電波戦隊スイハンジャー#118

第七章・東京、笑って!きららホワイト

PrincessKAGUYA4

「姫からご相談の文をいただきまして

『私のような野育ちの卑しい身分の娘が尊いお方のおそばにお仕えするなどとてもとても畏れ多いこと。

かと言って無下にお断りしても

齢七十になる父にどのような禍が及ぶか思いわずらい

このうえは今を時めく空海阿闍梨におすがりして

髪を下ろし、尼になりとうございます』と

ここまで姫がお苦しみなられているのを僧として見過ごす訳には参りませぬ」


まさに立て板に水の空海の口からの出まかせなんて、帝はほとんど聞いちゃいなかった。

「空海よ…あの輝く御方は誰なのか?」

帝と空海が立つ寝殿の北側の、庭を挟んだ北の対の廊下に私は立っていた。

右胸のあたりに北辰、北極星を中心とした夏の星座図、左胸には三日月と雲を刺繍した濃紺の狩衣姿で腰には太刀を差した

高天原族の王子の正装で私は帝の前に姿を見せた。冠を付けない銀色の垂髪で。

帝は最初は私の容姿に見惚れるばかりだったけど

やがて側に控える空海のほうを向いて堰を切ったように喋り出したわね。

「朕が春宮(皇太子)であった頃、後宮の女官どもの噂話で聞いた事がある。

何故我々皇族は御簾に囲まれ、隠されて生活するのか?

それは遥か昔、先祖にあたる天津神の一族が『まことに』光り輝く人々であったからだ、と。

朕はそのおとぎ話を馬鹿馬鹿しい!暗殺防止のためではないか。と笑ってやったのだが伝説はまことだったのか?空海」

は、と空海は自分を重用してくれる帝に向かって恭しく頭を垂れながら告白したわ

「あそこにおわします御方は帝のおっしゃる通り、伝説の、高天原族の王子でございます」

「なんと、かぐや姫は男であったか!」

威厳を保ちながらもこころもち帝はのけ反ってた。

「は、御名は畏れ多くて言えませぬ。衣の文様から御察し下され、と」

ツクヨミ?

と神野はぽん、と私の名を口に出したわ。

「代々皇族が崇敬する天照大神の弟君、夜と農耕と、暦の神…。古事記でも実体が掴めなかった月読命が。

いやはや、男と分かっていながらも、美しい…」

さすがは聡明と名高い嵯峨天皇だわね。みごとに私の正体を当て、「姫、いや王子。今までの我が臣下達の無礼をお許し下され」と痛快そうに笑ってらしたわ。


そして私は地上に降りた最終目的を遂行したの。

(神野よ)

帝は自分の脳内で響く声に最初は呆然としていたわ。諱(いみな)で呼ばれたのなんて久しぶりでしょうね。

「ツクヨミさま、いや、かぐや姫、貴方の仕業か?」

(そうよ、神野。大事なお話をするから)

物の怪やタタリの類など一切信じない現実主義者の神野は初めて私のテレパシーを受け取り、驚きながらも無言で肯いたわ。

(三年前の政変ではご苦労、あなた、若いけれど辣腕家ね)

それは、日本史では薬子の変と呼ばれる騒動。

神野の兄平城上皇が病を得て位を皇太弟の神野に譲ったんだけど、臣下たちも内心、出来がいい神野の即位を喜んだんだけど。

人間、病が治ると野心さえも蘇るものなのね。

上皇様は当時身も心もメロメロになっていた尚侍藤原薬子にそそのかされて神野を退位させて都を再び平城京に戻す。

と無茶な計画を立てたの。


神野は先手を打って坂上田村麻呂を派遣し伊勢国・近江国・美濃国の国府と関を固めさせて、政変はあっけないほどの短期間で終わったわ。兄上皇は出家、上皇の第三皇子で皇太子の高岳親王は廃太子、

結果、政敵の藤原仲成は死罪、その妹の尚侍薬子は毒を飲んで自害、上皇の子高岳親王はわずか10才で廃太子。

後は流罪や罷免など処分した人数は実に三十名近く。

神野の心には何の喜びも安堵も起こらず、政争の勝ち組には虚しさしか残らない。ということを思い知った。


「兄上皇も薬子に溺れるまでは比較的まともな方だったのです。
全ては汚らわしいあの女…娘の夫であった兄上と通じて、仲成と権勢を恣にしてきた薬子!」

月明かりの下で見る帝の端正なお顔がこみあげる怒りで引きつり、奥歯をぎりぎりと食いしばる音がここまで聞こえたわ。


「そもそも朕は我が甥、高岳や優秀な臣下たちまで処分したくはなかった。
兄上皇に道を誤らせたのは情欲のため…姫よ、朕は間違っていたのですか?」

(いいえ、この国で一番偉いのは誰なのかをはっきりさせなくてはいけない。政を摂るのは今上の帝であるべき。お前はよくやった)

