朋輩8 官僚

我が朋輩(相棒)康どの。

拙者、小田島勘解由おだじまかげゆは本日は霞ヶ関エリアに研修のため地下鉄というものに乗ったが…

そこで実に興味深き青年に出会ったぞ。


彼は歳の頃は二十代半ば。

通勤のピークを過ぎた時間帯の列車の空いた車両の接写の右側に座り、アヴィダスとかいう英国のスポーツブランドの黒い野球帽を目深に被って全く感情のない目で車窓の風景を眺めていた。

季節は春。背中に帽子と同じロゴが入った黒いジャケットを羽織り、その下は白いコットンセーターにジーンズと今時の若者にありがちな格好をした彼に注目した訳は、

その背丈六尺(180センチ)をゆうに越えた長身で甘い顔立ちにも関わらず何か森羅万象の奥の奥まで見通すような、見ようによってはぞっとするような冷たい目つきをしていたからだ。

「そこのお侍さん、あなたはお江戸エリアからいらしたのですか?」

と彼の方から話しかけて来たので拙者は自分の氏素性、生前は火付盗賊改方の同心として働いて上司の長谷川様亡き後後、人足寄場の教育係として10年働いて隠居した事。

死した後も閻魔庁刑事として現世で悪さをする悪質幽霊の取締りに勤しんでいる事やちょうど一年前に昭和の刑事であった廉どのと組まされて最初は価値観の違いに戸惑いを通り越して辟易していたが、やっと昨年のお盆大取締りで打ち解けた事など、

周りにあまり乗客が居ないので霞ヶ関エリア駅で降りるまでの20分感で自分のことをほとんど話してしまった。


「して、そこな若者。そなたは休日なのかね?」

と聞くと若者ははにかんで、

「いつもは車通勤なのですが車検に出してまして…帰ってくるまで電車通勤なんです。しかし、こうして車窓からの景色を眺めるのもいいですねえ」

とのんびりした口調で今の不便さえも楽しんでいる。とのたまわった彼の言葉に拙者は今時の現世の若者には無い、

余裕と達観さえ感じてすっかり彼に好感を持ってしまったのだ。

その事を彼に告げると、

「僕はお侍さんより前の時代の人だから、感覚がゆったりしているのかもしれませんね」

と意外な答えが返ってきたのである。

「え?寛政より前?安土桃山も室町も剣呑な時代であったろう?」

「それよりもっと前」

ふふふ、と意味深な声と笑顔で同じ霞ヶ関エリア駅で降りた彼は、

「小田島勘解由刑事と朋輩の今川康次郎刑事の大井競馬場でのご活躍は僕の上司も褒めてましたよ」

と言って野球帽を脱いで一礼すると彼は、桜田門エリアに向かってすたすた歩いて行った。

え?職場が桜田門ということは…彼も警官なのか?

と追い縋って身元を聞きたい。と思ったが拙者も研修を受ける用事があったので彼とはそこで別れた。

それはまるで、春のつむじ風のような爽やかな出会いと別れであったよ…


職場ビルのロッカールームで私服から生前の制服に着替えた彼は参議の朝服に頭には帽子もうす、右手には笏を掲げてぴしっ、と背筋を伸ばしてビルの最上階のフロアにある職場に入ると先に来ていた古代中国の文官姿の先輩がデスクの上のフラワーアレンジメントを完成させつつ顔をあげ、

「おはよ〜、たかむー。愛馬の青葉ちゃんが検査入院中だって?」

「ええ、ちょうど車検の時期なんで獣医さんに馬ドック頼んでます」

「車検ならぬ馬検って訳ね。乗馬通勤のあんたが地下鉄通勤っていきなり窮屈なんでなーい?」

「いえ、乗ってる人たちを観察するのも面白いもんですよ。今朝は面白い同心とお話出来ましたし。それよりたかむー、って何ですか?いきなり呼ばれてびっくりしましたよ」

「たまには親しみを込めて名前のたかむーで呼んでいいじゃな〜い」

と執務室中央にあるビーチバレーボール大の水晶の球、浄玻璃の鏡をピカピカに磨き上げると閻魔庁事務次官、孟子は自分のデスクに腰かけガラスのカップに注がれたレモングラスティーを啜る。

先輩に勧められたのでたかむーも孟子の日替わりハーブティーを飲みながら就業5分前の雑談が始まる。

「長官、まだなんですかね?」

「長官がギリギリ出勤なのはアタシが閻魔庁に入った1800年前から変わってないわ」

「とことんあるがまま、な人なんですね…」

ご馳走様でした、とたかむーがカップをソーサーに置いた時、

閻魔庁長官査問室の扉が観音開きに全開し、

褐色の肌に豊かな黒髪を二髷に束ねて全身に絹のサリーを纏った閻魔庁長官、エンたんこと閻魔大王が今朝は黒サングラスにハンディカラオケマイク大音量で、

「こんな朝にぃ、お前に乗れないなんてぇ〜♪こんな夕にぃ、早駆けできないなんてぇ〜♪」

くい、くい、といかがわしく歌詞をくねらせ歌いながら室内に入って来て、

「ベイベー、裁き合ってるかーい?副官小野篁、一緒に歌い嘆こうぜーい!」

と1200年来の副官である篁に向かってマイクを向けた。

朝から愛馬の不調をイジられた篁は無言で怒って上司のマイクを取り上げ、消音のボタンを押した。

「あれ?今朝は趣向を変えてテンションアゲアゲで行こうと思ったのにモーちゃんもおのっちもノってこないの?」

と縋るようにもう一人の部下を見たが孟子も大王のあまりの空気の読まなさに腕を組んで睨みつけている。

「とにかく、就業時刻なんで大王はとっととデスクについて仕事して下さーい!…あと、業務後に大王は忌野清志郎さんに謝りに行くこと」

と篁は副官権限で大王の今日の日程の最後につけ加え、笏を振り上げた。

閻魔大王副官で閻魔庁ナンバー3の凄腕官僚、小野篁の朝はいつもだいたいこんな感じで始まる。































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