あの頃、やおいを教えてくれた君と
1986年秋、冬休み前。
小学校高学年だった私は当時の親友梅ちゃんの家で2人こたつに入ってゴロゴロしていた。
彼女の家は団地の一階でこたつカバーは赤い毛糸編みだった。
ラジオからは当時のロングヒット曲、シカゴの「素直になれなくて」が流れていた。
こたつを挟んでみかんを食べながら薄い本を読んでいた梅ちゃんは突然、
「ねえ、この団地幽霊が出るんだよ」
と薄い本から顔も上げずにふつーに話し始めた。
何でも、梅ちゃんのお父さんが夜中トイレに起きてふと、玄関前の壁掛けの姿見に目をやるとそこには…
首をくくってぶら下がる若い女性がはっきり映っていたという。
トイレの事なんか忘れてお父さんはそのまま引き返してしまったそうだ。
後日、お父さんがそのことを団地の人達に話すとやはり昔、女性の首吊りがあったそうでその場所はちょうど玄関と姿見の間だったという。
こたつで寝ていた私は顔を上げて、
「…え?現場は今まさにこの部屋の玄関だったってこと?」と驚いて聞くと
「そう」と私と目が合った梅ちゃんは剥いたみかんを一気喰いしながら再び薄い本に目を戻した。
「私ね、甘酒饅頭を20個食いしたことあるんだ」
「へぇ〜、梅ちゃん細身なのに奇跡の食欲」
そこで会話は途切れ、私は出されたキャラメルコーンを咀嚼し、梅ちゃんはまた別の薄い本を読み出した。
こうして会話が続かなくても一緒の空間にいて本当に居心地が良かった関係性はやっぱり得難い親友だったと思う。
高校を卒業して彼女は地方公務員、私は医療関係の仕事と忙しく会う機会が減り、20才の時飲み会で、
「ちっくしょー、上司が脱税してんだぜ💢」
と荒れまくる彼女から聞いたのは私が保育園の時好きだった男子と高校生の時に付き合ってすぐに別れたという話だった。
「あいつ、『海いこっかー、いいね〜』といつものほほんとしてるからつまんなくなって別れた。
私はドキドキさせてくれる男がいいんだよっ!」
とビールを飲んでくだを巻く彼女を宥めながら、
ああ、いつも学校でBL同人誌の原稿を描いて若林くんと松山くんのラブアフェアで私を笑わせてくれた梅ちゃんは社会に出て変わってしまったな。
というがっかり感と
私の初恋の男の子を梅ちゃんはすぐ捨てたんだ…
という今思えばしょうもない嫉妬と怒りがちりり、と胸を灼いていたのだ。
大人になるって人間の汚さと向き合うことなんだね。
と内心がっかりしながら帰りの市電で熊本駅に向かった。
私が梅ちゃんと会ったのはそれきりで30年近く経ってからもこたつを挟んでの
ヤマ無し。のや。
オチ無し。のお。
意味無し。のい。
その実態はBLパロディ。
というやおいの意味を児童館の遊具の中で教えてくれた梅ちゃんの得意げな顔と、
住んでる家でお父さんが体験した怖い話もやおいで締めるマイペース梅ちゃんとの思い出は今でもあの日に帰りたいという位の人生の宝物である。
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