺院をウロウロしてますと、ある紳士が声をかけてくるわけです。「あなたは日本人かね?」私は拙い英語で「そうです」と答えました。拙い英語のやりとりによって、その男が昔銀行に勤めてて、日本に何度かきたことがあるとのことだ。
その男が何者かどうこうというより、私の拙い中学英語でも、幾らか会話になるもんだというのがうれしかったですねえ。英語もうちょっとやらないとなという気になりながら、いろんな話をしていると、紳士が「若そうだが仕事はなんだ」ときた。「エンジニアです」「ここであったのも何かの縁だな。良い仕事をするために、大切なことのひとつを是非あなたに伝えたい。それは良い服を持つことだ。良いスーツを着ているだけで、仕事相手は見る目がかわるんだ」「なるほど。一理ありますね」「そうとも。イイことを教えてやろう。世界の名ブランドのスーツはタイでも作られている。ブランドのタグをつけるだけで値段が上がるが、タイでスーツを仕立てれば、安く上がるわけだ。タイシルクのスーツはブランド品だと30万円はする。タイで買えば数万円。良い仕事をするためのスーツを仕立てて行ったらどうだ。行きつけの店を教えてやろう」とのこと。若干怪しいが見てみるか、と思った。
「行きつけの店を紹介してやろう」と紳士はタクシーを呼ぶ。私も飛び乗ると、こざっぱりしたテーラーに連れて行かれたわけです。ご主人は気さくな感じで店の簡単な説明をされた。ここで採寸して生地を選ぶと、工場はアユタヤにあって、オーダー後数週間で届くようです。日本に送ってくれるそうだ。いろいろ生地を見ていくと面白く、ちょっと作ってみようかなという気になってしまったんです。初海外のお土産がオーダースーツというのもいいじゃないですか。濃紺にストライプの入った生地を選び、採寸して見積りを取ったら5万円程度だったように記憶してます。パンツを2本にしてもらった。たしかに安い。

意気揚々と店を後にし、宿にかえる。先述の友人と夕食を取る際に「今日思い切ってスーツをオーダーした」と言う旨を伝えると、「そんなの届くわけないじゃん!」と言われるわけです。ここから私の怒りが湧いてくる。タイは素敵な国なだけに、こんな詐欺の思い出を残して帰りたくない!と思いました。
当時はスマホなどなかったから、宿のネットカフェみたいなところで調べると、同様の手口で詐欺にあった人々のホームページやブログが登場するわけです。私はコンビニに行ってビールを買い込み、部屋で構想を練ることをはじめました。
まずはあの銀行員紳士から問い詰めて、店に暴れ込むA案。これはタイの警察に厄介のなりそうなので却下。B案は「私の会社はバンコクに支社があるから、そこで話聞こうか」という案。これは流暢な英語と綿密な脚本が必要だということで却下。C案は「日本から電話があって、母が入院したらしい。入院費が必要なのでスーツをキャンセルしたい」というもの。これはうまくいけば穏便にお金が戻りそうだ。C案でいくこととしました。
ビールをたくさん飲んだ割には翌朝はすこぶる脳が晴れ渡り、ものすごく早く起きました。復讐は午前中に決行する。怒りは程よく抑えられており、冷静に、的確な判断ができる気がしてました。10時ごろが良かろうと思い、タクシーを呼び、昨日の店の名刺を見せました。よくみるとメアドがホットメールであった。これは怪しい。
タクシーを降りた後「(私の母は危篤危篤危篤危篤…)」と脳みそに摺り込み、店のドアに手をかける。きのうのとおりに行くかどうか。計画も体調も万全であり、作戦はここにて決行されるのであります。

「きのうスーツをお願いしたものですが…」「おお、きのうのミスター!いかがしました?」
「どうも困ったことになった。昨晩日本から電話があり、母が入院したとのことだ。治療に結構なお金が必要だと言っている。たいへん申し訳ないが、きのうのスーツをキャンセルさせてもらえないか」
「ミスターそれは大変だ。すぐに工場に確認しよう」
店主は店の奥に消えていった。わりとすんなりキャンセルできるのではないか、と言う気がしてきた。
沈黙の店内。クーラーが効きすぎて寒い。しばらくすると店主が戻ってきた。
「申し訳ないミスター。工場は手配に入っていてキャンセルできない」
「……どうしてもですか…。」
「………ええ」
「……うう……。」
「……………。」
(どうやらキャンセルは無理そうだ。こうなればなんとかしてスーツを作らせる作戦に切り替えることにしよう)
「私の父は若くして亡くなった。私をここまで育ててくれた母には、どうにかして恩返しをしたいのです。キャンセルできないのは理解した。私はある紳士に、ここのスーツは最高だと聞いている。是非私に最高のスーツを作っていただきたい。私はそれを着て最高の仕事をして、母のためにお金を稼ぎたい」
初海外でテンションが高いとはいえ、私が意外と芝居が打てることに自分でも驚きました。店主は私の手を取り、若干もらい泣きした真剣な表情で、
「ミスター、必ず最高のスーツを作らせてもらう。」
と言った。
(まずい、気が張りすぎて笑いが沸き起こってきそうだ)となってきたので、うずくまりながら
「ありがとう。私はがんばります」
と声を振るわせました。
気持ちも収まってきたあたりで、店主とガッチリ握手をして、店を出ました。やることはやった、と私は思った。粗雑な縫製でも、そうでなくても、なんとなくスーツを日本に送ってもらえそうだという気になりました。これでも金だけせしめる詐欺のスーツ業者だったら、それはそれで天晴れではないか。
その晩、友人に顛末をご報告すると、「よく刺されなかったね」と言われた。「タイ人って、刺すの?!」と蜂やアブのような質問をしてしまった。初海外にして、かなりチャレンジングな試みをしてしまったのだなと、今でこそ思う。そんなことがあって、なんとなくタイ旅行は無事に終わったわけです。
タイではこのスーツの一件以外にも、いろんなところに行きましたし、やみくもにいろいろ食べたりのんだりしたので、最高に楽しかった。スーツの件もやるだけの事をしてやったので、もはやスーツは届かなくてもいいんじゃないかという気持ちでおりました。

帰国後数週間後に、なんと例のスーツは届いたのです。注文通りの生地で、パンツは2本ついていた。縫製も悪くなさそうです。私はまさか届くとは思ってなかったので嬉しくてしょうがない。写真を撮ってタイの友人に送り、御礼を申し上げました。
結局このスーツは10年くらい着ましたですねえ。話題に困った時にネタになるので、色んな意味で重宝しましたよ。今の妻のお家にご挨拶に行く時も、これを着ました。あれ以来タイには行ってないですが、絶対行きたいところのひとつです。あの店がまだあれば、もう1着作りたいですね。

おしまい

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