電波戦隊スイハンジャー#85

第4章・荒ぶる神、シルバー&ピンクの共闘

大文字不始末記1

8月12日、東京下町バー「グラン・クリュ」はこの日夜8時きっかりに閉店した。


「と、いう訳でお盆の三が日は休業します。皆さん、いい休暇をお楽しみください」


バーのマスター兼宿屋の社長、勝沼悟はなぜか斜に構えた姿勢でシャンパングラスを掲げて「乾杯」と気取った口調で言った。


古民家の一階を改装した昭和テイストな店内だが、勝沼一人だけヒルズ族の匂いがして完全に浮いている、と聡介は思った。


あーやだやだ俺苦手、こーいう流行りの小説にしれっと登場しそうなセレブなオシャンティ野郎…。


心でそう毒づきながらもかんぱーい、と他のメンバーに混じって社交辞令でグラスを掲げてやった。



葉子ちゃんのたった6時間の籠城騒動の後、急に睡魔に襲われてミュラー邸のゲストルームで夕方まで仮眠させて貰った後で、「とりあえずのお礼」とマエストロから京野菜のセットを貰い、


見かけが珍しい野菜をどう料理すればいいかも分からず実は料理上手、と噂のある勝沼にこの店まで来て京野菜を押しつけて…


このセレブ坊やはたった1時間で京野菜を見事にアレンジしたオードブルを7品拵えてしまったのだ!


ふっ、料理の腕は認めてやるぜ。


一人だけ酒が飲めない聡介はお子様シャンパンをすすった。



相変わらず野上先生は、勝沼さんの前では腑に落ちない顔をしてるんだよな、と正嗣は聡介の横顔をけっこう呆れながら見ていた。


だって、この間の勝沼生命科学研究所での身体測定で聡介先生がキレたのは…


パンチングテストの直前に自己紹介をした研究員の西園寺真理子さんを一目で


「おっ、タイプ!」と気に入り、「検査終わったら声かけちゃおうかな~」とニヤけていたところに天然レッドの隆文さんが


「わははは、勝沼さんの婚約者をナンパする気かぁ」と一気に冷や水を浴びせたのが原因なのだから。


要するに、八つ当たりのパンチングマシーンを破壊した上で勝沼さんにパワハラしたのが真相なのです。


しかも、母性本能をそそる子犬のような寂しそうな目でちゃっかり真理子さんに近寄るもんだから!


私、七城正嗣はここで読者に懺悔します、野上先生に同情するフリをして、野上先生を真理子さんから引き離したのが…くっ、真相です。


だって、仲間の婚約者に手を出そうだなんて戦隊関係以前に人間関係ぶっ壊れますよ!


あと1分遅かったら真理子さんが野上先生に見惚れていたかも、ですよ。まあ二十年近く勝沼さんを想っていた真理子さんに限ってはそれはないか。


ずばり、野上先生の恋愛パターンは、惚れっぽくて振られやすい「寅さん」タイプなんです。寅さん男子は見た目憎めないんですが、正体はトラブルメーカーなんです。


なーんで野上先生は気に喰わない相手、勝沼さんの真ん前の席にいつも座るかなー?それも無意識的に。


頭いい人って頭良すぎてってやっぱり抜けてる?


