電波戦隊スイハンジャー#100

第六章・豊葦原瑞穂国、ヒーローだって慰安旅行

フレグランス2


芳香現象。

物理的な原因がその場に存在しないのに、香りがただよってくる、匂いが感じられる、という霊的現象。

「ねーなんだか青臭い匂いがするんですけど…」

聡介と緋沙子の会話から遡ること3時間前、見た目は豊乳ゆるふわガール。

だが中身は天然なのであまり同性に敵を作らない小岩井きらら、20才は泰安寺の正嗣の書斎にあるDVDを暇つぶしにチェックしていた。

笑う犬の生活、夢で逢えたら、やるならやらねば…

古い番組みたいだけど共通項は?と愛らしく小首をかしげていた時不意に、爽やかな緑の香りを嗅いだのであった。

「竹の香りですよ、きららさん。おかしいな…近くにに竹林あったっけ?うわぁ、見事にウッチャンくくりのDVDですねー。余程好きなんだ…」

きららの隣で琢磨がくんくんと常人の6倍の嗅覚で室内に漂う芳香の正体を当てた。

「哲学書ばっかりだね。仏教哲学はもちろん、ソクラテス、プラトンなどのギリシャ哲学、ニーチェ、キルケゴールは実存主義。社会学者のバートランド・ラッセルやジョン・スチュアート・ミル。

うっわあ…ベンサムもある。ずばり、この本棚の主は物事を深く考えすぎる面倒臭い人間です。でも本当に爽やかな香りだ」

と先程泰安寺に到着した勝沼悟は勝手に人の部屋の本棚を観察し、持ち主をプロファイリングするという悪癖を発揮していた。

これのせいで中学時代から友達はほとんど出来なかった事を本人はあまり自覚していない。

おいおい、人様の部屋に入ってその態度はどーよ。なんだかわが孫の「仲間」って奴らは変わった若者ばかりだな…

芳香の原因、野上鉄太郎はそう思って団扇で胸元に風を送りながら戦隊メンバーの様子を眺めていた。

彼は自分の姿を正嗣にしか見せないようにしている。やたら他のメンバーに姿を見せて聡介に自分の存在を知られたら面倒な事になるから。

それにしても同じ部屋で若者たちがくんくん鼻を鳴らして香りを不思議がっているんは、見てて面白ぇな。

鉄太郎の霊体からはなぜか青竹の香りがするのである。なぜ薫るのかといっても当の鉄太郎自身、理由が分からないからしょうがないのだ。

芳香現象は未浄化霊や地縛霊からは腐臭、神仏からは香を焚いたようないい香りがするというが…

ならば野上鉄太郎の霊は神仏に近い存在なのだろうか?

