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電波戦隊スイハンジャー#190 封印されし八章

第9章 魔性、イエロー琢磨のツインソウル

エピローグ 封印されし八章

新潟ではもう雪がちらほら降り始める11月30日、魚沼隆文はスーツの上にコートを羽織って十日ぶりに実家に帰った。

「おかえり隆文さん」
と迎えてくれた妻、美代子の妊娠六か月のお腹はセーターを着てても目立って来ている。

六畳の二人の寝室は暖房が利いていて、「先にお風呂入るけ?」と脱がしたコートをハンガーにかけてくれる後ろ姿に抱き付いてくる夫が、泣いていることに美代子は気付いた。

振り向いた美代子は隆文の頭に手を回し、「よしよし」と慰める事しか出来なかった。そのまま二人とも畳に座り込んで隆文は美代子の膝の上で泣きながら彼女のお腹の子に心で語り掛けた。

お前の前でで父ちゃん涙流して母ちゃんに甘えて心配かけちまって済まねえ。でも、さっきミカエルさんの話聞いて来てそれがあまりにもな内容だったんで父ちゃん、ショック受けてるんだ…

「宇宙全体の調和の為に2000年以内に必ず地球を消滅させなければならないし、人類は地球上に居てはいけない。というのが『上』からのお達しだ」

開口一番ミカエルが戦隊全員に告げたのは救いが何処にも見当たらないので一同はしばらく無言だった。

「…ミカエルさんたちの『上』ってまさか神様?」

やっと口を開くことが出来た隆文の問いにミカエルはそうだよ、とうなずき、

「僕ミカエルと兄上ルシフェルを最初に創造した存在さ。

でも僕たちは創造のヌシが何者か全然知らないし、ラジーの野郎しか『彼』とコンタクトを取ることが出来ない。

『彼』が決めた事は必ず執行しなければならないのが我々大天使たちの職務であり存在理由だ」

と大天使と創造主との関係を話し始めた。

大天使たちの中で唯一羽根と光輪を持たない記録天使ラジエル。

ラジエルを通して150億年以上も前から大天使たちは宇宙の管理と銀河の創造、そして宇宙全体の質量のバランスを保つための星の破壊、とそれは生命が存在していようと命令は執行され続けてきた。

大天使ラジエルをアメリカ最悪の映画賞みたく呼び捨てたミカエルは、

「TATUYAポイント3000貯めるくらい彼から本借りてた聡介も気づかなかったろうけど、あいつには元々心が無いんだ。

人間性は命令を遂行するのに邪魔だからね。

1200年前にウリエルがこの星を破壊しようとした時ウカノミタマ神に出合い、二人は恋に落ちてウリエルは命令に反した。

人間性が芽生えた破壊天使のせいで一度地球を消しそこなった。
天使が上の命に背くなんて初めてのことだ。

創造のヌシは初めて辺境の一惑星、地球に興味をお持ちになり1200年間人類は観察の対象にされてきた、って訳」

「何で今この場で僕たちに告げたんだい?」

少し落ち着きを取り戻した悟がネクタイを緩めてから尋ねると、

「兄上を罪業から解放したいから。何故なら人間の存在そのものが兄上が罰を受けている理由だからね」

…と、ソファの手すりに腰掛けている兄、ルシフェルを見やってから戦隊たちに向き直ったミカエルの話は45億年前に遡る。

昔々、金星にある大きな城に一人ぼっちで住む天使が緑豊かな星を観察していました。

彼の名はルシフェル。

輝く銀色の髪に瞳、見事な6枚の羽根、と天使たちの中では最も美しい容姿を持ち、全ての天使を束ねる燭天使。

彼は海の中の小さな細胞から生命が生まれ、魚類、両生類、爬虫類、そして恐竜と翼竜がこの星の王者として栄えた頃に一度地殻変動を起こして生き物のほとんどを滅ぼしました。
この頃のルシフェルは上からの命令を淡々と遂行していたのです。

