電波戦隊スイハンジャー#83

第4章・荒ぶる神、シルバー&ピンクの共闘

メタモルフォーゼ3


異形なのは、汝だ。


銀髪の男が葉子を指さして言い放った。


野上祥次郎?いいや、野上聡介?ちがう。


あんたは「誰」や?


うちの全力の攻撃。お母ちゃんから禁じられていた「絶対滅」の力が効かん。理解不能の肉体。


異形が何いうてんねん。


でも今、思い知らされた。鏡に映る自分の姿が圧倒的に異形だということを。


謎の男の怨霊に体に入られて間もなく、うちは真夜中の鴨川の河原をさすらっていた。


若い男が、自分を付け狙っているのにすぐに気づいた。バタフライナイフを持ってうちを襲う気だって事も。


こいつは女性に酷い事を繰り返してきた。自分より弱者なら何をしてもよい、という思考の持ち主。


捕まっても本当に反省なんかしていない。「狩り」を覚えた快楽に支配されている。


狂ってる、この男も、世間も。なんでこんな男をすぐにムショから出すのだろう。


どこまでがうちか、怨霊の思考なのかがごちゃまぜになっていた。男が走り寄って来る。


相手の思考が、手に取るように読める。河原に押し倒して…下種《げす》め。自分がやって来た事の報いを受けるがいいさ。


うちが右手から力を放つと、男のバタフライナイフが粉々になる。


男がたじろいで逃げようとする。遅いさ。髪の毛を伸ばして、奴の脚をからめて転ばせてやった。


骨を何本か折ってやった。焔を飛ばして顔を焼いてやった。


痛いか?苦しいか?恐いか?お前は被害者たちにそれほどのことをしてきたのだ。


いい機会だ。ぎりぎり殺さないから、思い知れ。


怨霊には自分が残虐行為をしている意識は微塵もない。


むしろ天誅を下してやっているという上位者意識でリンチを愉しんでいる。


うむ、葉子の体は力が使い易い…男を痛めつけて川に棄てた後で怨霊は作戦を思いついた。


我が細胞の娘、サキュパスを殺した緑色と銀色の戦士。


あいつらを誘い込んでやろう。異常な事件を起こせばあいつらは駆け付けて来る筈だ。


その後も3人、手口を変えて「狂った男」をいたぶった。


高所から突き落とし、あるいは触角を鋸状に変えてそれでなで斬りにした。


ああ、焔で火あぶりにした奴もいたっけ。


明るい内は意識を眠らせて、葉子の中で「休憩」していればいい。


世間は犯人が、12才の女の子なんて思いもしないであろうから…


凄惨な暴力の絵巻が、葉子の思考の中で右から左に流れた。


リンチの引き金を引いたんは、うち自身の憎悪やったんや。怨霊はうちの憎悪を膨大させ、肉体を操っただけ…


いやだ。いやだ。厭だ。


自分がもはや取り返しのつかない行為をしてしまった。すっと自分の胸の中央に穴が開いて、ブラックホールになって彼方に吸い込まれていくような気分。


ああこれが、絶望ってもんなんやな。


自分の学習机のペン立ての中で、工作用カッターナイフがやけに拡大して見えた。


死のう。


ガブリエルが部屋に入るのがあと一分遅ければ、葉子は自殺を図ったであろう。


視界の端で何か白い触手のような物体が飛んできて、葉子の右手の甲をしたたかに叩いた。持っていたカッターナイフが、床に転げ落ちた。


「絶望は、愚か者の結論でし」


純白の翼を広げた女性の天使が、少し怒った口調で葉子を見下ろしている。葉子はようやく我を取り戻し、自分を叩いたのは彼女の羽根だということを理解した。


「初めましてお嬢さん。ワタクシは大天使ガブリエル…これは挨拶代りでし」


ガブリエルは両手の間から次々とバラの花を出す。その光景はマジシャンさながら。最後に透明フィルムとブルーリボンでバラをひとくくりにして、両手で抱えるのが精いっぱいの大きなブーケを作ると、葉子に差し出す。