と思いながらこの寺の副住職、七城正嗣は清涼飲料水のペットボトルとスナック菓子、人数分のコップを持って書斎に入った。

「今夜のメンバーはこれで全員ですか?」

グリーン正嗣の連絡を受けて慌てて書斎の畳の上に車座になった面々は、レッド隆文、ブルー悟、イエロー琢磨、ホワイトきららの4人。

新入りメンバーピンクバタフライこと紺野蓮太郎は発表会に向けての稽古で欠席、とのこと。

「蓮太郎さんが『聡ちゃんのことならアタシがふか~く知ってるから、いーもんね』と仰ってました」

「げべっ!」

隆文は8月の始めの朝、寝ぼけて自分にマウントポジションで覆いかぶさる聡介の上半身裸を思い出してなぜか赤くなった。いや、貞操は死守したが。

「やっぱり聡介先生、蓮太郎さんと深い仲なんでは…!」

それはないでしょ、と正嗣はコップにペプシコーラを注ぎ、隆文たちに渡してから否定した。

「蓮太郎さんの冗談でしょ。野上先生はいたってノーマルって言うか、単に女好きのスケベです」

正嗣は特に聡介と親しくなり、時々「俺は女に本気で好かれなくてすぐ振られる」という愚痴を聞いてはいたが、

聞いている内に、付き合って来た人数多くないですか?それじゃ遊び人フラグですよ。

と意見したくなる事もあった。

「うん、先生のスライド本棚の奥にはAVが並んでいたよ。さすがに『昭和のロマンポルノ』は引いたけど」

やっぱり聡介の部屋の本棚をチェックしていた悟が答えた。

「あの…僕、磐根玲子の『転校生ブルース』を先生から借りています。大映ですけど」

琢磨がこのタイミングでどうでもよいカミングアウトをした。

「転校生ブルースってなんですかぁ?」

きららが好奇心いっぱいの眼差しで聞いてきた。

「う~ん、女優磐根玲子の過去の出世作です。
映画の出来はひどかったけど『やっぱり不純異性交遊はあかんよ』とゆーメッセージはあったかな」

琢磨が磐根玲子のおっぱい見たさという下心を隠して四苦八苦答えている様子がきららには不思議だった。

官僚ってー奴はやっぱり口がうめーな、と鉄太郎は醒めた目で琢磨を見た。

まあおれも戦前は大蔵省の官吏だったけどさ。「戦争を始めたら大日本帝国はすってんてんになります」とバカ正直な報告してクビになったクチだけどさ。

「つまり、教育的なDVDなんですね…あのー、ここには何の話しに来たんでしょーか?」

きららの疑問でやっと、話が本題に入るのである。

「えーと夕ご飯食べた人ー」悟が呼びかけると誰も手を挙げなかった。悟が持参したピクニック用のバスケットからローストビーフサンドイッチを取り出した。

「戦隊と会議してくるって言ったら母さんが作って持たせてくれたんだ。7人分あるから」

ラップに包んであるサンドイッチの断面が実にうまそうだったんで全員すぐにかぶりついてう、うまい!と唸ってしまった。

「蓮太郎さんと野上先生には後で届けておこう」

とコーラを飲んで悟が一息付いた後で

「で、空海さんは野上先生をゲシュタルト崩壊させてその後どうしてるんだい?」と険しい顔つきをした。悟の仮面ナンバー2、「冷徹」である。

「はい、ラファエルさんからの連絡によると聡介先生は急に高熱を出して昏倒、そこで聡介先生の中にいる『荒魂』さんから依頼を受けました。『聡介の心の壁を破って欲しい』と」

「空海さんは?」

「その後、弟の真雅さんと弟子の真如さんに抱えられて高野山に帰りました。

過労からくる燃え尽き症候群だそうで…真雅さんによると作者のこき使い過ぎだそうです」

「初登場以来働きづめだったからな…たまには休みでええべ」

隆文が紙ナプキンで口を拭って言った。

悟は胸ポケットから紙片を出して、そこに書いてある驚愕の報告内容を感情を抑制した声で読みあげた。

「8月8日、午後8時40分過ぎ。検体野上聡介。

30才男性の口腔粘膜から採取した細胞が文字通り『発光』したそうだ…研究室に居たのは真理子さんだけ。

僕が指示した通りに細胞小器官、特にミトコンドリアDNAが異常増殖していた。

その量、ヒトの300倍。9時45分に細胞は元に戻った。

野上先生の変身が解けた時刻だ。報告書の結論に検体野上聡介の細胞は明らかにヒトのものではない。

しかし、彼は進化したヒトなのか?と結ばれている。大きなクエスチョンマークを記して。

この報告書が手書きだということに事の重大性と秘匿性を分かって欲しい」

大して生物学に詳しくない隆文たちも少し想像すれば分かる。

もしこの調査結果が他に漏れたら、世界中の生物学者と遺伝学者の間で野上聡介の奪い合いになるだろう。

聡介は人間としてでなく特殊なDNAを持った「検体」として扱われ、彼とその家族の人生はめちゃくちゃにされる。これが、祖父鉄太郎の代から秘匿されてきた野上家の力の秘密。

「なんてことだ、明らかに僕達忍者とはレベルが違う…これが純血の高天原族なのか!」

と軽くこめかみを抑えて琢磨が呟いた。

「高天原族?」

悟が厳しい目つきで琢磨を見た。この青年には秘密が多すぎる!

