電波戦隊スイハンジャー#117

第七章・東京、笑って!きららホワイト

PrincessKAGUYA3

なぜ、かぐや姫はあまたの貴公子の求愛を最後まで拒み通したか?

ここまで話聞けば分かるでしょ?だってその時、私の体は「男」だったんだもん。

あったりめーだろうがよ。

裳着の式から程なく私の男性期が始まった。媼と千鳥は私の体の秘密を知っていた。

だってー、湯殿の世話の時に裸体を見られちゃったのよ。

そりゃ二人とも「この姫、というか若君?はますますこの世の方ではない!」と驚いて御簾と几帳の二重囲いで私を隠すようになった。

あの時は京の真夏なんでクソ暑いったらありゃしなかったわ!


私が地上に降りて今までの経緯をすべて吉野に話したら

「裳着の式をなさったのはいけませんでしたね」と困った顔をしたわ。

娘が裳着をする、という事はすでに娘に婚約者がいるか、世間の殿方に対して娘は結婚OKですよ。

という意味だと知らされて私ははた、と扇を取り落したわ。やっちまった…

「まあまあ、落ち着きなさりませ王子。殿方を選ぶも拒むもこちら側の仕事ですから。警備は私にお任せ下さりませ」

とゆったりと頭を下げた吉野の翌日からの働きは素晴らしかった。

まず、外の殿方から金品を貰って買収されていたもの、

口の軽き女房、

殿方をつまみ食いしていた女房はすぐ解雇され、吉野の信用できる女たちを身辺護衛としてさらに五人採用して交代制で常に私の傍に付けた。

いい?世の中で一番信用できない人間は、

金銭問題を抱えている者

自分とは関係ないから、と人様の悪口を言いふらす者

深く考えもせずに人の情にほだされる者なのよ

そういう人が身近にいたら

裏切られる前にすぐ遠ざけなさい


まあとにかくこれで私も媼も安眠できるようになった訳。


「お前高天原族だろ?警護が必要ないくらい強いんじゃねーのか?」

「いい質問ね、聡ちゃん。
もし警護の不手際で寝所に殿方が侵入してきたとする。私が慌てて目覚める。
私は寝起きが不機嫌。さてどーなりますか?」

「返り討ちに遭って最低頭蓋骨粉砕だろーな。俺の力加減からするに」

「うん。だから吉野達が守るのは私じゃなくて、夜這いに来た相手の方。
いくら遊び人でも当時は殿上人。政治的重責にある方々を簡単に殺す訳にはいかないじゃないか」


それでもパパラッチたちにも仕事や生活があるからね。
2月、3月と過ぎる内に屋敷に文の使いに通う者は最初の頃の4分の1に減っていた。

翁も「うちの姫を半端な男と添わせたりはせぬ!」と突っぱねていたからね。

うだるような暑さが過ぎて私が夏バテから解放された頃

残った婿候補の5人の貴公子の使いが「せめて文の返事だけでも」と通っていたわ。

「ここで戦隊メンバー唯一の女の子であるきららちゃんに質問です。

昼も夜も、ゲットしたい娘の家に使者を送り、たまに宮中に参内すれば年収3,4000万くらいの収入を得て、

地方に親から相続された領地もあるから不動産収入もあって、
和歌、管弦、女遊び以外に趣味の無い若者をあなたはどう思う?」

「せーの、女狂いのだめんずです☆」

正解!とツクヨミはウインクして親指を宙に突き立てた。


宮中で命婦(みょうぷ)として仕えていた吉野も

「石作皇子、車持皇子、右大臣阿倍御主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂(もちろん本人のプライバシーを考慮した偽名よ)…この方々だけは文も読まぬ、返事もせぬ訳にはいきません」

とこの5人がどれだけ社会的地位と権力があり、逆恨みでもされたら翁にどんな制裁が来るかわからぬ。

という事情を説明して5通の文を私に差し出したわ。

…読んでみたら字が上手いわ教養が高いわ、ウィットの利いた洒落も書けるじゃないの。

流石はプレイボーイどもね、都の貴人の姫たちが「是非通ってほしい」と熱望するほどの貴公子ファイブなんですって。

面白いから私の方からも何度か返事の文を送ってやったわよ。

寝殿の奥で殿方に文と返歌を書いてらっしゃる姫が、実は直衣(貴族男性の普段着)をざっくり着こなした15才の少年、と知ったら相手は憤死するんじゃないかしらね。くすっ。

機会を見計らって

翁には私が男である事を告げたわよ。どうしたかって?