バラの芳香でぼうっとなった葉子はあ、ああ…と機械的にブーケを受け取った。中心が藤色の白いバラ。レースのように花弁が波打っている。


「その花はガブリエル…ワタクシのように高貴で、繊細で、清らか…」


んっふっふ、といきなり人の部屋に入って来やがってお花出しまくって自己陶酔してやがる大天使を見ている内に、ついさっきまで死のうと思ってたのがアホらしくなってきた…


気が緩むとお腹が空いているのが分かった。そして、下腹部に鋭い痛みが起こって太ももの間に生温い感覚…


葉子のパジャマのズボンがみるみる血で染まるのを見たガブリエルがドアから顔だけ出して廊下の孝子に向けて


「初潮でし。葉子ちゃんは女の子になったんでし」とナプキンと替えの衣服を要求した。


その間降臨してからたった2分。「できれば朝食も2人分」と大天使は初訪問したお家のご家族に図々しく注文をした。


籠城戦になりそうやな…とクラウスは軽くこめかみを押さえた。



「…と、いう訳で葉子ちゃん、あなたの体は初潮による女性ホルモンバランスの急激な変化により、幼生から成体になったのでし。

ちょーざっくり言うと大人の女性になったんでしよ」


ハーブソルトをまぶしたハムエッグに、イチゴジャムと四つ葉バターをたっぷり塗った厚切りトースト2枚、付け合わせにブロッコリーの茹でサラダごまドレッシングがけの朝食をぺろりと平らげ、優雅な動作で紙ナプキンで口をぬぐいながら「葉子の体の変化」について説明を続けている。


ちょっと待てや、と葉子は言いたい。


ガブリエルに手伝ってもらって着替えと生理の手当てを済ませたものの、気分は憂鬱で最悪。


鎮痛剤が効くまでは下腹がぎりっぎりと痛い。それになんや、幼生だの成体だの、ホモサピエンスヒト科に当てる表現やないで!


「ガブちゃん。うちも中一でそろそろ生理迎えるんやないかって思ってたし、菜緒ちゃんから『ナプキンと替えの下着常備しとけや!うちは学校で始まったで』って口酸っぱくして言われとったし…でも今のうちの姿になった説明にはなってへん!」


だーかーらーとガブリエルは自分の膝を打って、朝食を半分残してベッドで横になっている葉子に詰め寄る。


「お母さんのクリスタから何も教えてもらってはいないのでしか?クリスタも初潮を迎えてこの姿になったはず…ねえクリスタのご両親」


とまた顔だけをドアから出して、ミュラー夫妻に尋ねた。


「そうだったのよ、葉子ちゃん。クリスタも中二の春休みに初潮を迎えて…今の葉子ちゃんと同じ姿になったのよ」


「あの時もクリスタが部屋に引きこもってなあ…部屋にトイレがあったから結局2日間籠城されたで。空腹に負けてクリスタは自分から出てきたけど…安心せい、時間が経てば元の人間の姿に戻ってるから」


うちが聞きたかったんはその説明や。


「元に、元に戻れるの?おじいちゃん」自然と葉子の声が明るくなる。


「いえ、今が葉子ちゃんの本来の姿でし。この星に適応するためのヒト型擬態から細胞が解放されたんでし」


アイスティーをストローでちるるるとすすりながら、大天使は葉子に芽生えた希望を一言でぶっ潰して再び混乱に陥れた。


「今の姿がうちの正体!?な、納得いくまでこの部屋から出えへん…!」


ドア越しの葉子の頑固な宣言に、廊下に座っていたミュラー夫妻と菜緒は


「この空気読めないアホ天使ー!」とガブリエルを罵倒しまくりたかった。せっかく葉子を部屋から出すチャンスを…運悪く、葉子の部屋はトイレ付きであった。


天使の白い手だけがにょきっと2人分のお膳を持ってドアから出て菜緒にお膳を押しつけた。


「もうすぐお昼でしね。葉子ちゃんにタンパク質を摂取させたいのでお昼はとんかつ定食でお願いしまし。ワタクシの分はキャベツどっさりで」


午前11時。通いの家政婦の瀧さんが来たので事情は伏せておいたまま昼食を作ってもらう事にした。


「葉子が生理で引きこもってるのよ」


と孝子がある程度事実を話しておくと孝子と同い年の52才瀧さんは


「私の娘も学生の頃そうでしたよ。大丈夫ですよ奥様、成長すれば落ち着きますって。娘も今じゃ赤んぼの育児に追われてますよ」


とすんなり納得してくれ、2階には上がらないよう気を遣ってくれた。


人を取り込みたいなら、支障の無い範囲で事実を伝えておくと相手は心を開くものだ。長年演奏家の卵たちをを育成してきたミュラーの経験から得た「人付き合いの法則」である。