「部下にも恵まれました。ここに控える空海の戦勝祈願と先手必勝の策あってこそ」

「皇御国の、ためですよ」

と空海は謙遜するでもなくしれっと言っちゃってたわね。

実は私と空海は二十年前、彼が役小角のもと山林修行に明け暮れていたころからの知り合いだったの。

帝の出仕の要請を受けた私は神護寺にいた空海に文を送ったのはさっき言ったわね。

この国では空海しか解読できない高天原文字で書かれた文を読んだ時、空海は最近噂のかぐや姫=月読命と全てを理解した。

だって佐伯の真魚だった頃の空海に高天原文字を教えたのは私だもの。

手紙の内容は、ですって?

別に大した内容ではない。

隠(オニ)を使って帝の同行を監視し、帝が忍び込む夜に変装して寝所で待っておれ、と指示しただけよ。

そこで帝とお話しするから私のしたいようにさせよ、と。

(佐伯の真魚よ、随分出世したわね。唐帰りで今をときめく遍照金剛だって?)

私は空海にご苦労、と労いの意味を込めてテレパシーを送ったわ。

(帝が血筋よりも実力で人材を登用する主義なので、随分好きにやらせてもらってますよ)

空海が心の中でぺろり、と舌を出したのを私は見逃さなかった。試練をくぐり抜け、したたかな男になったものよ。

もちろん嵯峨帝には分からない私と空海だけの心の会話。帝は私と空海が見つめ合っているのに悋気(ジェラシー)を覚えたようで、

「いかにミコトさまとはいえ空海は渡しませんよ。この者には国家鎮護の任を命じてある」

とこの場に割って入った。

この男…私の中に小さな疑念がさざ波のように広がったわ。まさかとは思うけど。

「実は朕は、女は嫌いだ」

39才という年齢にも関わらず若々しい空海の横顔を見下ろしながら嵯峨帝は言ったわ。

「後宮に仕えるあまたある妃達は、所詮藤家(藤原家)始めとする貴族たちが送り込んで来た者ども。朕が欲した訳ではない。

香を焚き染めた衣を着こんで白粉(はふに)を付けた美しい顔をしてはいるが…女というものの正体は我欲そのものじゃ。

薬子みたく自分の手の届くものをすべて我が物にしたい欲の塊じゃっ!

そのような者に比べるとこの空海やあなた様は、ほんに裏表もなく…きよらなり」

古語の最上級の表現で褒められた私は、嫌な予感がしたわ。

「かぐや姫、男子でもよい、お慕わしゅう存じます!」

正体を見せたらさすがの帝も諦めてくれると思ってたんだけど

男でもいい、好きだ。って

まさかのカミングアウトを受けちゃったのよ!

