電波戦隊スイハンジャー#122

第七章・東京、笑って!きららホワイト

グリマルティ3

「まったくもってカヤちゃんと私は同じ所に行きついた訳ね」

そう言ってツクヨミはジーンズのポケットから名刺ほどの大きさの絵入りのカードを取り出して店に居る全員に見せた。

「西洋の卦、タロットカードの『塔』ですね。この札は最凶の意味を持ちます。大叔父上お久しゅうございます」

カヤ・ナルミはスサノオの8代先の子孫、大国主命の長男の事代主の娘にあたる。

つまり、スサノオの兄であるツクヨミはナルミにとって遠いとおーい大叔父様になるのだ。

ナルミがセーラー服のスカートを西洋のお姫様よろしく両手でつまんでちょこんとお辞儀した瞬間

彼女の髪が根元から毛先にかけて、黒からターコイズブルーに変じていく…空色の瞳を輝かせてナルミは顔を上げた。

「これで変装を解いたって訳か。豊葦原族のお姫様」

聡介がカウンターに肩肘を付いてつぶやいた。

「なんだかつまんないにゃ」

カウンター席の一番奥に座っていたちび女神ひこが唐突にテレビのリモコンを手に取り電源を押した。時刻は午後3時半。

いちおう報道番組「情報白熱コイケ屋」の司会、小池庄司アナが少し緊張した面持ちで「速報が入っております」と原稿を読み上げる。

「えー、おととい荒川で発見された若い男性2遺体の特徴が警察より発表されました。二人とも右手首に花の刺青があり、形からいってあざみの花ではないか、とのことです」

「これ私が一泊した翌朝に速報でやってたニュースじゃない。東京も物騒になったなーって思ったもんよ」

薊。

というワードを聞いて悟の横顔が強張った。

「聡介先生と蓮太郎さんは6月に起こった闇カジノの摘発…あれは僕達戦隊の仕業だって勘付いてるよね?」

「ええ、派手な戦隊ヒーローの扮装をした変態が暴れたってしばらく話題になったわよ。戦隊に加入してから気づいたんだけどね」

戦隊の仕掛け人である女神ウカノミタマとの邂逅から数日間は、自分は変態の仲間入りをしてしまったのか…と蓮太郎はブルーな気持ちになったものだ。

「俺は隆文から聞いた」

聡介の言葉を聞いて、悟はこめかみをぴくぴくさせて眼鏡をずり上げた。

何て口の軽いリーダーなんだい!?隆文くん。

今日が休みでなかったら徹底的に教育指導を施していたよ…

「まさか今テレビで言ってるホトケさんとそれが関係あるって訳じゃないよな?サトル」

元検事の基は心配そうな上目遣いで弟を見た。

「そのカジノにいたディーラーらしき男たちが薊の刺青をしていたんだ
…たぶんご遺体は、僕と隆文くんと七城先生で懲らしめた男たちだ。まだ情報不足だけど」

「あんたたちはもう引き返せないところまで来てしまったのね」

凶兆を知らせに来た月の神は感情の無い声で告げた。

「なんてことだ」
勝沼基は器の中の黒い液体に視線を落とし、呟いた。

ちょうどその頃

なんてことだ

と声には出せずに職場のテレビで小池アナが原稿を読み上げている映像を見ている者がいた。

悟と一緒にカジノで暴れた緑色の変態、じゃなくヒーロー戦隊の七城米グリーンの正体で中学校の社会教師、七城正嗣である。

学校は六時限目を終えて掃除の時間、職員室では教師たち交代制で生徒たちの見回り、残りはデスクの上の参考書類を整理したり床をモップで拭いたりしている。

正嗣はちらちらテレビを盗み見て番組が伝える情報を洩らさず記憶しようとした。

「物騒な世の中になったもんですよ。We live in a dangerous  world.」

と見回りから帰って来た深水先生が心情を担当科目の英語でわざわざ訳した。

この痩身で来年定年退職する英語教師はなんだか疲れた顔をしてよっ、と自分のデスクに腰掛けた。愛用の孫の手の先のゴルフボールでぐりぐり肩甲骨の後ろをマッサージする。

「私が大学で学んでいた頃東京はもっと物騒でした。マサくんは70年安保を知ってますか?」

急に中学時代の愛称で呼ばれて正嗣は驚いた。正嗣が物思いにふける中二だった頃、深水先生が彼の担任だったのだ。

「社会教師だから知ってますよ。そういえば深水先生は東大でしたね」

「はい。72年入学で抗争は鎮圧されてましたが…なんかこうキャンパス内は剣呑とした空気が残ってました。
そりゃそうですよね、たった3年前までヘルメット被った学生同士が角材で叩き合ったり警察隊と衝突してた場所なんですから」