「腹が減ってはなんとやら…わしらもお昼にするか。菜緒ちゃんも食べて行きや」


うちは5時に帰るって親に言ったけど…葉子ちゃんいつまで籠城する気なんやろか?それと、ガブさんはどこまで葉子ちゃんに真実を話す気なんやろか、それはうちの知らない真実?


料理上手の瀧さんが作ってくれた「ミルフィーユ風とんかつ」を頬張りながら菜緒は2階の葉子の様子ばかりを気にしていた。



「…うちは、醜い。姿ばかりでなく、心も。連続通り魔のきっかけは、うちの憎しみからやと気づいたんや…あれは、うちの犯行や。


おじいちゃんが言うてた。心の醜い人間にいい音は出せないって。


なあガブちゃん、人はデート行く前や面接に行く前、できるだけ第一印象を良くしようと服装や化粧に気ぃ遣うやろ?」


「まあデートには勝負服と勝負下着、面接にはリクルートスーツと相場は決まってましが…」


「うちは気づいたんや。人間みな、見た目で人を騙した方が得、と学習して実行しとるんや。つまり人間ひとりひとりが…自分の中に『目も当てられない醜い部分』を持ってると自覚して、隠して生きているんや。だから、醜いうちは音楽やる資格なんて、ない」


「早計で短絡な思考でし、まさに子供」鼻で笑う寸前の声でガブリエルは言い捨てた。


「最初から言ってるでしょ?あなたの姿を拒む家族じゃないって事を。私たち大天使から見たら宇宙有数の美しい種族でしよ」


美しい?うちが?この髪の毛昆虫で体ウサギみたいになっとるうちが美しいと?


「やっぱりうちはエイリアンの血を引いとるんか?お母ちゃんは孤児で、捨て子だったんで出所不明なんや…超能力の使い方以外教えてくれへんかった」


葉子は昼食の定食を完食してデザートの干しプルーン入りヨーグルトを食べてもうちょっと蜂蜜欲しいな、と言いながら尋ねた。


お、朝より元気になったな。とガブリエルは観察しながら思った。


「クリスタは、あなたに正体を見せなかったんでしね…」


「うん、力を護身に使うんはええけど、悪用したらあかん、て。あ…」


河原で男が向かって来た時、うちは奴のナイフを無くして脅して立ち去らせる。それだけのつもりだった。


怨霊の意志を、自分の意志と勘違いしていただけなのだ、ということに葉子は気付いた。


食事を中断した葉子の手にガブリエルは自分の両手を重ねた。


「あなたのその姿と力は、亡きクリスタからの贈り物…決して醜いと否定しないで欲しいんでし…


あなたの種族については重要機密なんで段階を踏んで教える事しかできませんが、そうでし。元々は異星人の種でし」


やっぱりそうやったんや。衝撃的な告白が、なぜか葉子の胸にすとんと落ちた。


そして、頭の中に歌声が蘇る…



むーかしむかし、そのむかしー大きな川のほとりにー


「大きな花と、小さな花が、並んで咲いていた…」


自分が保育園に行ってた4、5才の頃の記憶や。お母ちゃんはちょっと離れの公園まで行く時、うちの手を引いてこの歌を歌って教えてくれた。


お母ちゃん、なんて曲や?


花のメルヘンていうんよ。お母ちゃんがクラウスおじいちゃんち連れられて日本に来た頃、「みんなのうた」で覚えたんよ。


なあ葉子、今日は特別や。


なんで?


人気のない公園の大きな木の下で、お母ちゃんはうちを正面に立たせて…


お母ちゃんの体が緑色に光った。黒髪の毛が緑と白のゼブラ模様になって逆立ち、衣服から露出した肌は、鶏かウサギのような白い毛に覆われ、元々翡翠の色をした瞳が紅く光っていた…


鏡に映った今のうちと同じ姿や。


…お母ちゃん!


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