昔の合コン番組のねる○んみたく

嵯峨帝の「男でもいいから、お願いします!」

と告白された私は腹では「ばっきゃろー、お前なんか願い下げなんだよ」と思っていながらしおらしく「ごめんなさい」と頭を下げた…

ことはしなくて、立っている北の対の廊下の端からひとっ跳びで庭を越えて

寝殿の廊下にお立ちになっている帝の面前に立って、私は帝の細く尖ったお顎を親指と人差し指でつまんで見分してやったわ。

空海ほどじゃないけれど、神野は色白で鼻梁が整ってたけっこういい男だった。

「あらいい男。…文学も芸術にも秀でて、おまけに帝ときてる。これじゃなびかぬ女はいないわね。でも嘘つきは嫌い」

「ああかぐや姫…」

なんか勘違いしてうっとりと口づけを待っていた神野の横っ面を、私は逆手でぱん!とはたいてやった。

嵯峨天皇のお体が仰向けに倒れて、室内に烏帽子が転がり落ちたわ。

髷が露わになって慌てて烏帽子を当てようとする帝のご様子がとても滑稽だったわね。

「神野よ、お前の心にずっといらっしゃるその貴婦人は誰?化粧しなくとも薫るように美しいその人は誰なの?」

嘉智子、と帝は一番寵愛している夫人(ぶにん)、橘嘉智子(たちばの・かちこ)さまの名をお呼びになられたわ。

「しんじつ愛している女人がいながら私の寝所に忍びこむとは言語道断、浮気者は嫌いよ」

と言い捨てて私はわざとらしくぷいっと帝に背中を向けた。

「お待ちくださいかぐや姫、いえ月読命さまっ!」

と帝はわたしの狩衣の袖に縋りついた。そこには天皇としての威厳をかなぐり捨て、ただの神野皇子に戻った

ひとりの哀れな振られ男が…泣きじゃくっていた。

かかったわね、神野。

私が片頬でにやりと笑ったのを月だけが見ていた。

「朕が即位して四年も経たない内に、兄との政争で多くの血が流れました…政はいまは表立っては落ち着いているものの、貴族たちの肚の中は分かりませぬ。

朕が心から信をおける者はこの空海と、後宮には嘉智子しかおりませぬ…増え続ける后や生まれ続ける皇子、皇女たちで朝廷の財政は逼迫…前途多難です。

今の朕の両肩では、天皇というものの重さを支えきれそうにありませぬ。助けて下されツクヨミさまっ!!」

もうこうなったら神野は私の言い成りになるしかない。男を虜にする恋愛テクパート3「ツンデレ」で私は帝を落としたの。

「…恋文を交すだけなら許すわ。そこにいる佐伯の真魚を通して、文を送ります。
神野、おまえが御所で受け取る際にも絶対信用できる女官に届けさせること。いいわね?」

はい…と神野は袖から手を離して私に拝跪した。

ちょいとそこの平成メンズ&ガール、何驚いてんの?天皇が天津神にひざまずいて拝むのは当たり前じゃない。

「お声が聴けるとはいとありがたし…」

と神野は拝みながらちゃっかり私の裸足の脚先に口づけをしたわ。おいおいここは日本だ。

こいつ後宮の閨でもこんなことやってんのかしら?

内心私は呆れ果てたけど、ここでキレて彼奴(きゃつ)を蹴飛ばさずに演技を続けようと我慢したわ。

も一度私は神野の顎をくいっと引き寄せて

彼の右目の泣きぼくろの辺りに口づけをしたわ。

神野はそれだけで腰から力が抜けて「あな、嬉し…この顔すすぎませぬ!」と両頬を押さえて少年のように身をよじったわ。

「いい子…神野。私が今から言う事、死ぬまで覚えてなさい。

政の本質というのはね、王位に君臨することでも、政敵に勝つことでも、他国に覇を唱えること無いのよ。先ず、租税を払ってくれている民を食べさせることなのよ。

神野、今から預言を下す。聞け!」

「はっ!」

背骨に熱い鉄棒を差し込まれたように嵯峨帝は畏まって再び月読命に拝跪した。

「いまこの日の本は、文化的、精神的に大陸からの自立を図らねばならぬ。それはひとえに今上の帝、お前の双肩にかかっているのだ。

日の本独自の政の礎をを完成させよ。
これよりそこの遍照金剛を初め、優秀な人物たちが引き寄せられるようにお前の元に集って来る。存分に使いこなせ。お前にはその能力がある

これは神託である!」

「御意!」

その時の嵯峨帝の目には鋭気が満ち満ちていた。

この帝は日本史上屈指の名君になる、と私は確信した。

「さあ夜が更ける前に帰りなさい。もう夜遊びはやめるのよ」

「ささ、帝。御所の方々には狩りに疲れて神護寺でお休みになられた、と私から言い訳しておきますから」

空海に半ば引っ張られて帝は屋敷からお帰りになられたわ。

はぁ…慣れない恋愛上手の真似はやるもんじゃないわね。私はぐったりして吉野や千鳥に手伝わせて狩衣を脱いで、寝所で朝まで爆睡したわ。


翌日のお昼過ぎに、空海が屋敷の裏口からひょっこり入って来て「厨(台所)をお貸し願えますか?」と言って手持ちの小麦粉でまっ白い麺を作ってくれたわ。

その麺の柔らかさと薬草入りの汁のおかげでやっと私の食欲が戻ったわ。

「唐の市場で作られていた料理に私が工夫を加えたものです。

久しぶりにご尊顔を拝したらお痩せになっていたようで…暑気あたりかと思いまして食が進む料理をと」

「実に美味し!」

はあ…と空海は照れて剃髪の頭を掻いて

「実は夫人の橘嘉智子さまがご懐妊中の折に献上したのです、つわりで食が細くなったおられたので。

美味しい、美味しいと言って気に入られましたが…その時帝も食べたがり、ご一緒にお召し上がりになりましてね、一度に四、五杯も食べる始末。今では膳部に命じて作らせ、こっそり食しておられるご様子。

