電波戦隊スイハンジャー#76

第4章・荒ぶる神、シルバー&ピンクの共闘

白拍子花子6


風の翼に乗って飛んでゆけ

懐かしい歌よ、ふるさとへ、

 気が向くままにおまえを口ずさんでいたふるさとへ、

 私たちもおまえもあんなにも自由だったふるさとへ


虜囚の女たちの歌声と共に、葉子は、目覚めた。


なんでうちは閉じ込められとるのや?


異様な形態をした3畳ほどの部屋に自分がいる。四方の壁は上方の頂点に向かってすぼんでいる。


ピラミッド型の、透明な箱。さらにその中の自分はピラミッドいっぱいに広がる球体で包まれている…


正三角形の中に円。この形は、五十鈴や!


葉子は自分が、ペンダントトップの五十鈴の中に封じられている事に気づいた。


もちろん肉体が直径2センチ程の五十鈴に入る訳がない。精神とか魂とか言われるものが今の自分!?


もう訳わからん!葉子は髪かきむしり床を叩いた。だむ!とアクリルのような弱い弾力がした。


じゃあ自分の体は?


葉子は箱の外側の、自分の肉体がやらかしている仕業を、ミュラー邸の惨状を見てしまった。


パーティー会場が滅茶苦茶になり、自分の周りで砂嵐が巻き上がっている…


いかん!お母ちゃんから「絶対人様にはやるな」と禁じられていた力や。


このままじゃみんなみんな、消えてしまう。



おじいちゃん、孝子さん、菜緒ちゃん、そして…おっちゃん!


なんとかうちを、「奴」から自分の肉体を取り戻さないと!


神戸から帰った8月1日の夜中、眠れなくて川床から覗いた鴨川の水面を、まるで流れ着いた水死体のように「奴」は浮かんでいた。


唖然としてして心が空白になった隙に、うちの体に、奴が飛び込んで来たのや!


それからの記憶は実に曖昧で、昼間はうちの意識でしっかり家族と会話してても自分の意志とは違う言動してたり、夜は全然記憶が無かったりで…


それが恐くて恐くて、周りに感情的に当たったりした。


暴力的になって初対面の野上のおっちゃんに蹴りも入れた。


よりによって初恋の人の息子さんに、だ。


憑りつかれた時の記憶も一時的に消されたけど、もう思い出した。一生忘れん!!



あの時怨霊と目が合った。紅い目が川面に光っていた。奴は言った。


(榎本葉子、見出したり!)


水面から異様に伸びた手がうちの手首を掴んでそれから…うちは、うちでは無くなったんや。


「出せ出せ出せ出せええええっ!!」


葉子は自分を取り巻く球体を拳で突き破ろうとするが、ぼよんぼよんと弾かれてしまう。


さらに球体の表面を両手で引き破くイメージで念動力を使おうとするも、無駄であった。


この空間じゃ超能力も使えへんのか!?



無駄や、葉子ちゃん。


「その声は、ドメイヌおばちゃん?」


うちに五十鈴をくれた銀髪のマダムや。


あんたの精神が怨霊に喰われんよう、この空間に避難させた。


五十鈴に守護のまじないをかけておいたんや。でもまさか、こんな最悪の形で予知が当たるとはな…


「このままじゃうちは人殺しになってしまう!なんとかここから出してええっ!!」


葉子は球体の壁に頭ごと額を打ち付けた。振りかぶっては、打ち、を何十回も繰り返す。が、当然それも徒労に終わった。


「いややいややあ…大好きな人たちが、全部死んでしまうぅー…」


涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら葉子は、壁に額を押しつける…



泣くでない、そこな女(め)の子よ。


よしよしと頭を撫でて慰めるような優しい声が葉子の頭の中に響いた。


野上のおっちゃん?いや、それにしては喋りかたがなんか古くさい。そう思った瞬間、胸の奥が灼熱で炙られるような苦しみが葉子を襲う。



もう悲鳴なんて上げるゆとりもない、白目を剥いて葉子は海老ぞりになってもがいた。


いま、汝の直霊(なおひ)に直接働きかけている。苦しみはじき終わる。


口から泡も噴いていただろう。葉子は上体を反らしながら、右手を天に向けて差し伸べていた。


助けて下さい!神様仏様ドメイヌおばちゃん…なんでやろ?助けて、野上のおっちゃん!!


聡介が変化した銀髪の青年が葉子の胸のペンダントトップ、五十鈴に手を添えて


「いくむすび、たるむすび、たまめむすび…」


と何か祝詞のような呪文を唱え出すと五十鈴が輝き、ソフトボール大に膨らんで中央の空洞から槍の穂先のような刃物が生えてきた。


菜緒は、終業式の帰りに椿守寺のせがれである大学生、椿勲から聞かされた話を思い出した。


「天河神社の五十鈴はウズメの神器であり武器…矛(ほこ)やったんや!」


聡介、それで何をする気や?いやもう分かってしまったが、考えたくもない!