数日前、悟が経営委するバー、グラン・クリュで琢磨が飲んでいた時わざと

「農水省の統計部なんて、25才の官僚にしては閑職じゃないか。
まさか表向きの役職で…本当は公安の犬だったりして」

とかまをかけるつもりで聞いてみた。店内に他に客はいなかった。

「実はそうなんですよ」

と声を顰めて琢磨が言った。冗談か、まさか本気か?と悟は思ったものだが…

その直後店員オッチーさんが

「必要なら公安の情報も少し提供できるぜ」と耳元で囁いた。

まさか瓢箪から出たまこと…噂には聞いた事がある。以前東京地検に勤めていた兄から聞いた話だ。

おいサトル知ってるか?内閣から「すべての越権行為」を許された特殊機関があるらしいぞ。

まさか兄さん、和製ハードボイルド小説のネタですか!とその時は笑い飛ばしたが…

人生には知らなくていい事もあるな、と本気でゾッとしたのだった。

でも小人から青いしゃもじを受け取った時にある程度の覚悟はしたではないか。

これから「あらゆる非日常」と出会うんだろうな、と。

「やっぱりウリエルさんの話を言った方が」きららが琢磨を気遣うように言った。

そうですね、と琢磨はきららとのTDL(東京伝統ランド)でのデートを大天使ウリエルに乱入され、昼食のテーブルで銀髪銀目の種族、高天原族についての情報を小出しながら教えられた経緯をメンバー全員に伝えた。

「…3億光年先から来た宇宙人!」

琢磨ときらら以外全員がそう呟いた後で、あまりに想像を越えた高天原族の能力にしばし沈黙した。

でも8日の夜、戦隊たちは見てしまったのだ。榎本葉子が放った光子爆弾レベルのエネルギーを変身した聡介が素手で抑え込んでいるのを。

あれは物理学的に核爆発を素手で抑えているようなもんだ、と小人の松五郎が2日後の高台寺でのミーティングの場で言っていた。

「なるほど、進化したヒトな訳だ」悟は興奮気味に眼鏡をずり上げた。

「彼らの宇宙での歴史、そして地球に降下した記録、それが『古事記』です。

彼らは高い戦闘力、優れた文明と科学力、進んだ政治力でこの国の民を治めたために後世から『天津神』として神格化されたのです。
そして僕は高天原族の力の神、アメノタヂカラオの直系子孫です」

「それって天の岩戸を開いた神様だべ?ビッグネームじゃないべか」

隆文やっぱり有名人の子孫!と琢磨を指さした。

「その功績でタヂカラオは高天原族の貴族の称号『アメノ』の姓を授けられた、ってのが僕達一族の伝承です。

もう何が本当だか分からない程、遠い昔の話です。でも彼らは実在していた。

そうでなかったら僕は人の数倍もの身体能力を持っていなかったし、野上先生だって怪力と変身能力で苦しむ事が無かった。

分かりますか?遺伝情報に、高天原族の証拠がはっきりと刻まれているのです!」

「…琢磨君、知りたいですか?自分たちのご先祖の歴史、文化、行いの全てを。それが今の人類には都合の悪いとんでもない事実でも」

正嗣が尋ねると、もちろん!と青年は力強く肯いた。

若さとは、恐れを知らないものであるよ、と鉄太郎は琢磨の異様に輝いた目を見て思った。

コギト・エルゴ・スム。われ想う、故に我有り。

これは合理哲学主義の祖デカルトの言葉であるが、

自分はなぜここにあるのか、と考える事自体が自分が存在する証明である(我思う、ゆえに我あり)、とする命題である。

結局人間ってーのは自分が何処から来たのか?を納得するまで追い求め続ける性の生き物なのだよ。

「話の腰を折るようで悪いが、僕はここに来る前、お釈迦様からヒントを戴いたような気がするんだ。
『蘇りの始まりの地で真相を知る』と別れ際に言われた。民俗学者を目指していた七城先生、分かるかい?」

もちろん、と正嗣は少し考えてから自分の見解を述べた。

「蘇りの始まりの地、ずばり阿蘇です。

阿は始まり、蘇は蘇り。野上先生のお祖父さん、野上鉄太郎教授は阿蘇の産山村出身です!

全てを知りたかったら野上鉄太郎のルーツを探るしかない」

お見事!と鉄太郎が正嗣に向けてお茶目に片目を瞑ってみせた。

まったく貴方のせいでこうしてみんなで顔付き合わせて悩む破目になってんですよ!

と正嗣は自分にしか見えない鉄太郎を睨んでやった。

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