百聞は一見に如かず。

かぐや姫が養父の前で重ったるい衣装を全部脱いで、裳の紐を解いて、はたり、と全衣服が床に落ちた瞬間、

翁は白目を剥いてぶっ倒れたわ。

天からの授かり物と信じ大事に育てた姫の脚の間に

男(をのこ)の印を見とめてしまったんだからねっ!

「まあこれでは殿方と添わせる訳にはいきませんね」

媼は仕方ないだろ、と言わんばかりに寝込む翁にあっさり言い放ったわ。

「分かっておる…分かっておる…なれどもうこの五人の公達からどなたかを選らばねばならぬ、退けぬ事態になっておるのだ…」

翁の心労はピークに達してたわ。

うっかり見つかって拾われたとはいえ、この夫婦には育ててもらった恩義がある。

それはまったくの見当違いだったけれど

父親なら娘を素晴らしい殿方と結婚させるのが幸せの道、と頑なに信じ込んで短期間で頑張ってきたからね。

全ての縁談を体よく断ってなおかつ養父母を守るには…私は策をめぐらせたわ。

そして、鈴虫が鳴く秋の夜。私は5人の公達に一堂に集まって管弦の宴を催したい、という文をそれぞれに出したの。

三日月の輝く夜だったわ。公達たちはそれぞれに篳篥、龍笛、琵琶を持ち、御簾の向こうの私に向けて競い合うように演奏していた。

5人の男達は思ったのかしら?

今宵、自分が姫に選ばれて御簾の内に呼ばれてかぐや姫を抱けるのだ、と。

思ったのでしょうね。

この宴に来た男どもは、自分より素晴らしい男はいない、と自惚れている。

男って大抵そうよ。口で言う事はみんな響きの良い嘘。

御簾の内に強引に入って女を我が物にしたり、手に入れたらすぐに飽きて夜離れ(よがれ=女を棄てる)する。

秘めていきなり実行するのがまことの男という生き物なのよ。

だからお嬢さん、男の口からの言葉や気の利いたメールなぞは95%がでまかせ、と心得た方がよろしくてよ。

得てしがな 見てしがな と思いしか

何とかしてかぐや姫を抱いて既成事実とし

妻として我が物にしたいと策略を思いめぐらす

物語には男どもの生々しい欲望があけすけに書かれているわね。

かなり夜更けになって演奏にも倦み、宴がのろのろと進んだ頃

御簾の前に翁が立ち

私が囁くままに男どもに宣言したわ

「今宵集まりし殿さまがたは皆それぞれに素晴らしいお方だとは思いますが…だからこそ畏れ多くてお仕えしようという気になれませぬ。
文や和歌、管弦の音色は素晴らしきなれど…殿さま方の、まことの心が見えませぬ。と姫は申しております」

「おいおい竹取の長者よ、今宵も追い返すつもりであろうか?」

と取り澄ました顔が酔いで崩れ、怒気を露わにしたのは右大臣さまだったかしら。

私は権力者たちを前に怖気づいた翁に御簾ごしにささやき続けたわ

(どうしてもわたくしを欲しいと思召されれば)

「ど、どうしても姫を所望するならば…!」

(今から言う品々をわたくしの前にお持ちになってくださいませ)