信じられない事が起こった。



青年はためらいもなく、五十鈴の矛で斜め下から葉子の胸の中心をずぶっと突き刺した。


「聡介、やめー!!」「ジュニア、なんて事をー!!」


菜緒とクラウスが同時にバリアーの壁をひっ掴んで叫んだ。


葉子の体がびくん、と宙に浮いたまま大きくのけ反った。


その時五十鈴の中では、葉子の魂から苦痛が解かれ、視界の上空のピラミッド頂点が割れ、白い光が差し込んで来る。


今や!


葉子は光に向けて、床を蹴って精一杯の力で飛び上がる…


(おのれえっ、おのれおのれっ!)


(うちの体や、返せええっ!)


葉子の肉体の中で2つの精神がせめぎ合っていた。右の手が矛を抜こうとし、左の手がそれを止める、を繰り返す。何とも珍妙なパントマイムのような行動であった。


「女の子よ、後は汝の心の力よ…胸に刺したる刃の道を辿って来い!」


「言われんでも!」と青年の腕の中で叫んだ葉子の瞳が紅色から元の緑色に戻った。


コンマ数ミリの差で葉子の精神が勝ったのだ。顔の白い体毛も消えて少女のつるりとした肌に戻りつつある。


葉子の胸に刺された矛の刃先が消えて、しゃりん、と元の小さな鈴のペンダントトップに戻った五十鈴が鳴った。


「お、おっちゃん、なんでロン毛になっとるん!?」


肉体を取り戻しつつある葉子は銀色の輝く異形の青年に初めて気づいた。


「…女の子よ、早く『それ』、止めてくれんか?」


青年は冷静に、今すべき事を葉子に指示した。


葉子の力が体から湯気のように放出され、部屋中の装飾品や家具を徐々に粒子化していく…


あかん、使い方はお母ちゃんに習ったけど…


「こんなに力放出すんの初めてやし、止め方のコントロール効かへん!なんで!?」


なんでなんでー?と葉子が泣き叫ぶ中で、砂嵐は勢いを増していく。


「葉子ちゃん、まだ怨霊は半分出かかっているだけです。…操られてるんだ、私には見える!黒い怨霊の影が」


もはやあぶないコスプレギャラリー集団と化した残り6色の戦士の中からグリーンが呼びかけた。


「いかん!この結界あと5分しか保たへんで!」


バリアーの中の靫負がさすがに顔色を悪くした。


「なら加勢してやるぜ」


と張りのある低い男の声がデッキの方角からした。


黒の忍び装束の長身の男。戦隊には声だけで小角だと分かった。


ちっ!と小角が強く舌打ちした。葉子の首筋にちくっとした痛み。体の力が抜けていく…葉子の体が50センチほど急降下した。



「忍者ものの鉄板ネタ、吹き矢だよ。安心しろ。狩猟民族が使ってたツボクラーレでなく小児用の痺れ薬だ。処方は秘密、お・づ・ぬブレンド」


小角はちっちっち、と自慢げに人差し指を顔の前で振った。


「オッチーさん!」戦隊たちは本当に初めて賞賛のまなざしでオッチーを見た。


(舌も動かぬよ…ニンジャの智恵とは恐ろしいものだな。もはや葉子の体は使い物にならぬ。今回は失敗か…)


葉子の右目だけが紅くなり、小角をぎろっと睨んだ。


(痴れ者め…ならば残りの力全てをお前らに食らわせて去ってやる!)


葉子の「滅」の力の砂嵐が急速に縮まる。まるで爆発する直前の花火のように…


「げべっ!?おれ様まさか…余計な事しちゃった?」


忍び頭巾の下で小角は彫りの深い顔をひくつかせた。


「結果はまだ出ておらぬ。猿田彦大神よ、吾は全力で食い止める故、後は頼む」


「た、頼むって?」


「我が身は自分で守れ、聡介に体を返す」



あんた、美味しい場面だけ出てきて引っ込む気かー!?


と言い返したかったけど、小角は自分の周りに結界を張るだけ事しか出来なかった。


(生きたまま蒸発するがいいさ!)


葉子の胸の前で凝縮された光の玉が炸裂して、四方八方に広がる寸前に


「むん!」と青年が広い両手でそれを抑えつける。


巨大な2つのエネルギーをぶつけて相殺するしかない、と青年は判断した。


「バリア限界まであと2分30秒!封じられるか?」


松五郎が青年に尋ねた。分からぬ!と青年は歯を食いしばりながら答えた。光子エネルギーの影響で体前面が灼けていく…


「そ、それより…別の心配をした方が!」


ブルーが松五郎に見ろ!とでも言うように上空を指さした。


え?


