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電波戦隊スイハンジャー#155 龍神様と私2

第8章 Overjoyed、榎本葉子の旋律

龍神様と私2

「ねえ、今度の日曜清水さん行かへん?いさお兄ちゃんのガイド付きで」

と榎本葉子が級友の野上菜緒から誘いを受けたのは、龍神カヤ・ナルミに訪問された次の日の放課後だった。

教科書とノートを学生鞄に詰めながら「うーん、孝子さんからOKもらったら行くわ」と返事して、じゃあね、と教室の入口で別れた。

数日前、菜緒ちゃんは名門輝耀女子校の問題部活、映研に入部してもうた。

なんでも来月の文化祭に向けてのショートムービーの脚本を任され、制作会議のため放課後には部室に直行する菜緒の後ろ姿を見て、

いつも帰り道しゃべくっていた友達がやる事見つけたのはいいことだ、と思うけれど…

はぁーあ、と葉子は校門前で寂しそうなため息をついた。

でも休日誘ってくれたのは素直に嬉しい。

もちっと精神的に余裕もたなあかん、とおじいちゃんが言ってたから清水寺行きを許可してくれるかもしんないし…と葉子が帰宅の途をとぼとぼ歩いていると、

ふと、昨夜は水龍神のナルミちゃんが服をねだりに来て、週末は清水寺って、なんか「水」つながりやないかい?

と思うと急におかしくなって、ぷぷっ、と一人で噴き出した。

四条通の葉子の左側にある南座の賑わいを見て、ああそうか、十月大歌舞伎やってるんや。

確か、菜緒ちゃんを映研に入れた蓬莱先輩の、おじいちゃんとお父さんと、お兄ちゃん二人がお芝居してるところ…って、

蓬莱先輩ってやっぱりスゴイ家のお嬢様やないか!

学校ではハンディカメラ抱えてなんか口喧嘩してる後輩つかまえては

「もちっと憎悪の表現が足りん。あんたらウザイとかキモいしか悪口知らんのかいな?鬱陶しい片腹痛いにセリフ言い換えて、テイク2」

とリアル演技指導無茶ぶりしたり
(そこで後輩たちは自分たちが何故喧嘩していたのか馬鹿らしくなってしまうのであるのだが)
部室では昔の日本映画見て「ん~ん田中絹代はんええねえ…」と涙を流す奇行が多い、と高等部の先輩から聞いた四宮蓬莱の評判であった。

そんな人にかどわかされて、菜緒ちゃん大丈夫なんやろか?

と親友ながら心配して南座の前を通り過ぎようとした時である。

唐突に頭の中で響いたバイオリンの音色が、葉子の心を激しく打った。

この、甘く切なく疾走感ある音は、パガニーニの24のカプリース!

葉子は辺りをきょろきょろ見回したが、もちろん近くで演奏されていない事は分かっている。

じゃあ「どこ」から?「だれ」が?

ほぼ完璧な奏法は、野上祥次郎のものじゃないか!