「いまから言う品々を姫の前にお持ちになった殿方に、私はお仕えしましょう、と姫は申しておりますっ!」

そ、私は月から来た異星人。高天原族の王子。

地上では手に入る存在ではねーんだよっ!ばーか。

だから男どもに

仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の裘、龍の首の珠、燕の産んだ子安貝

をそれぞれに取って来るようお願いしたわ。

この世に存在しない者を要求して「取れませんでした」と貴公子たちの対面を潰さずに諦めさせるためよ。

その後の貴公子どもの醜態は物語で知っているわよね。

贋作の玉の枝を作らせて私に見破られ恥をかいたもの。大金を払って偽の皮衣をつかまされたもの。

図々しく寺から盗んだ石鉢を持って私に言い寄り、吉野に追い出されたもの。

わざわざ筑紫から出航なさった大納言さまは勇敢だったわね。でも遭難寸前の憂き目に遭い這う這うの体で帰って来たそうよ。

中納言様は燕の巣を探ろうと高所に登って転落してしまわれ、打ち所が悪かったのか、間もなく死んでしまったわ。

おかわいそうに。


翌年の春の終わりには貴公子たちも私を諦めた。私はやっと安堵したわ。調査のために様々な文物を調べ、お付きの女の童、千鳥に手習いを教えたりした。


物憂い気分になる梅雨は香を焚いたり、琴や笛を鳴らして過ごしたわ。

そんな時に翁が血相変えて私の所に飛び込んできたわ。

「ひ、ひめ!一大事ですぞっ」

なんと、5人の貴公子を振った私の噂を聞いた帝が

「そうか、なら私の元に仕えたいのであろう?」

と勘違いして私に参内せよ、と命じたのよ。

やばっ、と思ったわよ。帝といえばこの国の頂にある者。

権力使ってでも私を見たいというのだからやっぱり色好みよね。

この時私は女性の体だったから、尚のこと危機感が募ったわ。

吉野も「帝は3年前に兄上皇さまを追い落とし、甥御の春宮さまを廃太子になさって政の実権を掌握された強引な御方、何をなさるか分かりませんぞ」

そして、わたくしが追い返せる相手ではございません…と悔しそうに首を垂れていたわ。

3回ほど出仕の命令があったけれど、月の障りだとか今は病だとか言ってシカトしたわ。

これ以上断ったら養父母にも、吉野や千鳥、私に仕えている女房たちにまで累が及ぶやもしれぬ…

思案して、気分が落ち込んでた時にたまたま眺めていた絵巻の風景に、私は閃いたの。

「吉野、このお寺の住職に文を出して。なるべく人に知られないように」

は、と吉野が言う通りにしてひと月も経たない内に、その男は蛍がちらちら飛び交う夜に忍んできた。


翁が、今は私がをのこの体をしていると知りながらも断れない相手はこの国にひとりしかいない。

手引きをすれば官位をやるぞ、とでも言いくるめられたんでしょうね。

狩りの帰りに休息に尋ねた武官、といういでたちで帝は忍んできた。

変装してても特上の香を衣にふわあっと纏わせているから、分かるのよ。

普段女の扱いに慣れているのかしらね。

帝は音もたてずに背後から忍び寄り、最初は優しく、そしてぎゅっと力を込めて逃がさないように単衣の上から女の体を抱きすくめた。

「よもやここまで来て、朕との逢瀬を断ることはないだろう、ね?」

帝は、長い黒髪に隠れた女の顔を見ようとしたが、女はうつむいたまま声を発しようとしない。

女が大人しくしてると男って調子に乗るのよ。

夏のことだったので、薄く重ねた女の単衣を帝は白い綺麗な指で丁寧に脱がそうとした。

「お、おやめくだされませ…」

「おお、か弱く、か細い声ですね。逢瀬が初めてなら優しくいたすから」

帝は珍重な獲物を腕に抱き、これ以上はない、という位得意顔をしていた。

月の光に照らされた女の顔は少年のように清冽に整っていた。

「ほう!これは期待以上に美しい…!」

はて、何処かで見たような?という疑念が帝の胸中によぎった。

それに、抱きすくめた姫の体も何かごつごつしていて…?

「苦しゅうございます…」

女が、大きく息を付いたので帝は腕の力を緩めてやることにした。

あ…と女が床に力なく倒れた。

帝は、手に握っていた長いかもじ(かつら)を持ったまま血の気が引いた顔で剃髪の僧に変化した女を見下ろした。

「やれあさましや。帝とあろう方がのこのこと長者の娘に夜這いとは、世間の笑いものになりましょうな」

「空海!なぜ、ここに!?」

かぐや姫に変装していたのは当時、高雄山寺の住職をしていた空海、この時39才。

帝の名は神野。後の嵯峨天皇27才である。

いまからちょうど1200年前の、813年の夏の夜の事であった。




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