葉子の力で天井に大穴が開き、星がちらちら見えている夜空の空間に、ひずみが生じていた。


「強すぎるエネルギーの衝突で、次元が裂け始めている!」


「まるで理論物理学の会話だ…」


呆然としているブルーに松五郎が絶望的な一言を放った。


「それは宇宙空間での話。この地球上でやられたら、おらたち星ごと心中だべ」


「あんた、智慧の神だろー!なんとかしろー!おら達どころかこの星消えるってかー!?」


レッドが松五郎の体をひっ掴んで揺さぶった。



「振っても智慧が出るのが少彦名…戦ってる2人以上のエネルギーをぶっつける事だべー!『あの方』が出せるエネルギーならっ…」



松五郎の願いが天に通じた、のかどうかは分からないが。


ちょうど地球の成層圏を突き破った人影が、国際宇宙ステーションの飛行士に発見された。


「こちらヒューストン?いま小さな隕石が落下したよ」


「隕石なんていつもの事じゃないか、リュ・ワンフェイ飛行士」


「ヒューストン、私の先祖の故国は唯物論の国で、私だって無神論者だ…だが、私は天使を目撃した!」


「冗談だろ!?物理学者の君が」


「いや、いましっかり映像に!」


モニターの映像に砂嵐が走り、リュ・ワンフェイ飛行士も、対話していたオペレーターも、映像ごと記憶を消去された。


目の前で好物の宇宙食のエッグタルトがくるくる宙を舞っている…


私は、どうしたんだ?中国系アメリカ人の宇宙飛行士は無重力下で白昼夢を見た。


まあ地球外に白「昼」夢もへったくれもないが。



光速越えの速さで天使が日本の京都市、ミュラー邸上空40メートルに到着し、彼の武器であるハンマーを思いっきり振り下ろした。


その瞬間、美しい焔が彼を包んだ。


「どっせええええええええっ!!!!」


ハンマーから放たれた衝撃波が、葉子と青年の間にある光の魂にぶつかってエネルギーを相殺する。青年と少女が勢いで吹き飛ばされて背後の壁にぶつかって昏倒した。


衝撃波エネルギーが拡散して、ミュラー邸の屋根と壁の上半分がぼむ!と景気よく吹っ飛んだ。


「狂犬のケンカは引き剥がすに限る…間に合った」


身の丈2メートルの筋骨逞しい青年の姿をしたオレンジ色の甲冑を着た天使が、8月の京都の夜空に浮かんでいる…


甲冑の天使は大きな翼をはためかせて、ミュラー邸の壁の無いリビングに降下した。


ホワイトは彼が炎に包まれている、と思ったがよく見ると違う。



彼の長い髪と瞳が焔色をしているのだ。なんて綺麗なんだろう!とホワイトは感動を覚えた。


「地球の戦士たちよ、善戦ご苦労。私の名は大天使ウリエル…」


ウリエルはめんどくさそうに前髪をかき上げてから無表情で自己紹介した。


「破壊天使!」


グリーンの小さな悲鳴に「そうともいう」とウリエルはそっけなく答えた。


「私は単に宇宙の断捨離をしているつもりなんだがな」


ちょうど時間切れになり、松五郎の張ったバリアーが解除された。



うそやろ?神なんていないと思うていたわしが、天使を目の前にしている…。


クラウスははっと我に帰り「葉子!」と倒れている孫に駆け寄った。


良かった、息をしている。姿も元に戻っている…


「ああ…」と妻の孝子が安心したのか葉子の上に崩れ落ちて失神した。


「たたた孝子っ!」


「遍照金剛(空海)の医療団を呼んだ方がいいぞ、また患者が増えた。聡介は火傷が酷いな…」


銀髪を伸ばしたまま倒れている聡介は上半身に赤黒い火傷を負っていた。


「ひでえ…上半身と顔面にⅡ度?の熱傷、早く処置しないと!」


光彦が騒乱の余韻で膝をがくがくさせながらも懸命に叫ぶ。



ウリエルが外壁と2階部分をを破壊してしまったので、ミュラー邸は丸裸。


救急車、パトカー、消防車、セ○ムの車がこちらに迫って来るのが見える。


実に面倒臭い事態になった…!クラウスは頭を抱え込んだ。



「さて小さき神スミノエよ、この事態、どう収拾すべきか智慧はあるや?如何?」


ウリエルの口調は何だか松五郎をからかうようでもあった。



楽しそうだな、ウリエルさん。



とグリーンから変身解除した正嗣は思った。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?