「じゃあ学生運動にはうんざりしてたノンポリ世代ですか?」

「その世代よりは2,3才上です。nonpolitical、つまり政治的無関心な人々と捉えられがちですが。皆、口に出せないだけだったんじゃないですかねー。
マサくん、私が教師になろうと思ったきっかけはね、若い世代に深い教養を身に付けさせたかったからなんですよ。
口喧嘩が弱い者は、簡単に暴力的手段をとる。ヘルメット先輩たちが結局は暴力に走った過ちを、私はもう見たくはなかった。

ああ…ちょっと喋り過ぎましたね」

と深水先生は恥ずかしそうにくすりと笑い、肩まで伸ばした白髪を窓から流れ込む初秋の風になびかせた。

「光彦くんはどうですか?」

深水先生は2学期から家庭の事情で担任教師の正嗣の家に下宿している藤崎光彦のことに話題を向けた。

「最初は毎朝の勤行の音で起こされてキツい、とこぼしてましたが今じゃ生活を朝方に変えて勤行にも付き合うようになりました」

「ははは、あなたの家は密教の寺ですからねえ。すっかり染まっちゃった訳だ」

チャイムが鳴り、教室での終礼に向かうため二人の会話はそこで途切れた。

いつの間にかテレビは芸能コーナーに変わっていて、有名タレントのブログ炎上か?などどーでもいい話題を伝えている。

私達が懲らしめたカジノの男たちが遺体で発見された?

薊の刺青。勝沼さんが広東語を話していたと言っていた。香港マフィアなのか。

殺されたことと自分ら戦隊たちとは関連があるのか?だめだ、情報が足りない。

いま想像を膨らませるのは危険だ。

きりーつ、れい。

と日直が号令をかけ、生徒たちがせわしなく教室を出て行く中、帰ったら勝沼さんに電話しよう。

それとも先に寺に居る空海さんに相談するべきか?

と出欠簿片手に物思いにふけって正嗣は教室を出た…


「それじゃ真魚ちゃん、今度は黒ごまブラマンジェを送ってあげる」

とノートパソコンの画面内で朗らかな笑顔をした尼さんが手を振った。

「はーい、楽しみにしていますよ!ままりん」

あー、相変わらずこの母子のSkypeは引くぜ。

と先月「孫の聡介に出生の秘密を告げる」という生前の心残りを戦隊の力を借りて果たした幽霊、野上鉄太郎は潔く成仏もせず結局泰安寺に居ついてしまい、
弘法大師空海とその母玉依御前とのいかにも「マザコンとその母」な会話をうんざりした顔で見ていた。


天下の弘法大師のリアルマザコンっぷりを見てしまったらお遍路さん始め空海ファンは幻滅してしまうんじゃねえか?

と夏目漱石の文庫本「こころ」を寝転んで読んでいる内に正嗣の軽自動車が玄関先に停まる音がした。

玄関から入らずに縁側で靴を脱いで上がり込み、さささっ、と摺り足で縁側を歩いて「空海さん!」と居間の障子を開けた正嗣の額には汗の玉が浮いていた。

「お昼のコイケ屋見ましたか?」

「わしはテレビはドラマしか見いへんよ」

「おれも同意、報道番組はろくでもない情報しか流さない。見るのは教育テレビに限る」

鉄太郎が寝転んだまま挙手した。

「あなたは昭和のお父さんですか!?って…昭和のお父さんでしたね。鉄太郎さんには聞いてません」

「荒川での事件はネットニュースで知ってます」

と空海は常滑焼の急須で湯呑にぬるめのお湯で淹れた深蒸し茶を注ぎつつ、言った。

「いやあ菊池はええとこでんなあー。米も茶も美味いのは水がええからや。あ、お檀家さんから戴いた黒糖ドーナツありますえ」

と台所の水屋箪笥から茶菓子を取り出す様子はとても居候とは思えない図々しさである。

程なく教え子の光彦が自転車を押して帰って来た。

「あ~、お寺まで続く坂道が長いんだよなあ~」と気だるそうな愚痴が聞こえる。

開業医の息子でお坊ちゃん育ちの光彦はちゃんと玄関で靴を並べて洗面所でうがいと手洗いをし、制服から部屋着に着替えてすた、すた、すた、と正嗣たちがいる居間に入って来た。