聴くもの胸の奥をぐい、と掴んで離さない「魔的」と評された祥次郎サマの奏法を、真似できる人がいるのか…

葉子は四条通りを西に向けて疾走した。

ああ…とにかく、この音に向かってうちを運んで下さい!神様仏様、そして龍神ナルミちゃん…

四条大橋の歩道の真ん中で、榎本葉子の体がぱっ、と消えた。


野上聡介は何も考えたくない時、自宅の地下にある防音設備の付いた叔母のレッスンルームでバイオリンを弾く事にしている。

それというのも昨夜見た夢にまた、スサノオが登場したからである。

「どうだ?」

と竹林の中を青海波文様の狩衣を着たスサノオが、胸をそびやかしている。

分かっている。スサノオはこういう時、ほめてほめて!と言って欲しいのだ。

「うわあー、荒々しい波の刺繍がすてきー、スサちゃんかっこいー」

とうわべだけの世辞を聡介は無表情で述べた。

「うっわあ…心の無い誉め言葉。おまえ、人の心えぐる天才だなあ」

スサノオは呆れるのを通り越してほとんど軽蔑に近い冷たい目をしてみせた。

「ああ、どうせここは俺の夢の中で、あんたまた何かを伝えたいんだろ?」

まあそうなんだけど、と言ってスサノオは積もった笹の上にどっかとあぐらをかいた。

夢の中の自分の恰好は、ジーンズに長袖シャツ、スタジアムジャンパーと秋の行楽の装いをしている。スニーカーはなぜかNikeのやつを履いている。

俺、スニーカーはNEW BALANCE派なのにな、と思って聡介もスサノオの前であぐらをかいた。

「あんた俺に憑りついた幽霊なんだからさ、俺の体から出て行くことも出来るんだろ?」

と阿蘇で自分とスサノオの関係を知って以来の質問を直接本人にぶつけた。

「そうしたいのは私もやまやまなのだが…何せ出て行き方を知らん」

とスサノオは開き直って威張って見せた。

「あんたバカなんじゃねえのか」

予想通りの答えが返って来たので、聡介もそれしかいう言葉が無かった。

「私もお前の体から一時的に出て行って、妻たちと同衾したい時だってある!」

28年寂しい夜を過ごしてきてそう言うスサノオの目には涙さえ滲んでいた。どうも聡介の体に入ったはいいものの、出て行き方が分からないらしい…

「妻『たち』って複数形で言うなよっ、ムカつく!」

昨日、職場で同い年のオペ出しナース狩野瑞樹から

「あたしプロポーズされたんだーへへへー、指輪はヒロくんと二人で決めに行くけどね~」と

ドヤ顔をされたのだ。相手は聡介の高校時代からの親友で産婦人科医の篠田博通であることは喜ばしいし、

職場で「野上先生と狩野ナースはできている。だってオペ介助がスムーズなんだもん」という噂を払拭できたので、

ほっとしたが…どうにもこうにも心寂しいものがあるし、隆文、姉貴、そして狩野ちゃん、と結婚式続きでご祝儀いくら払わせる気だよ!?

という苛立ちもある。

「それはそうと」

とスサノオが急に改まった顔をした。

「今回は良くない知らせだ」とかつて見たこともない深刻な顔つきだった。

なんかの神託みたいだな、じゃなくてまんま神託じゃねーか。と聡介は思った。

「お主ら戦隊たちだけではなく、周りの者たちの日常までが破壊される。重い真実は、自ら姿を現すのだ…

いいか?守るべき者を、守れ」

視界の中でどんどん笹の葉が降り注ぎ、スサノオの姿が隠れていく…そこで、聡介は目を覚ました。


不吉な神託を受け取った聡介は朝から落ち着かなくなり、仕事休みなのに道着が汗みずくになるほど稽古し、

朝兼昼の食事を摂ると、他になにをしようか?と考えた。

姉は嫁いでしまったし、叔母は昨日から音楽仲間とグルメバスツアーで聡介は広い自宅にひとりぼっちだった。

洗濯した道着を庭に干した後、よし、腕が鈍るのもいけないしな、と思って…

バイオリンを持って地下で一心不乱にバイオリンを弾いた。

実は3つの頃から叔母にバイオリンを仕込まれているのだが、叔母の期待を裏切って音大の推薦を断った時、

叔母は一週間口を聞いてくれなかった…

それ以来聡介は、人前では弾かないようにしている。

曲目は亡き父、祥次郎の得意曲だったパガニーニの24のカプリースを何回も弾きなおし、午後3時半を回った頃、

ようやく自分でも納得できる演奏が出来た…とまた汗みずくになって顎からバイオリンを離した時、

目の前の蓋を閉めたグランドピアノに、正座した榎本葉子が涙を流しながら両手を組んで自分を見ているではないか!

「うわーああああっ!!」

聡介は、リアルにテレビから貞子さんが出て来るよりもビックリした悲鳴を上げた。

「どうしたんだどうしたんだ!?葉子ちゃん、いつからそこに?」

榎本葉子は自分を何か信仰の対象を見るかのように感激して泣いているようだった。

「『音』を追ってテレポートしたらここに飛んでた…おっちゃん、なんで、なんでお父さんの祥次郎さんよりうまいのに、音楽の道に進まへんかったの?
もったいないやん!感激して、悔しくて、気持ちがごっちゃになって涙止まらへんねん…」

「少し、話そうか」

とバイオリンの手入れをする聡介の眼は、何だか寂しそうに見えた。

後記
空間を駆ける葉子。既に貞子さんネタは怖くないものになってしまっている。












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