妊婦の滋養強壮になるように鶏卵と大蒜にんにくを入れたそれを健康な男子が召しあがったら…ねえ?」

「精力増強じゃないの!坊さんがなんて事を」と私は空海に説教してやったわ。

「神野の色狂いの原因はお前が作ったんじゃない?」

「そういうことに、なりますなぁー…まあ英雄色を好むといいますし」

と空海はあらぬ方向を向いてしれっと言ってのけたわ。

「まあその英雄が庶民の娘や若者を求めて夜遊びをするようになられたのは、ずばり後宮問題を抱えておられましてな」

「ああ、吉野から情報を聞いたわ、お妃さまとの不仲ね」

私は吉野に目配せをし、人払いをするように命じた。

「実はご正妻で帝の異母妹の高津内親王さまを廃して名族橘氏出身の夫人、嘉智子さまを皇后に擁立しようという動きが起こっていまして」

「空海、お前の見立ては?」

「橘一族の根回し運動と参議の藤原冬嗣どのの後押しで嘉智子さまでしょう。

跡継ぎになる皇子さまもお産みになっておられますし、何より帝のご寵愛が尋常ではない。

帝が親王であられた頃に連日通い過ぎて

『少しは他の女御さまがたの心をお考えになってください!』と嘉智子さまに叱られ寝所から締め出される事もあったようで」

いかにも神野らしい、とその図を想像して私は笑ってしまったわ。

「血筋からいったら高津内親王を廃するのは無茶だって言う貴族もいるんじゃない?御子も二人いらっしゃるし」

「はい、母方のご実家は坂上氏。高津さまは功臣、坂上田村麻呂どのの姪御さまなので、帝もどうしたものかとお悩みになっておられます…ご夫婦仲は、最悪です」

「まあ」

「これは帝の愚痴なんですがね、内親王さまは疳気(ヒステリー)が強く、二人目の子を産んでから閨事はほとんど無いのだ、疲れた…とがっくり肩をお落としになられていました」

と空海は自分で作った麺を口に放り込んでうん、うまい。もう一工夫、汁の色をもっと薄くできれば…となにやらアーティストみたくつぶやいていた。

なるほど、庶民にとっては休息の場である家庭。天皇にとってはそれは後宮なんだけど。

今の帝には全然癒しの場になってない、って事なのね。

「唯一の癒しの嘉智子さまは?」

「それがご懐妊中で、御子さまご出産まで実家にお戻りになられていまして」

「男が羨む後宮が、神野にとっては衆合地獄(淫乱の罪で落ちる地獄)って訳かぁーはっはっは。
それで外に安らぎを求めたのね…男色も嗜むとはねぇー…

ねえ真魚、あんた帝のお手付きになって出世したとかじゃないわよね?まあ深くは聞かないけど」

「ぶっちゃけ何度かお誘いはありましたけどね。

安心してください、そこは死守しています。

弟子に手を付けたら国家鎮護の任を辞して、唐どころか天竺まで逃げて帰りません!と釘を刺しておきました」

こいつ…20年前は初心(うぶ)で可愛かったのに、天皇を脅迫するまでしたたかな男になったのね。

あのさ、と気を取り直して私は初めて「政治的な指示」を空海に出した。

「そんなに内親王との生活が苦痛なら、いっそ廃妃(離婚)してしまえばいいじゃない。ご実家に帰ってもらうのよ」

さあっと一陣の風が室内に吹き込んで、御簾が巻き上がったわ。

竹から出てきてもうすぐ一年半。屋敷にももうかぐや姫を見物しようという物好きは来なくなっていた。

くっ、くっくっ、と空海が口元だけの笑みを浮かべて

「さすがツクヨミさま、高天原族一の学者。高岳さまの廃太子に続けて廃妃とは、帝は陰でますます暴君と言われましょうなあ」

「あんたもそう考えているくせに」

「その通りです。他の貴族の方々も意見は同じ。あとは帝が御決断するだけ。ツクヨミ様、昨夜ご覧のとおりあの方は」

「本当は情の深い男よね。父帝の命令とはいえ最初の妻として愛した女で、妹でもある高津様を、これ以上傷つけたくない。

でも駄目。中途半端な優しさは、より多くの者を苦しめるわ」

私は筆箱ふばこを取り、短い文を書きつけて「これを神野に読ませなさい、直ぐに理解できるはず」と渡した。

空海はそれを読むなり「なるほどね」と得心気に肯いて文を懐にしまい、さっさと寺に帰って行った。


戦隊のみなさん、竹取物語は前半は庶民の娘が貴公子たちを振りまくる滑稽話。

後半は、帝とかぐや姫の文通で占められるプラトニック・ラブな話なの。

でもここまで聞けばお分かりでしょう?かぐや姫と帝の文の内容は、恋文と見せかけた漢詩に暗号を織り交ぜた政治的な相談と指示。

この時代は学問も文化も芸術も唐風を極め、そこからアレンジされた日の本独自の文化「和風」という胎児が育まれる大きな転換期。

私は嵯峨天皇を「和風」の産みの親の一人として選んで、政治的に助けるために月から降りて来たって訳。

後期
まさかこれ書いた3年後に嵯峨天皇と空海を主人公にした時代劇書くなんて夢にも思いませんでした。

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