「マサ、終礼の時顔色悪かったけど大丈夫なの?…鉄太郎さんも空海さんも集まって何してんの?」

この子には隠し事できないなあ…正嗣は散髪したばかりの頭を掻いた。

「ふうん、東京での闇カジノ事件はやっぱりマサたちが解決してたんだ。
同じ日に荒川で龍を見た!って目撃情報ともつながってたとはねー、
オレも調べてブログ記事アップしちまったけど。あ、ブログはとっくに閉鎖してるからね!」

光彦がブログアップした謎のヒーローグリーンの記事が原因で怪物サキュパスに居場所を知られ、妹ともども誘拐されたのだ。

マサはじめ戦隊たちが救ってくれたけど…勉強のための情報収集以外しばらくネット情報は見たくない!というのが光彦の本音だ。

「私もさっき勝沼さんと電話で話したんだが週末にミーティングしようという事になった」

「メンバーに公務員が二人いてますからな。みなさん学校も仕事もあるからそうそう集まれへん」

「前々からおかしいと思ってたけどテレビのヒーロー戦隊の9割近くは仕事してないよね」

なんか話が脱線しはじめてきた。光彦は黒糖ドーナツを一続けて3個食べてお茶を飲んで「お腹が空いた…」と胃の辺りをさすっている。

成長期なんだな、と正嗣は急に教え子の様子が微笑ましくなってきた。

「冷蔵庫に梨があるから食べていいよ」

はあい、と台所に向かう光彦の背中に「夕食前だから一個までだぞ」と鉄太郎が声を掛けた。

「まあ焦るな正嗣くん」正嗣の肩に鉄太郎が手を置く。余程自分は目に見えて緊張しているのだろう。

「せやせや、このご遺体がもし殺されていたとしても、あんさん方がボコった奴らなのか。なんで殺されたのか?それは戦隊と関係あるのか?警察発表の情報じゃ全然足らへん」

「つまりは軽々に動くなと?」

「そ、あせらないあせらない、一休み。まずは喫茶去(きっさこ)しよ」

空海さん、喫茶去って禅語で「まあお茶を一服しよ」ですよね…

まずは一休さんに謝ってください。

正嗣はさっきまで過剰に不安になっていた自分が馬鹿らしくなってきた。


その夜も更けた頃、神楽坂の老舗「鮨ひぐち」の閉店後の店内では

食レポの最初の店で散々な目に遭いながらもめげずに数店取材しなんとか仕事を終えたお笑いコンビ

「ラインダンスで神楽坂」が反省会を行っていた。

といっても喋っているのはネタ&ツッコミ担当の村瀬汀だけで相方のボケ担当樋口謙太郎はカウンターの奥で黙って包丁を研いでいる。

謙太郎はこの店の跡継ぎで修行中の寿司職人でもあるのだ。

「いや~勝沼さんが本当に『あの』勝沼酒造の社長の次男だったなんてな~。白石ディレクターが『勝沼グループに嫌われたら、消される、消される…』ってうわごとの様に言ってたぞ」

しゅっしゅっしゅっ、と小気味良い音を鳴らして包丁研ぎをする謙太郎がふいに

「消されるって業界からか?それとも物理的に?」

と言ったので「ぞっとする事言うなよ」と汀は座っていた椅子をがたっと鳴らした。

「汀くん、おれたちコンビ組んで何年になる?」

「大学4年からだから5年かな?」

この二人はどっちも自営業者の跡継ぎなのをいいことに同級生が就職活動に奔走している間、

家業を手伝いながらせっせとネタ番組のオーディションに出まくり、
3年前にコント番組で準グランプリを受賞してから徐々にテレビの仕事が増え、バラエティ、旅番組、グルメ番組と目の回るような仕事量をこなしてきた。

「違うだろ」

しゅっ!と勢いよく音を立てて包丁が滑り、謙太郎の動きが止まった。

「小5の時からクラスでネタやってきただろ?通算16年だ」

「あ、あー。もうそんなになるか」

「汀くん、俺たちは長く一緒にい過ぎた」

汀の耳の奥でぴしっと何かが割れる音がした、ような気がした。

「俺たちもう終わりにしよう」

それは長年連れ添った夫婦の熟年離婚でもなく肉欲で睦みつるんだ愛人関係でもなく

とあるお笑いコンビの別離宣言だった。

後記、
「自分が大学行ってた頃は安保闘争で学内荒れてて勉強どころではなかった」と小学校時代の担任がよくこぼしてました。

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