しかし、彼の心に、
寂しい。という感情が生まれました。

絶滅を逃れて生き延びた生物、無脊椎動物や、脊椎動物の一部そして哺乳類の進化を見届け、多様性のある哺乳類の進化を興味を持って見つめていました。

その中でも特に、毛に覆われて形は不恰好だが学習能力が高い今では霊長類、と呼ばれる種に目を付け、この動物を興味本位で自分たち天使と近い形に出来ないだろうか?
と彼らの遺伝子に手を加えました。

いわゆる人のご先祖である類人猿への進化の手助けです。

ますます知性の高くなった類人猿は氷河期が来ても生き残り、環境に適応して体毛も薄くなり、天使との違いは羽根と光輪が無いだけ。

類人猿が人類となってそれぞれの集落を形成してやがて巨石や巨木に額づいて実態の無い存在…神というものを崇める信仰の概念を得た頃、

ルシフェルに天罰が下ったのです。

「上」の命に背いて勝手に生き物を創ってはいけない。それは宇宙の理の中で最も重大な罪だったからです。

ルシフェルを地球に幽閉する役目を負ったのは彼の弟、ミカエル。ミカエルは兄の六枚の羽根の内四枚をむしり取り、持っている剣で胸板を貫き串刺しにしてとある小島の山奥に兄を幽閉したのです。

そう、ルシフェルの罪業とは人間を創造した罪。

この星から人類の最後の一人がいなくなるまで彼の罪は許されないのです。

「以上が、僕がこのお山に一万年近く閉じ込められている理由さ。
役小角よ、いくらアメノウズメに惚れ抜いているからって、同じ不老不死の体にしてくれとは出来なくもないが…人間は無限の歳月を生きる事に耐えられない。やめておけ」

1400年前、鞍馬山。
たった一人で一度も後ろを振り返らずに自分に会いに来た青年、小角に自分の罪業を話し、そのまま山を降りて帰るよう説得しようとした。

「出来なくはない、ってそれは出来るってことなんだろ?どうすれば死なない体になれるんだ?」

「わが血を体に取り込むとそうなる。そうなって微量ずつ猿を人の形にしてきた…っておいやめろ!」

ルシフェルが言い終わらない内に小角は小刀で相手の手首を切り、滴る血を口に含んでしまっていた。

途端に小角の肩甲骨が変形し、背中から黒い羽根が生えてくる。小角は大天使と同じ能力を得たのだ。
そして、遥か宇宙の彼方の真理まで見透せる神通力を以て全宇宙を見渡すと…

「なーんだ、つまらん」

とのたまわった。

「なんでそんなことするんだよう…これでお前は人間全ていなくなるまで死ねないんだぞ」

黒い翼を折り畳み、地にしゃがんで泣きじゃくる少年を抱きすくめて小角は「ウズメを見つけたら真っ先にここに来る。そして共に生きるぞ」と確かに約束した。

「俺も出来るだけの事をしてそのずっと偉い神様とやらが考え直すまで人間をより良い方向に導いてやるさ」

こうして33年後、小角は約束通りウズメと共に鞍馬山に来てルシフェルは小角に「お前に人間の全ての罪業を背負って共に生きる者、猿田彦という名を授ける」

役小角は人間の神サルタヒコとなった。

「ウズメと共に出来るだけ走り回って頑張ってきたつもりなんだけどなあ…とうとう終わりか」

とホテルの室内に忽然と現れた小角は赤い瞳を輝かせ、背中の黒い羽根を力無く折り畳んだ。

「いや、サルタヒコと人間たちが1400年もたせてくれたお陰で『上』の気持ちも変わった。
選ばれた人間たち、つまり君たち六人と、
悪意を以てこの星に君臨しようとするプラトンの嘆きと、
高天原族王子スサノオの形代、野上聡介。