あ、いけないいけない、また人の事心配しすぎる悪い癖が出てしまいました。


明日からお盆…僧侶にとっては一番の繁忙期(稼ぎ時)、空海さんも大文字焼き終わるまでは京都だし、


親父と二人で何件もの法要をこなすのかはご想像にお任せします。足元にはスタミナドリンク3ダース。


勝沼さんの情報でここの近所の激安ドラッグストアで買ったものです。


さあ、「今」を楽しみますか、っと…飲み過ぎず、遅すぎず。



観光業が盆3日まるっと休むなんて、ほんとに金持ちボンボンが暇つぶしに作った店だったんだべな~。


隆文は賀茂ナスのキッシュのうまさに陶然としながら今ここに支配人の柴垣さんときららがいないのが寂しいな、と思った。


きららさんは盆帰省でもう北海道行きの飛行機に乗ってしまったし、柴垣さんは奥さんと娘さん連れて故郷の岩手に帰省してしまったのだから。


「きららさんが行ってしまった~…」と琢磨がカウンターに突っ伏して泣きべそをかいている。


コイツ、本当にきららさんが好きなんだべな。



「1週間後には帰って来るんだからそんなに落ち込まなくても…おい琢磨、ここだけの話昨日のTDLデートはどーだったんだべ?チューしたべか?」


「と、とんでもない!最初でいきなりそんなことできませんっ。でも…エレクトリカルパレードの途中で…手を握りました」


「中学生か!?中学生なの!?平成生まれで珍しい純情カップルじゃない!あんた可愛いー」


話を聞いていた蓮太郎がいきなりぎゅーっと琢磨を抱きしめた。


「れ、蓮太郎さん、琢磨タイプも好みなんだべか?」


「やーね、アタシのプラトニックな愛は、聡ちゃんに捧げるの。でも性的嗜好ってゆーの?抱けるのは女性だけよ」


隆文は目顔で分かるか?と琢磨に尋ねた。琢磨は分かりませんよ、と蓮太郎の腕の中で首をひねった。


「おら達には複雑なセクシュアリティは分からねーが、蓮太郎さんは女に対して『けっこう最低な人』というのは伝わった」


「ああん、誤解しないでよー。性欲処理じゃなくて本気で付き合ってないだけだから~」


「いやそれ、『最低な人』です」琢磨が蓮太郎の腕を外して引き気味に答えた。


ってゆーかたくぽん、と数回しか会ってないのに琢磨を愛称で呼んじゃう馴れ馴れしさ。仮面オネェの蓮太郎にしか出来ない芸当である。



「きららちゃんはチャーミングだからさー、帰省先で元同級生とかに言い寄られなきゃいいけどねー」


まさに今僕が心配している事なんです!身体的に健康優良児な琢磨の心臓あたりにずきっと痛みが走った。


「それに関しては大丈夫だべ」


隆文の膝からよじ登ってカウンターに降り立ったのは、小人の松五郎と乙ちゃん夫妻、二人とも盆踊りに直行できそーな浴衣姿である。


「たくぽんにはデート前夜に伝えたけどよ、きららちゃんのミサンガには男(ムシ)除けのリビドーデストロイヤー機能が付いているんだべ!」


「愛と正義のヒーローの、白一点の清廉性は死守せねば…」


と乙ちゃんがちっちゃいゴムヨーヨーを左手でぼよんぼよんさせてから掴み、右の頬に左手の甲を押しつけて構えた。まるで往年のセーラー服刑事の如く。



リビドーデストロイヤー?

なんだなんだその特撮ものの怪獣みたいな機能は。


「リビドー…医学用語で性衝動、つまりヤリたいっちゅー気持ちだよ」


すごく淡々とえげつない解説を聡介がしてくれた。


んだ!と調子にのった松五郎がリビドーデストロイヤーの解説を始めた。



「説明しよう、リビドーデストロイヤーとは、きららちゃんに強い性衝動を抱き実行しようとする人間の雄の男性ホルモンを手首のミサンガが感知し、きらら自身に直ぐに戦闘態勢を取らせる。


脳にインプットされた護身術を駆使して雄を撃退するとゆー機能だべ。まさに究極の虫よけ!


もちろん仲間のイエローを病院送りにする訳にはいかねーから、『無理矢理キスしよーとするなよ』と釘刺しておいた」


つまりはきららに性的に近づいた瞬間、デストロイヤーと化したきららにボッコボコにされる訳である。それじゃあ琢磨は手を繋ぐ以上の行為は出来ない訳だ。


哀れだ、琢磨が雄として哀れすぎる…聡介は若い琢磨に同情しつつ松五郎にコノヤロウ!って目線を向けて聞いてみた。


「そのリビドーデストロイヤーの解禁はいつまでよ」


「組織を壊滅させるとミサンガは自然消滅する。それまでだ」


だからそれっていつまでよ?なんて長いおあずけなんだ!?


店内には男しかいなかったので(乙ちゃんを除いて)全員がなんて残酷なデストロイヤー…と全く同じ事を思い、


松五郎ってやっぱりマッドサイエンティストじゃね?と恐れの目で浴衣姿の小人を見つめた…



ちなみに、きららは帰省の1週間の間に同窓会の帰りに送ってくれたヨッちゃんにキスされそうになって顎パンチを食らわせ、


酔った従姉弟が胸を触ろうとした手をねじり上げたのだが、


帰って来た本人曰く「いつの間にか反撃してたみたいで全っ然覚えてなんです!まったく、合意と同意得ろってんだこのエロ男子!って感じですよねー」


あくまで、後日談である。







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