これからの戦いに勝ち残った者の好きにさせる。という賭けを選択なすったのさ」

「な、何だって!?」

聡介は地球と人類の行く末が自分の手に掛かっている。

という宇宙創造神の博打に驚いて自分を指差して額から汗を流した。が、彼に憑依していたスサノオが獲物を見つけた猛禽の目つきをして、

「よかろう、その賭けに乗ろうではないか」

と銀色の長髪に銀色の瞳、形代の聡介が戦闘形態になったのでご丁寧に犬歯まで剥き出し、獰猛な笑みを浮かべた…

そんな絶望的な未来と、未知の高位者の戯れの賭けに巻き込まれた事にも腹が立つが…

自分も美代子もお腹の子も、存在すること自体が罪業。

と言われたのが果てしなく虚しかった。

では、おら達人間は何のために生きているんだ?


レッスン室から聞こえてくるピアノ曲に榎本葉子は足を止め、少し戸を開いて祖父クラウスがグランドピアノの前に踏ん張って座り、カンタータ「土の歌」七章、大地讃頌をクライマックスの部分をピアノをねじ伏せるような力強さで弾き終わった処だった。

鍵盤に手を置いたまま一分近く瞑目していた指揮者ミュラーが拍手する孫娘に気づくと顔を上げて破顔一笑した。

「すごいやん…すごいやんおじいちゃん、まるでラフマニノフや!」

「若い頃は弾き振り(ピアニストによる指揮)もしとったからな、造作もない」

とミュラーは前髪を書き上げ、その額は汗ばんでいた。

「でもなんで文化祭でうちが弾いてたその曲?」

「土の歌の最終章なあ、実は封印されとるんや」

「え?」


「第8楽章は『女神の怒り』」

大地の尊さに気づき反省し、大地讃頌を捧げた人間のもとに、大地の女神が降臨し、人間を食い殺し始め、すべての人間を食い殺した後に大地に平和が訪れるという内容だったが


「今はまだ、人間そこまで荒んでいないからと作詞者作曲者が時が来るまで封印した、という都市伝説みたいな話やけど、なあ葉子、

真の平和とは人間が居なくなった大地にこそある。皮肉な話やないか。

でも、最悪の積み重ねが次々起きる今の世界情勢を鑑みると、実に説得力がある」

実の祖父の蔡玄淵が目指すのは、一部の観音族が人間を支配し、この星に君臨する未来。

そんな未来想像しただけでも吐き気がする。

「いくら創作した側が配慮して封印しても、自然の方が人間を殺しに来る災害はあちこちで起こっているのにな」

まだ13歳の葉子は70年以上生きてきた祖父の達観を極めた発言に何も言えなかった。

人間はまだ荒んでいないからというのは現実から目を背けた甘っちょろい報われない「期待」であって、時は、既に来ているのかもしれない。

何処を見ても建物ばっかだなあ…と都城琢磨は高級ホテルの30階から眺める東京の夜景を大地の侵食だ。とさえ思った。

同室の隆文はミカエルの話にショックを受けて帰ってしまった。
我が子がもうすぐ生まれるって時にあんな話を聞かされては無理もない、と思う。

思えば母親のお腹の中にいた自分が生まれたくなかったのは…

人間のどうしようもなさなんて何千年経っても変わりはしないんだ。と解っていたからなのだろう。

だけれど、この世に生まれることが出来たのは、やっぱり弟がいたからだった。

陣痛の度に母親の子宮壁に押されて苦しんでいる時、片割れの弟は
(だったら一緒に生まれて一緒に苦しんで生きよう)と強く手を握ってくれたから、自分はこの世に生まれることが出来たのだ。

25年生きてきた中で今が一番人生で面白い時。と言えるし好きな人も出来た。

とカーテンを閉めた琢磨はビールを飲んで一息付き、

生まれてみると人生、悪い事ばかりでもなかったな。と初めて思った。2013年11月30日もあと数分で日付が変わる。

「ありがとう、及磨きゅうま


「魔性」おわり。
「高天原」に続く。

後記
明かされるルシフェルの原罪。
大地讃頌都市伝説を基にこの章書きました。

次章「高天原」は異星人高天原族が織りなすSF古事記。











































































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